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青い色の物語  作者: yusa
第三章 シエロ工房と芸術の都
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3. 色の音が聞こえる

 貴星がシエロ工房にやってきた。


「あっ、お父様」

「三光、今日はもういいよ。北斗工房に帰りなさい。ご苦労様」


 三光は頭を下げて帰っていく。その肩を落とした後ろ姿は悲しそうに見える。


「星麗、工房を締めて私の部屋に来なさい」


 星麗は、何が起きているのかよくわからないが、言われた通りにシエロ工房を締めて貴星の下へ行く。


 貴星この上なく暖かい微笑みで迎えてくれた。そして、星麗を優しく、強く抱きしめた。

 貴星の腕の中はいつものように心地いいが、いつもとは少し雰囲気が違うので、星麗は少し驚いていた。


「すまない。星麗、なぜもっと早く気づいてやれなかったんだろう」


 抱きしめていた腕を離し、今度は星麗の両肩に手を置いて、まっすぐ星麗を見つめている。


「お前は聖明から素晴らしい才能を受け継いでいたんだんだね。今まで気づいてやれなくて申し訳なかった」

「才能? お母様から?」

「ああ、星麗が聖明から授かったのは審美眼だけではなかったんだよ」

「はぁ……」

「星麗の色への感性、美しいものを見極める力はまぎれもなく聖明から授かったものだ。それはお前が幼いころから気が付いていたし、本当に嬉しく思っているよ」


 星麗はお母様からだけでなく、お父様からも受け継いでいると言いたかったが、話の方向がつかめないので、そのまま父の話を聞く。


「星麗は色を見ると音を感じるのだろう?」

「はい」


 何故今さらそんなことを聞くのかよくわからない。わからないが、答えなければいけないような気がした。


「僕は青色の音が好きです。青色はきれいな音ですよね? 星がキラキラ光っているときの音に似ています。お父様は何色が好きですか?」

「星麗、よく聞きなさい」


 貴星は頭をふり、一呼吸おいて話し出す。


「私は色に音を感じられないんだ。というか、色を見て音が聞こえる人は、極ごく稀なんだよ。私も聞こえないし、傅も聞こえないんだよ。三光も聞こえないと言っていたんだろう?」

「えっ? お父様も傅もですか?」

「星麗は、色やキラキラ光るようなものを見ると音がすると言うが、そういう人はほとんどいないんだ。多分、今のこの郷には星麗以外にはいないのではないかな」

「えっ? そんなことありません! あの丘でいつもお母様は、星がキラキラ光る音が聞こえるって……綺麗な音ねって……」

「そうなんだ。聖明もそうだったんだよ。星麗と同じように、青色を見ると星が瞬く音がすると言っていた。星麗は、お母様からそういう能力を受け継いだんだよ」


「お母様から……お母様と僕だけ?」


「最初に聖明が音がすると言った時には、信じられなかったが、何度も真剣に言うので、本当だと思うようになったんだ」

「…………」


 しばらく考えを巡らせた星麗は、ようやく父の言う事が理解できた。そして、三光が聞こえないということに、ようやく合点がいった。だが、しかし、父の話は今までの価値観を崩してしまうほどの大きな衝撃だったし、あまりにも想定外のことで心が大きく揺れた。


「聖明は、聖明のお母様、つまり、お前のおばあ様から受け継いだようだ。そう言っていたよ」


 ふと、頭の片隅から、音が聞こえないで、どうやってスプレモを作るのかという声が聞こえた。自分でも驚くほど冷静なもう一人の自分がそこにいた。


「音が聞こえなくて、お父様は、みんなは、どうしてスプレモが作れるのですか?」

「試行錯誤の賜物だよ。何度も何度も色々な方法を試して作りだしたんだよ。一度工程ができれば、スプレモはシエロよりも安定した成分なので、音が聞こえなくても、習熟した職人なら作れるようになるんだよ。でも、シエロの場合は、パターン化できないほど毎回状況が違うだろう。だから星麗のように音を感じられないと作れないと思うよ」

「じゃあ、僕以外にはできないってことですか?」

「まあ、今のところは、そういうことだ」

「…………」

「星麗は音が聞こえたからこそ、スプレモを作る工程をまねながら、星の瞬きのような刹那の美しさを表現できるシエロを創り出せたんだよ」


 しばらく黙ったまま貴星の前に立っていたが、急に涙がこみあげてきた。

 何故泣くのか、自分でもわからないが、涙がぽろぽろと勝手に流れ落ちる。


「星麗、これは悪いことではないんだよ」


 貴星は星麗を抱きしめ、大きく温かい手で星麗の涙を拭きとる。


「遥空にシエロを沢山作るって約束したんです」

「星麗、よくお聞き。これは、決して悪いことではないんだよ」


 星麗は肩を上下して泣き出した。

 貴星は同じ言葉を繰り返した。


「確かにシエロは沢山作れないかもしれない。でも、見方を変えれば、星麗しか作れないんだ。わかるかい? 誰にもまねできないんだよ。だから、少ししかできないことを前提に使い方を遥空殿と一緒に考えればいいんだよ」


 星麗の涙はまだ止まらない。


「遥空と?」

「そうだよ。シエロを使った星空の絵は遥空殿しか描けないってことだ。これは空画伯の絵の価値を飛躍的に高めるんだよ」

「?」

「天空の郷の価値も同時に高めるんだよ。スプレモは原料のアズールさえ豊富に手に入り、たくさんの時間をかけて研究すれば、何処ででも作れるようになるだろう。ただし、アズールは簡単には手に入らないから、結局は天空の郷でしか作れないがね。でも、シエロはアズールという条件の他に、さらに星麗が必要だ。もう他では絶対に作れない。わかるかね?」


 星麗は頷く。


「それは、天空の郷にとって、ディオスにとってもすごいことなんだよ。シエロだけでは一国を賄うとこはできないけど、スプレモがあって、シエロが加われば、名実ともに世界でただ一つの青を作れる国になるんだ。それは、この国に今以上に繁栄と平和をもたらすことができるんだ」

「遥空は?」

「貴重なシエロを遥空殿以外に渡すのかい?」


 星麗は激しく首を振る。


「だったら、空画伯の名声はますます高まるさ。芸術の都の目玉になれる」

「本当ですか? 遥空のためになれますか?」

「ああ、もちろんだとも」


 いつの間にか、星麗の涙は止まっていた。


「というわけだから、三光は北斗工房に戻ってもらうよ」

「シエロ工房は無くなっちゃうの?」

「はははっ。星麗の心配はそこなのか?」

「だって、三光は北斗工房に戻すんでしょう?」

「シエロ工房はそのままだよ。変わらないよ」

「本当に? 僕一人でもいいの?」

「シエロはさっきも言ったようにこの国の宝だ。だから独立した工房があって当然なんだよ」


 貴星の言葉に星麗はようやく頷く。


「それに、ずっと一人ではないと思うよ」

「どういうこと?」

「そのうちにわかるよ」


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