魔法陣解析終了
「さて、では戻ろう」
長谷川が代表して魔力を送り込むと、一瞬で視界が切り替わった。
「ここは?」
「俺たちが戻ったときもここだったな」
「そうそう。で、そこを出てすぐにティアさんに会ったんだよ」
「そうですね。二人とも汚い格好で、危うく魔物と間違えて攻撃するところでした」
「あははは……」
ほぼ休み無しで丸一日ダンジョンを進んできたので、さすがに全員疲れてきているが、すさまじいレベルアップでテンションが上がっているので、足取りは軽い。
「さっさと出て休もうぜ」
長谷川の先導でダンジョンを進み、入ってきたときの隠し通路から外へ。
「ただいま~」
「戻ってきました」
「疲れた~」
ラルフの家に着くとさすがにバタバタと倒れたり、座り込んだり。
「あら、お帰り」
ステラが奥から出迎える。
「んー、何だかよくわからないけど、すごく強くなったんじゃない?」
「あ、わかる?」
「何となくね」
ステータスなど見えなくてもわかる者にはわかると言うことだ。
「ふふふ、今ならオーガキングだって倒せるわ!」
「あらそう?それじゃ、来月の遠征はお願いしようかしら」
「来月?遠征?」
「ええ、南の方でオーガキングが誕生したらしくて、来月にでも討伐にって話があるのよ」
人里離れた森の奥の方なので、エルフが独自に動いているらしい。
「へ、へえ……」
「配下が数千いるらしいけど、リディに任せちゃおうかしら」
「無理無理!無理だってば!」
「あら?ユージも一緒に行くなら大丈夫なんじゃないの?」
「あ、それなら」
「俺をさも当然のように巻き込むなよ」
「巻き込んでないわよ?」
「え?」
「私が行くんならユージも一緒に行くのは当たり前でしょ?」
「その前提がおかしい件」
「おかしいかなぁ?」
「おかしくないわよねぇ?」
「だいたい俺が行ってどうなるってモンでもないでしょ?!」
「あら、そんなことないわよ?」
「え?」
「私と一緒に空から攻撃。オーガ連中、空を飛ぶ相手を攻撃する手段が乏しいから撃ち放題よ?」
「それ、何て爆撃機?!」
そんな親子と一匹のやりとりを人間たちは不思議そうに見つめる。
「ユージ、エルフって……皆こんな感じなのか?」
「まあね」
「へえ、意外だな」
「もっと堅物ばかりかと思ったんだけど」
「俺も最初はそう思ってたけどな。実際に村に行くともっとすごいぞ」
「どんな風にすごいんだ?」
「耳とか顔の造形はエルフなのに、その他は完全に大阪のおばちゃん」
「マジか!」
「うわあ、見たいけど見たくない!」
「だよなぁ。俺も最初はそんな感じだったよ。ファンタジーって、作り話だから楽しめるんだなって思った」
「現実は非情だな」
「ああ」
「でもさ」
「ん?」
「リディって……美人だよな?」
「それはまあ……認める。中身はアレだけど」
「いやいや」
「残念なエルフって、ジャンルとしては確立してるし」
「一定のファンもいるぞ」
「それはそうかも知れないが」
当事者になると結構キツいんだよ。
「さて、いよいよ階層ボスか」
念のために装備を確認。
いくら剣聖という才能で能力が底上げされていると言っても、戦闘中に防具の留め金が外れたりなんかしたらさすがに危ない。だが、さすがにここまでの戦闘でかなりガタが来ている。あと数回攻撃を受け止めたら割れるか外れるか、と言う箇所があちこちにある。これでも王国で手に入る中では上等な方らしいから、先が思いやられる。
続いて、剣聖の心得スキルを発動。一時的にステータスを大きく上昇させるスキルで、数字だけで見るとレベルが二百くらい上がったような錯覚に陥る、文字通りのチートスキルだ。
「よし、行くぜ!」
階層ボス部屋特有の大きな扉に手をかけると、ゴゴゴ、と重い響きを立てて開いていく。
「ん?」
おかしい。中に入って確認するが、何もいない。
どうなってるんだ?ボス部屋のハズだが、なぜ空っぽなんだ?
