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青い色の物語  作者: yusa
第三章 シエロ工房と芸術の都
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6. 孤独を癒す薬

 星麗はシエロ工房で一人もくもくとシエロを作る。

 遥空が居なくなった寂しさを忘れさせてくれた三光も北斗工房に帰ってしまった。いつも一人でシエロを作っていた時には感じなかったが、一度誰かと過ごした後の一人は寂しい。ましてや、一年ぶりに遥空に会えると思ったのに、その機会すら無くなってしまった。



 傅は星麗が心配でたまらない。夕食時に星麗の好物をならべたが、今日はほとんど箸を付けていない。星麗が日に日に萎れていくように感じて居てもたってもいられなかった。迷った挙句、星麗のために思い切って手紙を書いた。そして手紙を右幻に託した。遥空宛だ。

 右幻は快く引き受け、馬を飛ばしてエスペランサへと駆けていった。天空の郷とエスペランサの間には道が整えられつつある。右幻なら早朝に出かけたら昼過ぎにはエスペランサに着くはずだ。



 エスペランサでは工事が順調に進んでいた。遥空は現場に張り付いていなくてもよくなり、アトリエで絵を描く時間が増えてきていた。そこに、右幻が傅からの手紙を届けてきた。右幻は返事を持って帰るという。急を要することなのだろう。


 遥空は急いで傅の手紙を見る。星麗が日に日に元気が無くなっているという。遥空からの便りを見れば、少しでも星麗の気力が前に向くかもしれないと、藁をもすがる思いで手紙を書いたというのだ。

 遥空は手紙を読んで迷わず、自身が天空の郷に行くと即決した。


「ちょうど天空の郷との道の出来具合を確認する必要があったんだ。今から一緒に郷へ帰ろう」


 驚く右幻を尻目に、遥空は愛馬にまたがると馬の腹を蹴り、尻に鞭を当てて道を駆け出していた。遥空の馬術は優れている。近衛騎馬隊の右幻も目を見張るほどだ。遥空、右幻、そして遥空の従者の三人は休みなしで天空の郷への道を駆け抜け、夜中前に郷についた。

 着くと同時に遥空は手綱を従者に預けて、そのまま館に上がり星麗の部屋に直行した。


「星麗、星麗、起きているかい?」


 軽くノックをすると、内側からドアが元気よく開く。


「星麗、元気にしてたかい?」


 遥空の目の前には。少し痩せた星麗が目を丸くして立っている。そして瞬きもせずに遥空の顔をじっと見つめている。


「星麗、大丈夫? 星麗!」

「遥空、遥空!」


 ようやく星麗は口を開くと同時に、遥空に抱きついた。


「遥空……」


 星麗は涙で言葉が続かない。


「遥空、あのね、僕にしかできないんだって。シエロが」


 とぎれとぎれにシエロのことを伝えようとする星麗が、遥空は愛おしくて仕方がない。星麗は工房を構えたとはいえ、まだ十四歳になったばかりだ。


「星麗、ゆっくりでいいよ。ゆっくり聞かせておくれ」


 星麗はしゃくりあげながら、遥空を引っ張って寝台に腰かける。そして、星麗の特殊な感覚でシエロができていること、たくさん思ったように作れないことなどを話した。遥空はただただ星麗のいう事を頷きながら聴いている。

 星麗は、最近の心の内に溜まっていた思いをすべて掃き出したのだろう。ようやく少し落ち着いた。


「遥空、いつまで居られるの?」

「明日の朝エスペランサに戻るよ」

「もう行っちゃうの?」


 星麗の瞳からまた涙があふれる。


「ああ、すぐ行くが、星麗に何かあればすぐに帰ってくるよ。ヘスぺランサからの道を作ったんだよ。馬を飛ばせば半日かからない」

「遥空、遥空!」


 星麗は片時も遥空を離さない。それから二人はゆっくりと離れていた一年をお互いに報告しあった。あっという間に夜が明けてきた。二人はいつしか肩を寄せ合って寝ていた。


「遥空様、こちらですか?」


 傅の小さな声に目が覚める。


「ああ、いつの間にか寝てしまったな。貴星様たちに挨拶して戻るとするか」


 星麗も起き上がり、瞼をこすりながら遥空の上着の裾を握って広間についてくる。遥空は貴星と傅に急な訪問を詫びた後、手短にエスペランサの報告をした。

 傅は昨日の一部始終を右幻から報告を受けていた。


「遥空様、本当にありがとうございました。これからエスペランサへお戻りになるのでしょう?」

「はい。あわただしくてすみません」

「朝食を準備しましたので、召し上がって行ってください」


 早朝の食卓にはすっかり朝食の支度が整っていた。遥空の好物がずらりと並んでいた。


「じゃあさ、僕も護衛の件が落ち着いたら馬で半日かければ遥空に会いに行けるんだよね?」


 星麗はいつも通りの星麗に戻っていた。すっかり元気になっている。


「そうですね。そのためにもしっかり食べて体力をつけませんとね」

「そうだよ星麗、馬で駆けるには体力がいるからね」

「でも、星麗様の馬術では、一日かかりそうですね。ほほほっ」

「ひどいなぁ。僕、馬には上手に乗れるんだよ」


 星麗は口を尖らせて抗議する。

 貴星も嬉しそうに、いつも通りに戻った星麗に一言。


「まあ、剣術よりは上手かもしれないね」


 

 楽しい時間はあっという間に過ぎ、遥空が戻る時が来た。傅はまた星麗の元気がなくなるのではと思ったのか、心配そうに星麗の顔を覗いていたが、星麗を見てそれは無いと安心したようだ。星麗はすっきりした顔をしている。


「次に会うのはエスペランサが完成した時かな?」

「ああ、そうだね。順調に進んでいるから、あと二年もかからないよ」

「僕、遥空を待ってるよ。シエロを沢山作っておく」

「ああ。また何かあったらすぐに帰って来るから、傅の言う事をよくきいて、しっかり食事はとるんだぞ」

「もう大丈夫。エスペランサが近いことが分かったから、もう大丈夫だよ」


 遥空は馬にまたがり笑顔で手を振る。風に揺れる金髪がまぶしいくらいに輝いている。馬を蹴って颯爽と駆けていく姿は見とれるほど美しく、逞しい。

 星麗は遥空の後姿に笑顔で手を振り続けている。



「星麗の孤独感は一掃されたようだね。星麗にはどんな薬よりも遥空殿なんだな。少し寂しい気もするね」


 貴星は傅と遥空を見送りながら、にこやかに微笑んでいる。


「そのようですね。遥空様はたくましくなりましたね。見惚れてしまいます。若いっていいですねぇ。少し羨ましいですわ」

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