ある男の悪あがき
「さて、それじゃそろそろ色々諦めてもらうぞ」
長谷川がゆっくりと歩みを進めると、すぐ横を幹隆も歩き出す。
「色々ひどい目に遭わされたからな。覚悟してもらぐべっ!」
真後ろからの衝撃に幹隆が倒れる。
「ミキくん!」
「なっ!」
「誰だ?!」
「お前!」
一瞬で飛び込んで幹隆の後頭部に斬りかかり、後頭部を踏みつけた稲垣(偽)がゆっくりと振り返る。着ているものはズタボロの上、全身汚れてひどい姿だが、その瞳は獲物を狙う肉食獣のそれに似た輝きで長谷川たちを睨み付ける。
「ケッ……なんか騒がしいから来てみたら、懐かしい顔がいるじゃねえか」
そう言って倒れたままの幹隆の後頭部をダン!とさらに踏みつけると、バキッと音がして頭がそのまま床にめり込んだ。
「とりあえずコイツには色々やられたからな。首から下が残ってりゃ充分。後で色々楽しませてもらうぜ。死んでても構わねえ。んで、そっちの連中は俺が片付ける……ッと、女は楽しませてもらおうかな。さすがの俺も死んだ相手ばかりじゃつまらねえし」
ニヤリ、と稲垣(偽)が一行を見遣る。
「お前……剣聖とか言う奴か」
「そう言うアンタは俺たちの前に召喚された候補か。勝手に逃げたくせに舞い戻ってクーデターとか、馬鹿じゃねえの?」
「んー、イヤ、馬鹿とかそう言う以前の問題なんだが」
「……俺に勝てると思ってんのか?」
「え?」
「戻ってきたばかりでちと疲れてるが、レクサムダンジョン二十層クリアしてきたぜ?」
「え?」
「マジで?」
稲垣健太(偽物)
剣聖(剣聖の心得発動中) レベル63 (43220/63000)
HP 788/1388
MP 541/799
STR 40(+100)
INT 10
AGI 25(+100)
DEX 23
VIT 24(+100)
LUC 8
それでこのボロボロの格好なのかと一同が納得。
「二十層到達だと?!」
「さすがだ!」
「勇者にふさわしい!」
「勇者様!そいつらを叩きのめして下され!」
王や貴族たちが二十層クリアと聞いて色めき立つ。
「そう言うわけで、命の惜しい奴うおぁっ!」
いきなり足元をすくわれてひっくり返る稲垣(偽)。
「痛ってぇなもう……人の頭に足乗せたまま喋るんじゃねえよ……ったく」
「テメエ!」
「ミキくん!大丈夫なの?」
「ん?平気平気。つーか、前傾姿勢の時に後ろから頭殴られたら倒れるだろ?」
そりゃそうだけど無傷で起き上がるのかよ、と誰もが心の中で突っ込みを入れていた。
「ちょっとびっくりして硬直しちゃってたけどな」
「な、なかなか頑丈じゃねえか!後の楽しみが増えたぜ!」
「うるせえからでけえ声出すな!少しはまともなこと話すかと思って期待してたら相変わらずのクズじゃねえか!」
起き上がった二人が近距離で対峙する。
「テメエのせいで俺は!」
「自業自得だろ」
「うるせえ!弱肉強食はこの世界の仕組みだろ!」
「だからと言って、やって良いことと悪いことがあるだろが!」
「良い悪いは強者である俺が決める!」
「イヤ、お前の方が絶対弱いんだが」
「試してみるか?」
そう言って、稲垣(偽)が剣を構えるが、幹隆が掌を突き出して少し動きを制する。
「あー、ちょっと待て」
「あ?」
「一つ聞きたいんだが、いいか?」
「特別サービスで答えてやっても良いぜ?どうせお前はここで俺に殺されるんだし」
「お前……名前は?」
「は?」
「稲垣健太って偽名だろ?本人があっちにいるし」
「ぐ……」
「で?」
「特別に教えてやるぜ。竹本……竹本一規だ」
「って、竹本かよ!お前色々変わりすぎ!」
確か一年の時に同じクラスだったが、ぼっちだったと記憶している。
幹隆は体の不自由さであえて周囲と距離を取っていたが、竹本は……いや、触れないでおこう。
「うるせえ!」
「それに……俺、男だぞ?」
「関係ねえ!」
「俺はイヤなんだけどな」
