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青い色の物語  作者: yusa
第二章 二人
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1. もっともっと世の中を知りたい

 今日は、貴星が定期的に行っている鉱山視察の日だ。星麗と遥空も同行することになった。

 星麗は初めて遥空と遠出をするのがうれしくて、早朝から落ち着きなく動き回り、傅に叱られてばかりいる。出発前はドタバタしていたが、貴星に引率される格好で、遥空と予定通りに出かけることができた。


 鉱山は高い山々が連なるあたりにある。上り坂がきつい山道を馬で進む。坂はきついが、アズール運搬に使われているため、山道にもかかわらず整備が行き届いている。

 途中にある湖のほとりで休憩する。この先に炭鉱があるとは想像もできないほど静寂に満ちていて、緑に囲まれた湖の水面は波もなく澄み渡っている。馬から降りて草叢に寝転ぶと、ちょうど視線が水面と重なった。空が湖に溶け込むように、澄んだ青色が湖の中に映り込み、空と湖の区別がつかない。


「遥空、湖の空が見える?」

「ああ。湖の空か。いい言葉だ。今見ているのが、湖なのか空なのか分からないぐらい不思議な光景だ。きれいだなぁ」


 馬も水を飲み、美味しそうに草を食べている。 澄んだきれいな景色のなかで十分休んだ後、再び炭鉱への道を辿る。


 鉱山の近くには食堂や宿屋などで賑わう街があった。ディオスは鉱山開発と同時に、鉱山で働く人のための町作り、アズール運搬の交通基盤の整備を国の主導で進めた。ディオスの鉱山は国営だ。鉱山の収益はアズールが生み出す価値のみだ。鉱業権云々など一切ない。


 貴星は率先して富を労働者に還元する仕組み作りに取り組んだ。他国の鉱山でありがちな労働者からの不当な搾取などはなく、労働に対する対価はすべて労働者の収入となる。治安維持にも力を注いだ。

 こうして、貴重な労働力を安定して確保できるようになった。他国にもたくさん鉱山はあるが、ディオスほど労働環境が整っているところは無いだろう。

 星麗にとっては、これが小さい頃から見てきた当たり前の鉱山の風景なのだが、遥空は衝撃を受けたようだった。


「私の国の人々もこちらでたくさん働いています」

「そうだね。ありがたく思っているよ」

「ありがたい? 労働者なのだから働いて当然なのでは? 庶民に感謝ですか?」


 遥空は、貴星の言葉に驚いたように瞳を見開いている。

 貴星は遥空の反応を楽しむように微笑んでいる。


 その時、脇を子どもが駆けていった。

 ころころと笑いながら、工夫のもとへと走り寄り、抱きついた。


「父ちゃん!」

「おー、よく来たな。また大きくなったかな?」


 母親らしい女性もいる。三人は仲よく手をつないで食堂に入っていく。


「工夫は、妻子を時おり呼び寄せて、自分の仕事をみせているのですよ。ここは安全ですからね。そうすると、妻や子どもたちは、故郷に帰ってから夫の長い留守の間も、安心して過ごせるようなのです」


 貴星は優しい目で親子を目で追う。親子は三人そろって美味しそうに食事を楽しんでいた。


「働く人は、家族も含めて、皆仲間なんだよ」


 星麗は貴星からの受け売りを口にしながら、遥空の顔を覗き込む。


「家族も仲間?」

「驚いているようだね。王宮で勉強してきたことと現実はずいぶん違うだろう? 世の中は広いんだよ。自分と違う価値観を持った人もたくさんいる。そう言う人に出会うと本当に驚かされるし、刺激的で実に面白いよ」

「遥空はもうお父様に驚いているみたいだよ」

「ははっ。そのようだね。何度も言うが世の中は広いんだよ。人ごと、国ごとに面白いことがいっぱいだ。せっかく王宮を離れて他国まで来たのだから、たくさんの人や物に接して、いろいろ感じられるといいね。今日はその手始めだ」


 貴星は、笑いながら工夫たちの中に入り、談笑を始めた。星麗もその輪の中へと自然に入る。

 星麗に声をかけられ、遥空が工夫たちに近づいた。

 その時、ひとりの工夫が星麗の声に反応する。


「今、遥空と? 遥空王子?!」


 ディオスの王族を前にして談笑していた工夫が、遥空を目にして態度を一変し、慌てて道に跪く。緊張した顔で跪いている。遥空は困惑した表情をしている。

 遥空は工夫に近寄り声をかける。


「立ちなさい」


 工夫は恐縮したように立ち上がり、貴星と星麗に向かって頭を掻きながら言う。


「すみません。どうしても体が勝手に動いてしまいました。跪いては無いけど貴星様たちは尊敬してます。でも、ヴェルデの王子様だと思うと習慣で体が勝手に動いてしまう」

「あははっ。かまわないですよ。それでこそ、ヴェルデの国民ですよ」

「じゃあ、俺たちは貴星様と星麗様に跪かないとだめかい?」


 周りにいたディオスの国民からお道化た声が上がる。

 あたりは、和やかな笑いに包まれた。


 帰り道、遥空は口数も少なく、いろいろ考えているようだった。

 貴星は、宮殿へ寄ってから郷に帰るということで、別行動となった。


「どうしたの? 遥空」

「いや、いい経験をしたなと思ってね。いい経験というか、痛い経験かな」

「痛い経験?」

「ああ。衝撃的だったよ」

「えっ、何が?」

「何もかもが衝撃的だった。鉱山の人たちの笑い顔、整えられた労働環境、富の分配の仕方、ヴェルデ国民の態度。何もかもだ」

「うーん。僕にはよくわからないけど……行かないほうが良かった?」

 

 あまりの衝撃に、遥空がヴェルデに帰ってしまうのではないかと、星麗は少し不安になった。


「いや、すごく勉強になったよ。今日貴星様と鉱山に行けてよかった。感謝しているよ」

「そう。ならよかった。お父様はね、『郷だけにいてはわからないことがたくさんある。色々な人に会って、その人たちから学びなさい』っていうのが口癖なんだよ」

「なるほど。本当にそうだな。私は兄上から『もっと見聞を広げろ、自国や他国のことも勉強しろ』とよく言われたのだが、その意味がようやくわかったよ」


 懐かしそうに兄の話をする遥空の顔は、少し寂しそうだ。


「お兄様に会いたい? ヴェルデに帰りたくなった?」

「ああ。兄上にはもちろん会いたいよ。でも、父上から、せっかく国の外で色々な人に出会う機会をもらったんだ。兄上のおっしゃる通りに、もっと世の中を見て歩かないとね」

「僕、今までは小さいからって自由に郷の外には出してもらえなかったんだ。でも、お父様がね、そろそろいいよって。遥空と街に行ったらどうかって言ってくれたの。一緒に行こうよ」

「ああ。行こう。出かけて行って、もっともっとたくさんのものを見て、いろいろ挑戦して、いろんな人に会って、山ほど話をしよう!」


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