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青い色の物語  作者: yusa
第二章 二人
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2. この世で一番美しいもの

 たくさんの流れる星が視界に入り、そして消えていく。

 星麗は暁の空を眺めていて、突然、一つの光景を思い出した。


『星麗、流れ星をみたらお願いするのですよ』

『流れ星?』

『そう、もうすぐあちらの空から星が流れてきます。そしたら、向こう側に消えてしまう前に願い事をするのです』

『やってみる』

『神様は時々私たちの地上の様子を眺めるために天界の扉を開けるのです。その時に、天界から星が流れ落ちるのですよ。だからこの時に願い事をすれば、神様の耳に届くのです。でも、扉はすぐにしまってしまいます。だから、願い事を準備しておかないとね』


 言い終わらないうちに、星が流れていった。


『お母様、早すぎて願いを言えませんでした』


 星麗は涙目で訴えた。


『大丈夫。母が代わりにお願いしておきました』

『何を?』

『星麗がいつまでも幸せでありますようにって。ほほほっ』


 遠い記憶だった。忘れていたのに、流れ星を見たら、その時の情景が鮮明に脳裏に蘇った。流れ星と母の記憶が交わる夜空には、星々が暖かい柔らかな光で輝いていた。


 琥珀色が入っているあのアズールなら、シエロに今よりもあたたかい輝きを加えることができるかもしれない。

 顔料を作りたい衝動が抑えられなくなり、星麗はそのまま工房へと入り、新しい鉱山から採れたアズールを手に取る。そして、腹の底から湧き上がる、何とも言えない感情をアズールに注ぎ込む。


 星麗は顔料作りに夢中になると、食卓にもつかずに工房にこもる。傅には毎回心配をかけ、申し訳なく思うが、ひらめきが消えないうちに作りたかった。傅はこういう時にはいつも、星麗が簡単に片手で食べられる軽食を作り、工房へそっと差し入れてくれる。



 三日ほどすると、星麗がふらりと工房から出てきた。


「うーん、イメージはあるのにできないなぁ」


 一言つぶやくと、そのままそこに寝てしまった。


「まったくこんなところで寝てしまって。星麗様は本当に子どものころのままですね。ほほほっ。」


 傅は文句を言いながらも、嬉しそうに星麗を抱きかかえ、寝室へと運ぶ。

 これから一か月、二か月、長い時には半年近くこういう生活が続く。星麗のような繊細な感性を持つ者には、周りの理解が必要なのだ。


 傅は星麗の乳母として長年仕えてきた。

 傅の子は生まれてすぐに亡くなった。悲しみに暮れていた傅に星麗の乳母の話が来た。王族の子どもは、母親ではなく乳母が育てる。傅は快諾し、星麗と過ごすようになった。すぐに星麗は傅になつき、楽しい子育てが始まった。聖明は『仲が良すぎるのぉ』と時々焼きもちを焼くそぶりをしたが、もちろん本気ではないことを傅は承知している。


 乳母の仕事は子どもが五歳ぐらいになると終わるのだが、星麗の場合、聖明が亡くなってしまっていたので、貴星の願いで、そのまま星麗の世話を続けてきた。今では傅にとって、星麗は我が子同然。もう離れられない存在だ。


 星麗は物心つくころから貴星の工房で遊び、顔料作りの真似事をして過ごす時間が長かった。真似事だと思っていたら、ある日突然、星麗が傅に顔料を見せに来た。

 綺麗な青い色をしていた。顔料の器を傾けて光にかざすと、キラキラと多彩に輝いた。


「傅、これ僕が作ったんだよ」

「まあ、なんと美しい」

「お母様と一緒に見たお空なんだ」


 星麗は母との記憶をたどりこの顔料を作ったと言う。

 母の聖明は、夜中過ぎによく星麗を連れ出し、丘で星空を見ていた。その後を追いかけて貴星が連れ戻しに行くが、結局聖明に押し切られ、いつも三人で空が白んでくるまで寝転んで星空を見上げていたものだ。

 星麗が三歳になるころには、明け方家に帰ってくると、聖明は必ず微熱を出した。でも、星空を見に行くのを止めなかった。

 ある日、傅がもう体力が持たないからと聖明を引き留めると、聖明が言ったのだった。


『星麗にこの世で一番美しいものを見せてあげたいの。私のできる唯一のことなのだから』


 傅は聖明の心情を推し量ると涙が止まらなかった。

 聖明は産後の肥立ちが悪く、横になって休んでいることが多かった。星麗の成長を見届けられないと悟っていたのだろう。時を惜しむように、起きているときには星麗と空を見て過ごしていた。


『どこかの国では空のことをシエロって言うんですって。素敵な響きね』


 そう言った時の聖明の美しくもはかない横顔が今でも忘れられない。


「傅、聞いてる? お空の色なの!」

「空ですか?」

「そうだよ。お母様との思い出のお空の色なんだよ」


 傅は空という言葉に、運命を感じた。


「じゃあシエロですね」

「シエロ……いい響きだ。そうしよ。これシエロにする!」


(星麗様は聖明様がお見せになった、この世で一番美しいものを顔料にお作りになりましたよ)


 初めてシエロを作ってから六年、星麗はまた工房にこもっている。

 傅が助けてあげられるのは、星麗が何も気にすることなく、顔料作りに没頭できるようにすることだ。


(聖明様、また星麗様の瞳が輝きだしました。今度はどんなものができるのでしょうね)


 傅は〝暁の空〟の前に立ち、心の中で話しかける。


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