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青い色の物語  作者: yusa
第二章 二人
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12.エスペランサ構想

 遥空が天空の郷に来て二年が過ぎた。


「遥空殿、ヴェルデには連絡はしているのですか?」


 広間で皆揃って寛いでいるときに、貴星が遥空に話しかけた。


「はい。時おり手紙で近況を知らせております」

「ならいいが、あちらでは心配してるのではないかと思ってね」

「私の手紙は三か月に一度程度ですが、従者はかなりマメに連絡しているようです」

「こちらは、いつまでも居ていただいて構いませんよ。気兼ねなく居てください」

「ありがとうございます。今描いている絵が完成したら、一度帰ろと思います」


 遥空は思い切って貴星の話に乗るように、ヴェルデに帰る話を切り出した。

 案の定、星麗は遥空の言葉にショックを受けたように固まってしまった。


「遥空、帰っちゃうの?」

「ああ、帰って、やりたいことがあるんだ」


 見る見るうちに星麗の瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちてくる。


「泣かないでくれよ。星麗、一段落したら戻ってくるつもりだから。ね。泣かないで」

「やりたいこととは?」

「今、考えをまとめているところです。貴星様の成したことを実際に目で見て私は考えさせられました」


 遥空の腕は、先程から星麗にギュッとつかまれたままだ。遥空は星麗に少しでも落ち着いてほしくて、反対側の自由になる方の手を星麗の手に重ねた。


「今まで趣味で絵を描いてきましたが、ここに来てから絵でヴェルデの人々のためになりたいと思うようになりました。そのための基盤作りをしたいと考えております。先月の手紙に概略を書いて送りましたところ、王太子の兄から前向きに検討しようという返事をいただきました」


 星麗の涙はあふれ、遥空を掴む手に、さらにギュッと力が込められた。行かないでほしいと言いたいのをグッと我慢しているのが、何ともいじらしい。


「今構想のイメージを絵にまとめております、その絵が完成したら、お話を聞いていただきたいと思います」


 一か月後、遥空が取り組んでいた大きな絵が完成した。

 その絵の題は〝エスペランサ〟。多くの人が集う賑やかな街並みが描かれている。

 街の手前にはなだらかな丘があり、前方には雄大な川に面した街並みが、右側には田園が見渡せる。遠くには連なる山々が見える。

 街の通りの道端で似顔絵を描いてもらっている人がいる。立ち止まって見ている人がいる。通りの反対側には絵を飾ったサロンがあり、道沿いにテーブルと椅子が置かれている。そこでは絵を見ながらゆっくりお茶を飲んでいる人がいて、店内では数人が絵を指さしながら談笑している。

 通りに面して建つアパートの開いた窓からは絵を描く画家の姿が見える。そして、通りの突き当りには美しい装飾の大きな建物が見える。美術館のようだ。


「エスペランサ……いい絵だ」


 貴星は、絵の先にある希望にあふれる未来を見ているかのように、その絵を見つめている。


 遥空はその絵を前に貴星と星麗に熱弁をふるった。

 ヴェルデで最も眺望が開け景色のよいところに街をつくり、芸術の都にしたいと語りだした。

 遥空は、絵にあるように、画家や画家を目指す人にたくさん住んでもらえるよう、環境を整えていくと、瞳をキラキラとさせながら語った。

 アトリエ付きのアパート、絵を飾ったり、売ったりできるサロン、人を集めるための似顔絵描きが自由に動ける通り、多くのイベントができるような広場、さらには、有名な画家の絵やその他美術品が鑑賞できる美術館などなど、芸術の街の基盤を作ると言う。