真っ直ぐ飛びかかってきたので、剣を受け止めて握りつぶし、そのまま……蹴り上げると、ドン!と天井に大の字にめり込む。そして、少し間を置いてドサリと落ちてきた。そのあとは白目をむいたままでピクリとも動かない。
文字通りの秒殺であった。
「聞こえてるかどうかわからんけど、謝っとく」
不自然な程、腰の引けた姿勢で、「スマン」と右手を顔の前に。
「今の……竿が潰れて……その……逝ったな……前回は玉と、折れただけだったと思うけど」
「「「ひぃぃっ!!」」」
室内の男性陣が悲鳴と共に内股になり股間を両手で覆う。
「イヤ、その……体の角度的に……なあ……」
治癒魔法とかで治るんだろうか?治す必要性は感じないが。
「さて国王、ご決断いただこう。まだ抵抗するか、降伏するか」
「ぐぬぬ……」
おっさんのぐぬぬ顔ってどこにも需要無いぞ。
「何故殺さない?」
「俺たち、人殺しが趣味じゃ無いからな」
「だが!」
「確かに、生かしておいたら後々逆らって刃向かってくる可能性はある。だが、そのくらいは考慮済みだ」
「ふ……甘いな」
「ああ、大甘だ。だが、元の世界じゃそれが普通だったんだ」
「その甘さが命取りになるとだけ言っておこう」
「ご忠告痛み入る。だが、お前らの思惑通りには行かないぜ?」
まだ彼らは望みを捨てていない。これだけの人数を拘束しようというのだ。そこそこ腕が立つと言っても隙は出来るだろう、と。
「地下牢に運べば良いんだな?」
「ああ。場所は……案内する」
「わかった。では……」
ヴィルが持ってきたロープをドサリと床に落とす。
「拘束」
その一言でロープがヘビのように動き、全員を順に縛り上げていく。
「何!」
「これは!」
隙を突いて逃げることなど出来なかった。まして、そのあとも。
「俺の扱い、何か酷くね?」
「この中で一番力があるからな」
ズリズリと幹隆が全員を引きずっていく。何人か足を突っ張って抵抗しようとしていたが、勿論無駄な努力である。
なお、まだ残っていた騎士たちや使用人たちも為す術無く捕らえられ、地下牢送りとなった。勇者召喚の詳細を知らない者も多いので後で解放する予定だが、今は邪魔になるだけだ。
「ほう、これが……ね」
勇者召喚に使った魔法陣を前にラルフたちが顔をしかめる。
「書き写しだけでも吐き気がするほどの禍々しさがあったが、実物は一段とひどいな」
「全くだな」
そう言いながら三人が魔法陣を点検していく。
「どうだ?」
「ん、婿殿か。大丈夫、あのエドガーとか言う魔術師、実に精密に書き写してくれたな。予定通りに書き換え可能だ」
「そうか、なら頼む。それと」
「ん?」
「婿じゃねえし」
「さて、俺たちは、と」
「こちらが貴族のリストです」
ティアが机の上にドンと紙束をのせる。
「こいつらの中から関係者をピックアップ……って出来るか!」
長谷川が叫ぶ。元の世界に還るためのエネルギー源は城にいた王族貴族だけでは到底足りないので、領地に帰っている貴族から召喚に関わった者を「緊急」として呼びつけようと考えたのだが、ぱっと見で見分けが付かない。
「大丈夫です」
「え?」
「心強い味方を呼んであります」
「味方?」
「長谷川様と合流した直後に冒険者ギルド経由で連絡を入れておきました」
「誰を?」
「ですから、心強い味方です」
そう言って、窓のそばへ向かう。
「一つよろしいですか?」
「え?」
「心強い味方を呼んだ褒美として……」
「褒美?」
何を要求されるのかと、ゴクリと唾を飲み込む。
まさか……あんなことやそんなことや……
「味方……私の家族をゴンドラで運んできたあのワイバーンが、幹隆さんに討伐されそうなので、止めていただけませんか?」
「うわあ!」
慌てて窓から飛び出すと、ちょうど中庭にゴンドラを吊り下げたワイバーンが到着しようとしたところに幹隆が棍を振りかぶって襲いかかるところだった。
「村田君待て!ストップ!止まれ!ハウス!」
「なんか今酷い事言いませんでした?!」