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青い色の物語  作者: yusa
第二章 二人
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11. ヴェルデに帰るときがきた

 空画伯の風景画の評判は国境を越えヴェルデの街にも聞こえてきた。

 空画伯の正体は、天空の郷とアトリエの店主にしか知られていない。ディオスの国民も、もちろんヴェルデの国王や王太子、そしてヴェルデの国民も知る由もない。

 ある日、ヴェルデの宮廷画家が一枚の絵を国王にぜひお見せしたいと言って、大切そうに抱えてきた。


「この絵は、今ディオスで話題になっている画伯の最新作です。ようやく手に入りました」


 宮廷画家は、ゆっくりと、丁寧に絵の梱包を解き、用意された台に置いた。そして、絵を国王と王太子の二人によく見えるように置き直した。


「以前からこの画伯の絵が気になっていて、新作が出るのを待っていたのです。一目見て心を奪われました」


「……」


 絵を見た二人は驚いてハッと息を呑む。


「〝薄明〟と言います」


 国王は、宮廷画家の言葉をきっかけに、ようやく言葉を発した。


「まさに、まさに薄明の空だ! 今にも太陽が昇ってきそうだ」

「確かに素晴らしい絵だ! しかし、なぜこの絵を父上に? どういう来歴の絵なのだ?」

「空という画家が描いたものです。空画伯と呼ばれていて、ディオスでは大変人気のある画家だそうです。次作を待っている人も多くいるそうです」


「空……」


 王太子に聞かれて、宮廷画家は絵を入手した経緯を簡単に話した。

 宮廷画家は経緯を伝えた後に下がっていった。


 宮廷画家が去ったあと、国王と王太子が同時につぶやいた。


「やはり……」


「お前も気が付いたか?」

「はい。父上。これは遥空が描いたものですね」

「そうだな。見た者を惹きつけて離さない魅力は、間違いなく遥空の絵だ」

「彼はこれが遥空の絵だと気が付いたのでしょうね。だから無理してでも手に入れてきたという事ですね」

「遥空は最初に彼に絵を習ったんだからな。彼がわからないはずがない。私たちも絵をみれば気が付くとわかっていたんだな。だから自分の推測を伝えずに下がったんだ」

「そうですね。これ以上空画伯が有名になると身分が知れてしまうと思ったのでしょう。彼なりに遥空を心配しているんですね。そろそろ遥空を連れ戻す時期だという事を暗に伝えてくれたのでしょう」


 遥空の近況は、遥空からの手紙と従者からの報告で大まかなところはほぼ把握している。天空の郷で温かくもてなされて穏やかに暮らしていること、案内してもらった美しい景色を絵に描いていること、ディオスのスプレモの工房で色々顔料について教えてもらっていること、そして、制作した絵をディオスの街のアトリエで販売したことなどが書いてあった。

 手紙に書かれたことは、宮廷画家の絵の入手の経緯と一致する。


「遥空は絵でヴェルデに貢献したいと言っています。今そのために色々準備をしているのだと。実に面白いことをやっているようですよ。ヴェルデ国内では決してできないようなことも」


 王太子は似顔絵描きのことなど愉快そうに話す。


「はっはっは。それは面白い。ヴェルデ国内では決してできないことだ。いい経験をしているようで何よりだ」


 そう言うと国王は絵に目を戻した。

 まるで、遥空がそこに居るかのように愛おしいまなざしで絵を見ている。病もとうに癒え、すっかり以前の威厳ある力強い姿を取り戻している。


「この絵を見て、私は希望を感じたよ。闇を押し上げて、下から希望が湧き出てくるような、ワクワクする感覚に心が揺すぶられるようだ」

「父上、よろしいですね?」

「頼むよ」


 短い親子の会話だった。

 遥空の兄の王太子は、遥空に手紙を書いた。



 ディオスでは遥空がまたアトリエにこもって熱心に大きな絵を描いていた。

 そこに、従者が王太子からの手紙を届けた。

 手紙には、宮廷画家がディオスで〝薄明〟を手に入れ、王宮の回廊に飾ったところ瞬く間に評判になったことが書かれていた。そして最後に、遥空の構想に全面的に協力することを国王に命じられたとあり、構想がまとまり次第、ヴェルデで実現に向けて話したいと書いてあった。


 やはり〝薄明〟はヴェルデの王宮に飾られていた。街のアトリエで空画伯について聞いていた紳士は、幼いころ絵の手ほどきを受けた宮廷画家だ。アトリエで名乗りを上げてもよかったのだが、店主に身元が知れてしまうのが煩わしく思い、知らないふりをしていた。たぶん、宮廷画家は空画伯の正体をうすうす気が付いていて、絵を見て遥空だと確信したのかもしれない。だから、絵をヴェルデの王宮へと運んだのだろう。


「そろそろヴェルデに帰る時期という事かな」


 父上のお許しも得られた。これで、ヴェルデでの準備は整った。


「あとは、構想をまとめ切るだけだな」


 遥空は、構想が実現に向けて、着実に進んでいくことを予感していた。


 遥空には気がかりなことが一つだけあった。

 星麗に何と言えばいいのか迷っているのだ。星麗は遥空がヴェルデに帰るなど夢にも思っていないのだろう。星麗は自分のことをもう家族の一員だと思っている。ヴェルデに帰ると言うことを、どう伝えたものか……悩ましい。

 ヴェルデに帰ると言っても、構想の基盤を整えたらまた郷に戻ってくるつもりなのだが、それでも三年ほどはかかるだろう。自分も星麗と三年も離れるのは辛い。星麗に泣かれたらと思うと心が痛い。


「何と言って話を切り出したらいいのだろう……」


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