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青い色の物語  作者: yusa
第二章 二人
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7. スプレモで描く空

 遥空はまた二枚の絵を描いた。

 今度は二枚とも風景のみを描いた野心作だ。風景だけの絵は極めて稀だ。求めている人がいるのかどうかすらわからない。

 一枚は田園風景だ。前回と同じ場所だが、主役は農夫ではなく空だ。北斗のスプレモで瑠璃色に染まり行く宵の空を描いた。もう一枚は湖の絵だ。炭鉱に行く途中で休憩したきれいな湖の景色を思い出して描いた。湖に映った緑がかった空を描いた。千歳のスプレモを使った。どちらもスプレモの魅力を十分引き出せたと思う。というよりは、スプレモの新しい魅力と使い方をこの絵で世に知らせたかったのだ。


 遥空はアトリエの店主が、ただ風景だけを描いた絵をどう評価するのかも知りたかった。もちろん、客の反応も知りたい。星麗が景色の美しさを教えてくれた。その美しさや雄大さをキャンバス上に表現できたらと思って描いたのだ。

 二枚の絵は、遥空の思惑がいっぱい詰まった、まさに野心作だ。


「スプレモで空を描いたんだね。スプレモを前よりもたくさん使ってる」


 星麗は〝再会〟と〝暁の空〟で風景だけを描いた絵を毎日見ているので、人物の描かれていない風景画にまったく驚かない。でも、さすがに顔料の専門家だ。顔料の使われ方には敏感だ。


「ああ、スプレモの青の美しさを引き出すには、空が一番いいと思うんだ。ただ、風景だけ描いて受け入れられるのか、そして、何よりも空になるとスプレモの量が増えるので、絵の価格が高めにならざる得ない。画題と価格のバランスが心配なんだ。でも、試してみたい」

「ふーん。遥空は王族って言うより、商人みたいになってきたね」


 遥空はからかわれたのはわかっているが、それもで商人のようだと言われ、少し自分は変わってきたのかなと思う。

 星麗は、左側にある一枚目の絵の前に移動しじっと見ている。


「こっちの田園の空は、農夫を描いた時の空だね。星が出る前の宵の空の色だ。きれいだ。すごいね」


 そして、右側のもう一枚の絵の前に立ち、離れたり、近づいたりしながら、湖に映る空を見る。


「こっちのは、炭鉱の途中の湖でしょう? 本当に水に空が映ってるみたいだ。あの時を思い出すよ。空が綺麗だったなぁ……」


 星麗の庶民感覚はまだまだだが、微妙な色の見極めには非凡な才能を感じさせる。


「星麗は風景画を欲しいと思う?」

「もちろんだよ。僕は空画伯の一人目のファンだよ! 欲しいに決まってるでしょう。こっちは〝宵の空〟、そしてこっちは〝湖空〟ってところかな」



 星麗はスプレモで描かれた二枚の絵を、満足げに交互に眺めている。

遥空の絵には人を惹きつけるものがあると思う。絵の技術なのか、描かれた内容なのか、どうしてなのかがよくわからないが、見ていると心が安らぐ。絵というものがそういうものだと言われたら、そうなのかもしれないが、星麗は遥空の絵が好きだ。遥空そのもののような、うまく表現できないが、絵から遥空が語りかけてくるような温かさを感じる。


「星麗様、最近はご機嫌ですね。よくお笑いになる。遥空様とご一緒だからでしょうか?」


 通りすがりの傅に冷やかされる。

 星麗は、口を尖らせて横を向く。


「そんなことないよ」

「おやおや、そんなことでは似顔絵描きの接客はできませんよ」


 傅はほほほっと笑いながら奥へ行ってしまった。

 星麗はむくれて奥を睨む。


「はははっ。星麗は小さい子どもみたいだな。素直すぎて、ついつい、からかいたくなる」

「遥空までそんなこと! 僕はもうすぐ大人になるの! 大人になったら頑固になるんだよ!」

「そんなことになったら、遥空様はヴェルデに帰ってしまいますよ」


 また、奥から戻ってきた傅が通りすがりに言う。


「だめだよ。それはだめ。僕は素直な大人になる」

「はははっ。星麗は本当にかわいいなぁ」


 遥空がさもおかしそうに笑う。


「ファン第一号をもっと大事にしてよ!」

「はいはい」


 毎朝、星麗と遥空と傅、時には貴星まで加わり、軽い雑談を交わしてからそれぞれの1日が始まる。星麗は朝食後に大学に行き、午後には帰って来る。おやつを食べてから工房にしばらくこもるのが日課だ。

