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青い色の物語  作者: yusa
第二章 二人
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4. 空画伯 誕生

「星麗様、気分転換なさったらいかがですか?」


 傅がめずらしく星麗に意見する。


「僕、頑張りすぎてる?」

「はい。とても」


 傅の言う事は素直に聞いておいた方がいい、というのは星麗が幼い頃に身につけた人生の鉄則である。

 しばらく工房にこもり、気が付いたら自室の寝台に寝ていた。傅が運んでくれたのだろう。今は食卓で傅の栄養たっぷりな手料理を味わっている。

 遥空もアトリエから出てきた。憔悴した顔をしている。


「遥空様も、どうぞこちらへ」


 傅が遥空を食卓に促す。

 遥空も素直に従う。


「お二人とも、お疲れのようですね。傅の料理でたっぷり栄養を養っていただきます」


 食卓には、これでもかというくらい皿が並ぶ。二人は夢中で食べる。

 傅の料理は天下一品だ。傅は、いつもは、侍女に任せて味付けをチェックする程度だが、星麗が工房こもりを終えた時には、傅が自ら腕を振るう。星麗は全く無頓着だが、どの料理も滋養強壮に良いものばかりだ。

 貴星が通りかかる。二人の食欲にしばらく見とれている。


「お父様、お久しぶりです」

「君たちすごい食欲だね。気持ちがいいくらいだ。」


 貴星は足を止めて二人に話しかける。


「昨日、街のアトリエの店主が、遥空殿の絵について尋ねる人が多いと言っていたよ。アトリエに顔を出してみたらどうかな」

「〝再会〟でお世話になったところだね。遥空、行ってみようか」


 二人は右幻と左幻、そして遥空の従者とともに街へと出かけた。

 久しぶりに訪れた街は賑わっていて、歩いているだけでもワクワクする。街のアトリエでは、何人かの若い名もない画家が絵を描いていた。

 星麗は例のごとく、頭部をベールで被っている。


「ベールで被う意味を最初は知らなかったよ」

「そうなの? 僕のことはてっきりわかってると思ってたんだよ」

「だから、手紙にも自分の連絡先を書かなかったんだな」

「へへ。大失敗だね。書いてたらもっと早く会えたのにね」

「それにしても、どうしてこの国では王族だけ髪と瞳が青いのだろう?」

「さあね。この国の七不思議のひとつだよね」


 とは言うものの、星麗には当たり前すぎて、たいして疑問にも思っていない。


「味方にも敵にもすぐ正真正銘の王族だと分る。便利なようでいて、そうでないような……」

「ははっ。大丈夫。右幻と左幻が一緒だから」


 他愛もない話をしているうちに、街のアトリエに着いた。


「お久しぶりです」

「ようこそ、星麗様。よくいらしていただました。先日貴星様がお見えになりましたよ」

「うん、お父様から話を聞いて来てみたんだ」

「ヴェルデの方もよくいらっしゃいました」

「その節は、大変お世話になりました。おかげさまで星麗様と再会できました」


 店主は遥空がヴェルデの王族だとは知らないので、ヴェルデの方と呼んでいる。

 遥空も自分の正体を明かさない。当たり前だ。うっかり王族などと知られてしまえば、誘拐の危険度が増してしまう。〝ヴェルデの方〟でいい。


「アトリエを画家に開放しているのですか?」

「はい。最近は表現や技法が急速に発展してきましたし、そのせいか色々な画風が世に出てきて、絵画を家に飾る習慣も出てきました。画家を目指す若者も増えてきているのですよ。そのことが嬉しくてね。だから、こうして画家の卵を応援しているのです」


 本格的に絵を描くには道具を揃えなければならない。資金のないものにはそこが大きな障壁となる。こういう環境があれば、確かに助かるだろう。


 ディオスの国民はそこに留まるということを知らない。この国では、王族自らの創意と工夫で、きれいな鉱石というだけのアズールの価値を飛躍的に高めてきた。現状を変えていくことに何のためらいもないのだろう。


