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青い色の物語  作者: yusa
第二章 二人
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6. 似顔絵描き

 「お食事の準備ができましたよ」


 傅が星麗と遥空に声をかける。

 星麗の大好きな卵焼きだ。でも、その隣には苦手な青菜が盛り付けられている。星麗は卵焼きだけぺろぺろっと食べて、青菜には手を付けない。

 傅が睨む。遥空は黙って二人を見ている。


「星麗様」


 星麗は仕方なく、青菜をほんの少しだけ摘む。


「星麗様!」


 さらに、もうひと摘み。

 傅はじっと見ている。

 星麗は涙目になって、一気に青菜を飲み込む。


「よくできました。では、ご褒美です」


 大好きな甘い桃が出てきた。

 とたんに、星麗はニコニコ顔になって桃をほおばる。


「やったぁ!」

「星麗は桃が好きだな」

「うん。ただの桃じゃないよ。傅がむいてくれた桃が好きなの!」

「星麗様、もう十二歳ですよ。お子様は卒業です。好き嫌いは無くさないといけません」

「はーい」

「いつも返事だけはよろしいのですから」

「星麗は好き嫌いがたくさんあるのか?」


 遥空が聞くと、星麗はぶんぶんと首を振るが、代わりに傅が答える。


「野菜で食べられるものを聞いた方が早いくらいです」

「そうか……残念だが仕方がないな。二、三日ぐらい星麗と一緒にディオスの街に滞在することを貴星様には許しをいただいたが、私一人で行ってくるよ」

「どうして?」

「好き嫌いが多くては食事が大変だからな。宿の者にも迷惑をかけてしまう」

「大丈夫!大丈夫だってば。ねっ、傅?」

「傅も心配です。とても外泊などさせられません」


 星麗は傅に救いを求めたが、傅は味方になってくれない。


「大丈夫だってば。明日から好き嫌いは無くすよ」

「明日から?」


 傅は聞き逃さない。


「今日から」


 星麗は小さな声で答える。体までシュンとして小さくなった。


「では、お夕食は腕を振るいましょう」


 傅の顔には勝利の微笑みがあった。


「星麗、これから写生に行くんだが、一緒に行かないか」

「うん。行こう」


 食後に二人は郷の南側にある景色の開けたところに来た。

 高台の草叢に腰を下ろす。眼下にはのどかな田園風景が見える。

 遥空は絵を描きだした。

 星麗は働く人たちを何となく眺めていた。


「子どもがお父さんを手伝ってる」


 遥空は絵に集中して星麗を相手にしない。星麗は遥空に話しかけているというわけでもなく、田園の風景を満喫しながら、気が付いたことを、ただ言葉に出している。


「あっ、お母さんがおやつを持ってきたんだ」


「お父さんが腰を伸ばしている。子どもが摩ってあげてる」


「日が暮れてきたのにまだ、耕しているね。まだ帰らないのかな……」


「さあ描けた。星麗、帰ろうか」


 帰り道、星麗は黙って遥空の後について館に帰った。


 夕食には、星麗の大好きな肉料理と同じくらいの野菜料理の皿が並べられた。


「いただきます!」


 星麗は、真っ先に野菜料理を口にした。目をつぶって口に入れた。昼間と違い、飲み込まずに噛む。


「あれっ?」


 もう一口、野菜を口に入れ、もぐもぐと噛む。


「ほお、星麗は野菜が食べられるようになったのか? すごいね」

「はいお父様。もう十二歳ですから。もうすぐ大人になるんです」

「そうか。美味しいか?」

「はい」


 傅もびっくりしている。


「今日、午後から遥空の写生のお供で、野菜を作っている人を見ていました。暗くなるまで小さな子もお手伝いしていましたよ」

「そうか。それで?」

「一生懸命に育てられた野菜を、ちゃんと味わって食べようと思いました」

「いいことに気づいたね」

「はい。そしたら、美味しかったです。昔と味が変わったのかな……」

「星麗様、それは、野菜の味が変わったのではなく、星麗様の味覚が変わったのですよ。味覚だけは大人の仲間入りですね」

「味覚だけはって、ひどいよ」


 貴星、遥空、傅に笑われ、星麗は真っ赤になって口を尖らせる。


「遥空、街に数日滞在って、絵を売りに行くの?」

「いや、それはアトリエの店主に任せるとして、通りで街の人の似顔絵を描いてみようと思うんだ」

「似顔絵?」

「うん、庶民と接すればいろいろ勉強になると思うし、絵画への興味を持ってもらう一歩としてもいいかなと思ってね」

「肖像画じゃなくて似顔絵ね……面白そうだね」

「ああ、色々なことを試してみたいんだ。ヴェルデではできないからな。ははっ」


 遥空は楽しそうだ。

 ヴェルデの王子である遥空が、ヴェルデの街中で似顔絵を描くなど想像もできないし、許されないだろう。遥空の素性が知られていないディオスだからこそできることだ。


「あのさぁ、ヴェルデの人はみんなきれいな金色の髪と琥珀の瞳なの?」

「琥珀の瞳は王族だけだが、金髪は王族以外でもたまに見かけるよ」

「だったらいいね。瞳の色は遠くからわからないしね。僕みたいに髪が青いと、遠くからでも目立ちゃうんだ」

「でも、臣下と悪者しか寄ってこないから、それはそれでいいじゃないか。はははっ」

「そうともう言う」


 遥空はさらに楽しそうだ。

