彼と私と線香花火
※香月よう子様主催の「夏の夜の恋物語企画」参加作品です。
短いですが、少しでもキュンしてもらえたら嬉しいです♪
「前から聞きたいと思ってたんだけどさぁ」
茹だるような暑さが連日続くようになって早数週間。夏休み目前の少し浮かれた空気感漂う放課後の教室で、友人の久我山 恵里奈が気だるげな様子で頬杖ついたままそう切り出した。
「柳井の何が良かったの?」
「何よ、藪から棒に」
「いやだってさ、付き合って一年? 最長で三ヶ月だった紗和が一年よ?」
「うるさいわね。見てのとおり、律がいい男だからでしょ」
「は?」
「は? って何よ」
失礼な。なんで珍獣を見るような目で凝視してくるのよ。
「いやいや、いい男って」
「カッコいいじゃない」
「いやまぁ、そこそこイケメンだとは思うけど」
「そこそこ言うな」
「だって、五月にあった体育祭の徒競走で、柳井六人中四位だったじゃない」
「それが?」
「成績だって中の下辺りにいつもいるし」
「私もそれくらいだけど」
「昨日のプール授業だって、あまりの細さに三度見したわよ。あの人絶対、体重五十五キロ切ってるよね」
「ちゃんと筋肉あるわよ。細マッチョと言ってちょうだい」
確かに細いけど、体重も五十二キロだけど、私より骨太だし腹筋も薄らだけど割れてるもの。
「人の彼氏をモヤシみたいに言うのやめてくれる?」
「モヤシよりは筋肉質なのは認める」
「なに目線」
「つまり、肉体も頭も運動神経も平均点で、下手すると平均以下で、顔もそこそこイケメンではあっても普通と言うか、どこにでもいそうな顔と言うか、埋没顔と言うか」
「言いたい放題だな。ディスり過ぎでしょ」
「で? 柳井の何がそんなに良いわけ?」
本当に失礼ね。逆に律がカッコ良くない理由が私にはわからないんだけど?
平均的で何が悪いのよ。成績も運動も、何事も卒なくこなしてるってことじゃない。凄いことだと私は思うわ。顔立ちだって十分イケメンじゃない。突出していることが、イコール優れているってことじゃないでしょうに。
「律の全部がいいの」
「嘘つけ」
「なんでよ」
「あ。わかった。あっちが上手いんだ」
「デリカシー」
「本音は?」
「ノーコメント」
勿論最高に決まってるじゃない。絶対言わないけど。
彼がどんな風に触れるのか、乱れるのか、知っているのは私だけでいいの。たとえ恵里奈であっても教えてあげない。
「それじゃ柳井の良さは伝わらないな~」
「別にいいも~ん。私は分かってるんだから」
「つまらん」
「それで結構」
ぶー、と面白くないとばかりに恵里奈が下唇を突き出した時、帰り支度を終えたらしい律が鞄を手にこちらへとやって来た。
「紗和。帰ろう」
「あ、ごめん! すぐ用意する!」
「慌てないでゆっくりでいいよ」
ほんわかと微笑む律は、付き合って一年、知り合って二年経つけど、彼が怒った姿は一度も見たことがない。いつもいつも優しくて、私の扱いも丁寧で、気配りも細やかで、流れる空気感というか、雰囲気が常に穏やかな人。私もつられて優しくなっちゃうような、そんな一緒にいて心地好い人。
私にとって誰よりもカッコよくて、誰よりも素敵な彼氏。大好きなところを挙げたらキリがないわ。寧ろ欠点を挙げた方が早いくらい。朝が弱いとか、意外と長風呂だとか、歌がちょっと下手だとか、私には可愛い部分なんだけど。
「柳井ぃ~」
「ん? なに、久我山さん?」
「柳井って、アレ上手いの?」
「ちょっと! 恵里奈!」
「あれ? あれって……ああ、アレ?」
「そう。アレ」
「答えなくていいから! というか、答えちゃ駄目!」
「そうだなぁ。そんなに経験豊富ってわけじゃないから何とも言えないけど、紗和は満足してくれてるよね?」
「や~だ~! 柳井ってば赤裸々~!」
「答えちゃ駄目って言ったのに!」
教室中がやんやと騒ぎ立てている。恥ずかしいというより、そういう目で律を見られていると思うと腹立たしい!
「赤裸々かな? 俺だいぶ上手くなったよね、紗和? 肩揉み」
「赤裸々でしょ、肩揉み――は? 肩揉み?」
「うん。肩揉み」
「「「「「……………はああああああ!?」」」」」
教室中が、先程とは違う意味でざわついた。
ああ、そういう意味ね。よかった。もちろん律の肩揉みは天下一品よ!
「ええ! 頑固な肩凝りも即解消の、プロ顔負けな施術だと思うわ」
「でしょ? 紗和の凝りを解すのは、俺の役目だからね」
「ね~」
「ちょっと! アレって言ったらアレしかないでしょうが!」
「恵里奈うるさい。それってセクハラよ。律お待たせ! さ、帰りましょう」
ざわめきを振り払うように律の手を引いて、教室を後にしたのだった。
◇◇◇
「何であんな話になったの?」
線香花火をしながら、律がからかうように訊いてくる。
今夜は互いの親が出掛けていて留守なので、律のおうちにお泊まりだ。どうせ明日は休みだし、うちの親も律のことを信頼しているから、私が自宅に一人でいるよりずっと安心だと言っている。
互いの親公認なので、お泊まりも快諾してくれる。きっと律の人為が良いからよね。わかるわ。
「今まで一度も長続きしなかった私が、珍しく長続きしていることが気になってるみたい」
「ああ、だからあんな話を振ってきたと」
「これからも答えないでね」
「嫌?」
「嫌よ。何で他の女に教えてあげなきゃいけないのよ」
「俺は紗和だけのものだもんね」
「そう。私だけ知ってればいいの。律も他の女がどうかなんて知らなくていいんだからね」
「勿論。俺には紗和だけでいい。他なんて必要ないよ」
線香花火のオレンジ色に片側を染めた律が、まるで誘うようにおっとりと微笑んだ。
なかなか積極的に手を出してくれる人じゃないけど、触れてほしいと明確に意思表示すれば、それを無下にする人でもない。
つつつ、と線香花火を持つ右手の甲を艶かしく撫でてみた。途端、律の手がぴくりと反応する。
中指を指の股に這わせ、差し込んだ指をそっと擦り上げる。ちらりと様子を窺えば、律の色っぽい喉仏がこくりと動いた。
散り菊が落下した瞬間、地面へ放り投げた律の手が私の項をとらえた。
ぴったりと合わさる唇の熱は、そのまま律の情欲なのだと嬉しくなる。
とても穏やかで、春の陽だまりのような柔らかな人だけれど。
この時ばかりは、日向ぼっこして微睡む猫も獰猛になるのだと、私だけが知っていればいい。
―――――了。