 それらは、すべて二年あまりかけて星麗と一緒に体験してきたことがもとになっている。

 貴星は、うんうんと頷きながら聞いていた。


「すばらしい考えだね。ワクワクしてくる」

「はい。絵に描いたことで、ようやく構想がまとまりました」

「数年はかかりそうだね」

「ええ、父や兄ともこの構想について手紙でやり取りしています。二人とも新しいヴェルデのために支援を惜しまないと言ってくれています」

「すごいよ。すごい! 遥空が色々試していたのが、ここに繋がったんだね」


 話を聞くうちに最初は涙目だった星麗も、興奮して頬を紅潮させていた。


「そうだよ。星麗がいたからできた構想だと思っているよ」

「僕が?」

「そうだよ。星麗がこの郷で教えてくれた美しい風景、素晴らしい顔料、そして、素晴らしい人たち。そういうすべてと僕を引き合わせてくれたんだよ」


「すぐ、帰っちゃうの?」

「ああ。でも、基盤作りにめどが立ったら戻ってきたいと思っているよ」

「本当?」

「私は種まきをするんだ」

「そうだね。種を育てるのはヴェルデの国王とその臣下を中心にして、国民全員でやらねばね」


 貴星の言葉に頷く遥空。だが、星麗にはどういうことか正直よくわからない。


「国の中心は国王だ。国王が推進すれば、国民は一致団結し、国力がますます高まっていくんだよ。星麗のお爺様に助けてもらって私は天空の郷を作ったが、その後はお爺様と伯父様がしっかり仕組みを整えるための旗振りをしているだろう?」

「うん。そうか……じゃあ遥空は切り込み隊長だね」


 ようやく星麗にも意味が理解できた。遥空は星麗の言葉に、にっこりと頷く。


「貴星様、基盤づくりにめどが立ったらここに戻ってきたいと思っています。そうしたら私を客人ではなく、郷の住人として迎えていただけますか?」


 貴星は当然と言うように頷いている。星麗も負けじと何度も大きく頷く。


「もちろんだとも。芸術の都は天空の郷とは切り離せなくなるだろう。遥空殿にはその懸け橋になってもらわないとね」

「では、その時には、私を遥空とお呼びください」

「よろこんで」


 二人は固い握手を交わしている。遥空は郷の住人として帰って来る。それは、とても嬉しいが、先の話だ。


「でも、遥空がいなくなったら寂しい」


 星麗の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。我慢してたのに、遥空がしばらくいなくなることを思うと、次から次へと涙が出てくる。


「泣かないで、星麗」


 遥空は星麗の涙を手で拭いて、頭をやさしく撫でてくれた。それでも涙は止まらない。


「基盤が整ったら帰ってくるから」


 遥空に優しく抱きしめられたまま、腕の中で思いっきり泣いた。


 遥空が帰る日が来た。

 星麗は待つことに決めたので、もう泣かないのだ。

 遥空は星麗をまっすぐに見詰めている。


「帰る前に言っておきたいことがあるんだ」

「何?」

「この間、星空を描くべき時が来たら描くと言ったね。それがいつなのかがわかったんだよ。星空はシエロでしか描かない。だから星麗がシエロを完成させたときが描くべき時なんだ。私はその時を待つことにしたよ」


 今度は、星麗が遥空をまっすぐに見つめる。遥空が、この間の問いに答えてくれたのだ。


「シエロで……」

「そうだよ。星麗。星空は私にとってもとても大切なものなんだ。星麗と同じくらいにね。星空と言えばシエロ、シエロと言えば、星麗なんだよ」

「…………」

「今、星麗は納得のいくシエロを作ろうとしているね。それができない限り、私は星空を描かない。描けないんだ」


 星麗は泣かないと決めたのに、涙があふれそうだ。


「わかったよ。僕、頑張るよ」


 星麗は遥空に抱きついて、しばらくそのまま動かないでいた。そして、もう泣かないと自分に言い聞かせ、笑顔を作って遥空の腕から離れた。


「遥空、行ってらっしゃい」

「ああ、行ってくる」


 星麗は、遥空の後姿が見えなくなるまで、大きく手を振っていた。


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