 いつもの決まり文句で星麗は傅に送り出される。


「行ってきまーす」

「お気を付けて」



 貴星は毎朝繰り広げられる光景を微笑ましく思っている。以前よりも家の中に活気があり、何といっても毎日、星麗の活き活きとした顔を見られるのが楽しくて仕方がない。


「遥空殿、毎朝星麗のお守りを任せてしまってすまないね」

「いいえ。私も一緒に楽しんでいますので」

「星麗には教育係を付けなかったんだよ。というか付けられなかったんだよ。年の近い者が周りにいないまま育ってしまったんだ。だから遥空殿にまとわりついているのかもしれないね」

「そうなのですか?」


 このあたりの国では、王族には幼少から文武の優れた教育係が付くのが普通だ。


「天空の郷に暮らしているとはいえ、王孫なのだから本来は教育係はつけるのだが、星麗は母親が亡くなってから表情が無くなってしまってね。工房にいる私のそばを片時も離れなくなったんだ」


 遥空は今の星麗からは想像もできないらしく驚いた顔をしている。


「何人も教育係を付けたが、結局誰にも心を開かず、乳母の傅にしかなつかなくてね。だから、傅に頼んで、星麗のそばにずっとついていてもらったんだよ」

「そうなのですか」

「ただ、星麗は顔料作りを見るのが好きで、いつも私の真似事をしたがったんだ。それを止めると大粒の涙を流して抗議して……。ついには、シエロを作り上げた。聖明と見た空だと聞いた時には驚いたよ」

「お母上と見た空の色を無意識に求めていたのかもしれませんね」

「そうだね。シエロができてから星麗は昔のように笑顔をみせるようになったんだよ。毎日飽きずにシエロを眺めてニコニコしていた。シエロに聖明を重ねていたのだろう。でも、それほど大切なシエロを街で初めて会った人にあげたと言うのだから驚いたよ」

「申し訳なかったです」


 遥空は頭を掻いて謝るそぶりを見せる。


「いやいや、その結果、聖明と見た星空が絵になって帰ってきたんだ。〝再会〟を見てから星麗は心が解き放たれたように、さらに変わってきたんだ」

「そんな風には全く見えませんでした」

「〝再会〟に出会ってから、本当に昔の、聖明といたころの星麗の笑顔が戻ってきたんだ。だから、私だけでなく、傅も嬉しくて仕方がないのさ。ああやって星麗を揶揄えることがね」

「毎朝、微笑ましいと思っていますよ」

「まあ、傅のためだとも思って、騒がしいががまんしてくれ」



 絵を納めるために一か月ぶりに遥空と傅と街のアトリエを訪問した。

驚くことに、思いのほかにぎわっていた。空画伯の絵がきっかけとなり、アトリエに集う画家の卵の絵も欲しいと言う人が出てきていると言う。

 二点の絵を店主に渡す。

 店主はしばらく絵を見ていた。二つの絵を見比べたり、一つずつ手に取り、遠目にかざしてみたりしていた。


「素晴らしい。二点とも空が素晴らしい。それぞれ違う空ですが、どちらからも澄んだきれいな空気感が感じられます。見ていると心が洗われるようだ。実に素晴らしい」


 店主からは、絵に人物が描かれていないとか、背景しか描かれていないとか、そういう感想は一切聞かれない。絵を純粋に評価してくれている。

 二点とも褒められて、星麗は嬉しくて自分のことのように胸を張り、傅に軽くにらまれた。


「手放したくない! でも、仕方がないですね。これには内金をいただいていたお客様に値段をつけてもらいましょう」


 数日後、店主から〝宵の空〟が大金貨百枚で売れたと連絡が入った。

 その価格に一番驚いたのは傅だ。一方、星麗は、前よりも高い値で売れたという事実だけに安堵し、喜んだ。遥空も同じ反応だった。


「お二人とも、ここはもう少し驚かないと。大金貨百枚だと、立派な家が建ちますよ」

「へー。そうなの?」

「そうです!」


 スプレモで描いた絵は評判になった。

 絵を求めた客は二点とも買うと申し出たそうだが、店主が説得し、何とか一点だけにしてもらったそうだ。もう一点は店内に飾ってある。店主は絵がいたく気に入って、離れがたくなり売れないのだと言う。


「〝湖空〟はもうしばらくだけ、こちらに飾っておきます。私よりも絵の価値が分かる人に出会えたらお売りしますよ」


 言外に自分よりも絵の価値が分かる者などいないので、このまま飾っておくと言っているのだ。

 郷からの使いの者にそう言うと、豪快に笑っていたそうだ。

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