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青い色の物語  作者: yusa
第四章 夜明け
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2. サロンの店主

 誕生祭をさかのぼること半年ほど前のこと。

 ディオスの街のアトリエ店主は突然の手紙に戸惑っていた。手紙は上質の紙の封筒に入っており、封筒にはヴェルデの王室の封印がしてあった。中を見てさらに驚いた。空画伯からだった。なんと、あの〝ヴェルデの方〟も王族だったのだ。


「なんてことだ……」


 手紙には、ヴェルデ王都と天空の郷の中間地点にエスペランサという芸術の都を建設中であること、そして、そこの中心となるサロンに店主として迎えたいとあった。まずはエスペランサを見学してほしいと書かれていた。


 店主は色々思い当たることがあった。絵を売ってほしいというわりにはお金に執着もなく、似顔絵を描いて人を集めたら、画家の卵に場所を譲り、さらには絵の内容も風景画という、まだ市場すらない斬新な内容だった。さらに、今思えば高価なスプレモを大量に使っていた点も不思議と言えば不思議だ。星麗様が一緒にいたのであまり疑問に思わなかったが、少し考えれば普通の身分ではないとわかったはずだ。


 すべては、芸術の都を作るための布石だったのだ。自分が絵画の市場があるなどと話したことを覚えていてくれたのだろうか? がぜん、楽しくなってきた。さっそくエスペランサを訪れることにした。


 天空の郷とエスペランサの間の道は、すでに整備されていた。青の街道と呼ぶそうだ。さっそく馬を飛ばし青の街道でエスペランサへ向かった。青の街道に出るまでに少し迷ったが、その後は、エスペランサまでまっすぐな道が伸びていた。


 芸術の都とは聞いていたが、エスペランサに着いて驚いた。その規模は想像をはるかに超えていた。なんとヴェルデ王宮の離宮まである。国主導の事業規模とはこういうものなのかと、改めて思い知らされた。

 既に中心となるであろう通り沿いには店ができ、周囲には人が住み始めていた。軽くそれらを眺めながら、まずは手紙にあった空画伯の館に向かった。離宮にほど近いところにある瀟洒な建物がそれだ。

 訪問を告げると家令が案内してくれた。館の中は華美ではないが見るからに質の良い調度品で揃えられていた。やはり、空画伯は王族だったのだ。


 アトリエに案内され、ドアをノックする。


「はい」

「失礼します。空画伯、いや、殿下」

「ああ、店主、遠いところをご苦労様です」

「こちらこそ、今までの数々の非礼をお許しください」

「何のことでしょうか?」


 空画伯はいつも通りの穏やかな顔で笑顔を絶やさない。いつもと変わらない様子に、かえって戸惑いを感じてしまう。


「いや、王子様とは存じ上げませんでしたので……」

「はははっ。そんなことかまいませんよ。それよりも街を見ていただけましたか?」

「はい、通り抜けただけですが、規模の大きさにびっくりしました」

「そうですか。では、さっそく案内しましょう。それから、遅くなりましたが、改めまして、ヴェルデの第六王子、遥空です」


 店主は跪くべきかどうか迷った。ここはディオスではない。少し迷ったが、ヴェルデの国風にあわせて跪いて敬意を表わそうと膝を折りかけた時に遥空が笑いながら声をかけてきた。


「ははっ、そのままで。いつも通りで結構ですよ」


 遥空は笑顔で握手の手を差し出した。店主はほっとした様子で、握手をする。


「何とお呼びすればよろしいですか? 殿下? 遥空様? それとも空画伯ですか?」

「サロンでは空画伯でお願いします。それ以外は遥空とお呼びください」

「わかりました。では遥空様とお呼びします」



 遥空は店主と小高い丘に行き、エスペランサの街を見下ろしながらエスペランサ構想を話した。


「なんと、アトリエ付きアパートまであるとは。画家に優しい街ですな」

「あなたの言葉が私に方向づけをしてくれました。あなたは『絵画の世界はこれから、もっと広がる。絵画の市場は大きくなって、画家だけで生計が建てられるようになる』と言われました。その時私はこの街を、この芸術の都をぼんやりとイメージしたのだと思います」


 遥空の言葉に、店主は全身に鳥肌が立つほど感動した。手の微かな震えが止まらない。


「自分の言葉がきっかけとなり、この街ができたなんて……身に余るお言葉です」

「それ以上にあなたは星麗と引き合わせてくれた。あなたは、私の向かうべき道と、運命の人の両方に出会わせてくれた。感謝してもしきれない」


 遥空は満面の笑顔で、まっすぐ店主を見て、店主の手を取りしっかり握った。

 店主は感激のあまり、言葉が出ない。空画伯の手を強く握りしめた。


「私にこのサロンを?」

「そうです。ぜひ、ここであなたの描く未来を現実のものとしてほしい。画家が絵で生計をたてられるように、このサロンを使ってこの国に、いや世界に大きなうねりを起こしてほしいのです」

「ああ、なんと……ありがとうございます! ぜひやらせてください」


 遥空は大きく頷く。すでにその表情は、エスペランサの芸術の都としての確たる未来を見つめているようだった。



「私は誕生祭の後、天空の郷に帰ります。今後は郷を本拠地として一画家としてエスペランサに貢献する予定です。と言っても、両者の間を頻繁に行き来すると思いますがね。郷とここは、馬で飛ばせば半日もかからない距離ですから」

「そうですね。あの青の街道があるので近いですね……そのためにあの街道を?」

「はははっ。青の街道はその名の通り、顔料を郷から運ぶための道として作りました。でも、おっしゃる通り、私の都合も考えて作りました。はははっ」


 青の街道は、店主の言う通りに、今後、天空の郷に居を構えることを前提に作った道でもある。だが、エスペランサでの二年間、この道が星麗とつながっていると思うことが心の支えとなり、何とか厳しい状況を乗り越えてこられたのだ。


「王族が進める計画は想像を超えるほど大胆ですね。さすがだ……でも、私もやりますよ。このサロンを通して、国中、いや、世界中に芸術の都、エスペランサの存在を不動のものにして見せます。それがここヴェルデと私の生まれ故郷のディオスの発展につながると信じてますから」


 店主が快諾してくれたことで、遥空の構想の最後のピースが埋まった。

 遥空は館に帰り〝天使の涙〟を前にしていた。

 次に自分のやることは決まっている。この絵を完成させることだ。


「天空の郷に、星麗のもとに帰ろう」


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