「絵画の世界はこれから、もっと広がります。絵画の市場は大きくなって、画家だけで生計が建てられるようになりますよ。私の希望も入った未来予測ですが」

 店主は胸を張って言い放った。そして、少しだけ恥ずかしそうに頭を掻く。


 確かに、店主の言うとおりだ。最近では、自然の風景を背景に普通の人間を描いた絵も見かけるようになってきた。神も天使も描かれていない絵など、昔では、考えられないことだ。


「絵で生計が立つようになるなんて、想像もしていなかったが……本当に、絵をかいて暮らしていける世の中になるんだろうか?」


 遥空が言うと、星麗は目をくりくりさせて即答した。


「僕たちがやればいいんだよ。遥空と僕で変えていけばいいんだよ」


 星麗はこともなげに言う。それを聞く店主は、さも当たり前のように頷いている。


「それは大変だ。寝る暇もないな」


 二人は顔を見合わせて笑った。

 まずは遥空の絵を買う人がいるのか試してみようという事になり、後で絵を届けることにしてアトリエを辞した。



「ヴェルデの風景を描いてみたらどうかな?」


 そう星麗に言われ、遥空の頭にヴェルデの視察で訪れた田園風景が浮かんだ。

 日没のころ、畑仕事を終え、ひと休みしていた女性の姿を描いてみたくなった。女性は働き疲れたように座っていた。その隣で、老人が子どもを見守るように眺めている。子どもは元気に周りを駆け回っていた。

 視察の時には、出稼ぎの夫を待つ貧しい家族の光景に見えた。しかし、鉱山で工夫が家族と幸せそうに食事をしている姿や、生き生きと働いている姿を見て、見方が変わった。ヴェルデで家や畑を守っている家族は不幸などではなく、むしろ幸せなんだと思うようになったのだ。

 そういう思いが描きだす風景に影響したのだろうか。完成した絵は、穏やかで優しさに満ちていた。絵の中ほどに描かれた女性の頭には青いターバンが巻かれていた。スプレモを使った。



「ヴェルデと天空の郷の両方を描いたんだね」


 星麗は絵を一目見て、遥空の思いを理解した。

 スプレモは高価な顔料だが、それだけの価値はある。田園で子どもに目をやる女性の優しげな表情に、青いターバンが凛とした強さを与え、何とも言えない優雅さを引き出していた。


「サインを入れるといいんじゃないかな」

「サインを?」

「そう、お抱えの絵師に頼んで描いてもらった絵じゃないから、作者が分からないとね」

「そうか。〝遥空〟じゃあまずいだろうな。私の国では名前は知られているし……」

「〝空〟にしたら?」

「いいね。そうしよう。じゃあ、絵の題は〝日没の田園〟とするか」


 遥空は、自分のサインとして〝空〟と絵の右下隅に小さく書き入れた。

 一連の会話を耳にしていた傅は、やれやれというように星麗を軽く睨む。


「へへっ」


 星麗は照れ笑いをする。

 遥空は訳が分からなという顔をして二人を見比べている。


「星麗様!」

「ははっ。もう空ってサイン入れちゃったもん」


 そう言いながら星麗は逃げるように工房に行ってしまった。



「はぁ。まったく」

「どうしたのですか? 何か星麗がしたのですか?」

「実は、空という名前なんですけど……」


 傅が空はシエロと同義だという事、シエロは星麗の母の聖明が好きな言葉だったことなどを話してくれた。


「すみません。星麗様は遥空様に説明をきちんとしないといけませんよね」

「いいえ、シエロと同じ意味だと聞いて嬉しく思いますよ」

「本当に星麗様にも困ったものです。まるで子どもの悪戯です。もちろん、悪気は全くないのですけどね。よっぽど遥空様のことが好きなのですね」


 ほほほっと笑いながら、傅は遥空に一礼して奥に行った。

 遥空は、嬉しいような、照れくさいような気持ちで、絵に題名を伝えるメモをつけ、従者にアトリエ店主に届けるよう伝えた。

 〝空画伯〟の誕生だ。


 それから数日間、星麗は工房にこもり、シエロの改良に取り組んだ。遥空は相変わらず北斗やほかの工房を回り、顔料を使う立場からいろいろ必要な情報を整えていった。

 数日後、街のアトリエから連絡があり、絵を欲しいという客に、店主の妥当と思う値段で売ってもいいかと聞いてきた。快諾し、翌日の訪問を伝えた。


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