ここまでの間、階層ボスがいなかったボス部屋は無い。と言うことは?
「ここはボス部屋ではない?」
あり得ない。全てをマッピングしたわけでは無いが、この階層には他にボス部屋らしきものは無かった。
「この俺に恐れをなして逃げ出した?」
あり得る……わけはないか。いくら俺が強いと言っても、それを理由に階層ボスが逃げ出すなんてことは無いはず。そもそも階層ボスはこのボス部屋から出られないのだから。
「十五階層が特別な階層?」
例えば、すぐ次にこのダンジョン全体の最終ボス的な魔物がいるとか?この世界のダンジョンはここ以外を知らないから、よくわからないが。
「……考えたところで答えは出ないな」
仕方が無いのでそのまま反対側の出口へ進み、長い階段を下りていく。
「出たところは今までのボス部屋とそれほど違わないな。下も普通の階層のようだが……」
ラスボス部屋が有るかと思ったが違うようだ。
そして降りたところにある、帰還用魔法陣。これも五層や十層のボス部屋の先と同じだ。
背嚢を下ろし、中身を確認する。途中で引き返した連中が投げつけてきた保存食を入れておいたが、さすがにそろそろ厳しい。
「帰るか」
一度戻り、仲間を集めてもう一度潜ろう。
「俺の実力ならこの先も一人で余裕だが、荷物持ちは必要だからな」
今回、途中で逃げ帰った連中にどんな仕置きをしてやろうかと考えながら魔法陣に乗る。男はフルボッコ、女は言わずもがな。あの騒動の結果……潰れて色々アレな感じだが、一応使えるまでには回復できたので、精神的な充足感は得られる。もっとも、あの女をぶちのめすまでイライラが収まるとは思えないが。
「転移開始」
魔力を注ぎ込んだ直後、一瞬の浮遊感と落下。
「は?」
テレビのバラエティ番組で、芸人たちが罰ゲームと称してバンジージャンプさせられ、ビビりまくっているのを笑えない状況になっていた。
「で、魔法陣の解析はどんな感じ?」
「ああ、そうね。さっきやっと終わったの。待ってて。呼んでくるから」
ステラが奥の部屋に行く……が、一人で戻ってきた。
「ちょっと二人とも議論が白熱しちゃってるから、ちょっと後にしましょ」
盛り上がっちゃってるらしい。
ステラが手早く「あり合わせだけど」と用意してくれた夕食を食べ終えた頃、二人が出てきた。二人とも語り尽くした、というようなすっきりした表情だ。
「あら、ご満悦な感じかしら?」
「実に有意義だった」
「だがまだ語り足りないな」
「これが片付いたらじっくりと話そう」
「当然だ」
ワハハハと肩をたたき合う。すっかり意気投合しているようで何よりだ。
「さてと、俺たちの魔法談義はまたの機会として、あの魔法陣についてわかったことを話そう」
黒板とチョークを引っ張り出してきて「こちらの世界」「異世界」と書く。
「この『異世界』は君たちの元いた世界のことだぞ」
念のための注釈を付ける。
「さてと。ヴィルの協力は非常にありがたく、その魔法に関する知識はこの俺、ひいてはエルフを凌駕している分野も多かった。そのおかげで解析できたと言っても過言では無い」
そう言うと長谷川に一礼する。
「この魔法陣の解析に多大な貢献をしてくれた協力者で有り、魔法についての友人となったヴィルを連れてきてくれたこと、感謝する」
「それほどでも」
「さて、前置きはこのくらいにして、この魔法陣で何が起こるのか、順番に説明しよう」