 星麗は遥空のいう事が的を得ているだけに、なんだか悔しくて、口を尖らせて遥空を睨む。


「でもね、星麗の髪も瞳もすごくきれいだよ。スプレモでも表現できないぐらいに」


 遥空は、笑顔から一転して真顔になり、星麗の髪を数本手に取って掌の上で眺めた。次に星麗を上を向かせて、瞳をじっと見た。


「何? そんなに見られたら照れちゃうよ」

「ごめん、ごめん。どうにか絵で表現できないかなと思って」

「それって、もしかして僕を素材として見てるってこと? ひどいよ!」


 照れている場合ではない。星麗自身ではなく、物として見られていた。おもいきり星麗は口を尖らせる。


「ははっ。ごめんごめん。つい手に取ってしまった」

「遥空はいつも絵のことで頭の中がいっぱいなんだね」

「星麗もシエロでいっぱいだろう?」

「まあね」


 星麗は、シエロのこと以外に遥空の事、傅のこと、そしてお父様のこととかいっぱい考えていると言いたかったが、止めた。今はどうでもいいことだ。


 数日後、遥空の絵が完成したので、アトリエに持っていくことにした。今回は、宿から街の風景を描いたり、通りで似顔絵を描いたりするつもりだ。宿に泊まって数日滞在して様子を見ようと準備してきた。もちろん傅も一緒だ。いつもの三人の護衛の他、目立たぬように宿の周辺には護衛が複数人影を潜めている。

 宿には絵を描けるようなところがなかった。仕方がなく絵を描くために店主に頼んでアトリエを間借りした。

 日中は通りを行く人の顔を無差別に描き、描き上げた似顔絵は大きな板に端から張り付けて飾った。走り書きのような、すぐに出来上がる簡単なスケッチだ。もし売るとしたらいくらで売ればいいのかなど、アトリエの主人に教わってきていた。

 五、六人ほど描いたころ、立ち止まる人が出てきた。手に取る人も出てきた。十人ほど描くと、これは自分だと言う人が出てきた。まさしく本人だった。


「これは売り物かい?」

「はい」

「いくらだい?」

「銅貨一枚です」

「じゃあこれをもらうよ」


 それを皮切りに今度は描いてほしいと言う人も出てきた。

 二日目、似顔絵描きはすっかり人気者になっていた。簡単に色づけした街の風景画も板に張り付けてみた。こちらもすぐに売れた。遥空と星麗たちのあたりには人だかりができている。少し離れた陰から遥空の従者がしっかり見守っている。

 星麗は遥空の隣で接客対応を手伝っていた。初めての体験に、面白くて夢中になった。最初はぎこちない対応だったが、だんだん、慣れてきて、道行く人に声掛けまでできるようになった。もちろん、ベールを頭からかぶって。そして、星麗の後方には、右幻と左幻が何かあればすぐに対処できるように控えていた。


 一方アトリエでは、天空の郷の田園風景を描いた油絵〝田園風景〟が売れた。この絵にもスプレモが使われている。農夫のシャツが鮮やかな青だ。農夫のたくましさ、清らかさが感じられ、描かれているのは作業服の農夫だが、スプレモの深く美しい青色が農夫から高潔さを漂わせていた。

 絵はまた、同じように大金貨二十枚で売れた。その直後に、先日の客が来て、空画伯の絵を求められた。


「たった今売れてしまいました」


 その客はひどくがっかりとした体で、次は取り置きを頼むと言い、内金として大金貨四枚を渡して帰っていった。

 評判が評判を呼び、アトリエには客が頻繁に訪れるようになった。なんと、画家の卵たちの絵にも関心が集まるようになっていた。

 三日間で似顔絵描きは終了した。大盛況だった。アトリエの主人からも絵の評判を聞き、郷に帰ってきた。

 色々勉強になった三日間だった。


「お父様、遥空の描く似顔絵は大好評でしたよ」

「ほぉ?」

「僕も絵を飾ったり、売ったりしてお手伝いしてきました」

「それは、貴重な体験をしたね。星麗はもちろん、遥空殿も自分で直接お金を稼ぐなど、初めてだろうに」

「はい。似顔絵の値段は相場をアトリエの主人に聞いて決めました。一日通りで似顔絵を描きましたが、それだけでは家賃などを払って暮らしていくのは難しいことが分かりました」

「なるほど。勉強になったね」

「はい。庶民にも絵を楽しみたい気持ちがあることも分かりましたし、人が集まって通りが賑やかになり、アトリエにもたくさんの人が来てくれました」

「遥空殿は何か目的があるのだろう?」

「はい。自分には絵しかないので、これでヴェルデに貢献できないかと、いろいろ考えています」

「絵で?」

「はい。まだ、どうすれば貢献できるのか、はっきりとわからないのですが、色々やっているうちに見えてくると思っています」

「それは楽しみだ。絵なら星麗も協力できるしね」

「そうだよ。僕も頑張るから」

「星麗は何を頑張るんだい?」

「えっと……」


 星麗は勢いで答えたものの、自分でも何を頑張るのかよくわかっていなかった。


「星麗の作り出す顔料が、私に絵を描きたいと言う抑えきれないほどの気持ちをあたえてくれたんだよ」

「本当に?」

「ああ。星麗のシエロがきっかけで、スプレモのことも深く知ることができたんだ。星麗には本当に感謝してるよ」

「僕は、シエロを頑張る!」

「はははっ。そうだね。いい顔料を作って遥空殿に使ってもらえるように頑張りなさい」

「はい!」

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