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針と狐

 早いもので、あれから十年が経っていた。

 ユージは相変わらずリディと共に行動している。が、もちろん結婚したわけでは無い。


「移動の足としては本当に優秀なんだよな」


 思っても念話に乗せないようにするのは、少しばかり気を遣う。

 一方のリディはと言うと……長命なエルフはプロポーズの返事をするのに十年や二十年かけることはよくあることらしく、全く気にする様子も無く、ユージと共に大陸を飛び回っている。


「今回のオーガの群れは結構大きかったな」

「そうね。あんまり被害が出ないうちに片付いてよかったわ」

「ああ」


 エルフの集落付近で厄介な規模の魔物が発生すると、このように派遣されて討伐する。ついでにあちこち観光して回るのだが、最近はリディの飛行速度も上昇していて大陸の端から端まで移動するのに十日もかからなくなってきているので、旅行気分はあまり味わえない。

 まあ、日本にいたら絶対に味わえない、飛行機のように周りを囲まれているわけでも無いのに音速に近い速度で千メートル以上の高度を飛行というのは寿命が縮む思いだが。


「俺の寿命ってどうなるんだ?」


 少し前に、ラルフに聞いてみたが


「魔物だからなぁ……俺の知る限りでは数十年は確実だ」


 と言うことらしいので、今のところは気にしないことにしている。体調もいいし、体力が落ちてきていると言うことも無い。

 せいぜい気をつけるのは寝ている間に刺身や姿焼きにされないかという事くらいだが、これも「リディの婿を食うな」ということでなんとかなっている。婿じゃ無いけど。

 ついでに大陸の外はどうなっているのかと聞いてみたが、知らないという。この大陸だけでも相当な広さが有るので、もしかしたら海の向こうにあるのはこの大陸の反対側の岸、と言うオチかも知れない。




 そして、こっちに残った八人だが、他の連中の帰還後半年ほどして無事に子供が生まれた。普通の人間と勝手が違う子育ては色々苦労したようだが、その後も順調に増えて(・・・・・・)、今では子供の数も十四人。お前ら頑張りすぎ。

 ちなみに冒険者としてもかなり有名になってきている。まあ、召喚されたときに色々とスキルとか付いてる上に、幹隆チートのレベルアップだから、そこらの冒険者とは文字通りレベルが違うのは当然か。だが、「子供優先」というスタンスを全員が貫いているために、余程のことが無い限りは指名して依頼をしても受けてもらえないという、気難しい頑固職人のような位置づけだ。


 そして、彼ら四組の家族はそれぞれ別の国で暮らしていて、ほとんど連絡を取り合うこともしていない。元の世界と決別した以上、互いに関わりを薄くしよう、と決めた結果とのことでユージも何も言わないことにした。本当に困ったら何か連絡してくるだろうが、ハリネズミに頼る一流冒険者というのもどうかと思う。

 一応、年に数回、彼らの住む街の冒険者ギルドでそれとなく情報を聞く程度にしているが、ご近所でも評判の仲のいい冒険者夫婦で通っているようだ。あと何年かしたら子供たちも冒険者登録して、冒険者一家として活動するんだろうか?ま、その辺は彼らが決めることでユージがどうこう言える物ではない。


 そんなふうに考えながら、リディと共に大陸じゅうを飛び回り、他にノエルのように転移してきた者がいないか探しているが、今のところ見つかっていない。

 転移者自体がいないのか、ひっそり暮らしているのか、既に死んでしまっているのかは定かでは無いが、腐り神が生まれていないのならそれでいいかとも思っている。


 ヴィルは先日、任期満了で魔王(笑)の座を退いた。だが、その任期の間に人間の国のいくつかと国交を正式に結ぶという偉業を成し遂げた。地理的に頻繁な行き来は難しいかと思ったが、ラルフが調子に乗って、魔道高速飛行船なる物を開発。まだ試験運用の域を出ないらしいが、近々定期船として運用開始されるとのこと。この大陸もまた少し変わっていくのだろう。


 あえて生かして残されたレクサムの王たちは、一旦アントに移送され、色々あって各国を転々としている。単に首をはねるなら簡単だが、彼らによって何が引き起こされたのか、現実を直視させようと、生贄を集めるために村人の大半が(さら)われた村に連れて行かれたりしているという。年齢的にもそろそろ厳しいらしいが、俺としては再び勇者召喚なんて事が行われなければそれでいい。




「ユージ、それ食べたらすぐ出発よ」

「おう」


 コリコリとすっかりその味に慣れたヘジの実を噛み砕き、独特の味を少し楽しんでから飲み込む。


「よし、行こうか」

「うん!」


 正直なところ、読みかけだった漫画の結末とか、気になることが無いと言えば嘘になる。だが、こっちでの暮らしは魔物との戦いというスリルと、美少女エルフ――中身は気にしない――との暮らしという夢のような生活。

 俺はこれからもこの空の下で生きていく。

 いつかあの世でノエルに「俺はこんな一生を送ってやったぜ」と自慢してやるために。




 異世界から戻ってきてすぐの頃は、何かと「特別な経験をした仲間意識」なんてのもあって、高校を卒業してもそれなりに連絡を取り合っていたが、十年も経つとさすがに疎遠になる。

 年賀状も枚数が減り、結婚したとかしないとかいった近況は近所のオバチャン情報の方が早くて正確になってきた頃、長谷川からの手紙が届いた。




「今時メッセージでも無くメールでも無く、手紙か」


 ただ単に、メッセージのIDを知らず、メールアドレスもコロコロ変わるので確実に届けるために郵便にしただけのようだが、それだって引っ越ししてしまっていたら届かなかっただろう。そう言う意味では届かなくてもいい、と言う程度の内容だろうか。


「何だろうね」


 茜と共に封を切って、読んだ。




 内容は、この手紙を投函する数日前、竹本が亡くなったという(しら)せだった。

 こっちに戻ってきたとき、ハリネズミになっていた竹本だが、人間に戻す方法など有るわけも無く、長谷川が引き取って一緒に暮らしていた。

 一応意思の疎通は取れるのだが、さすがに五十音表をつかっての会話はなかなか面倒で、ほとんどのやりとりを「はい」「いいえ」か「A」「B」の二択で済ませていたが、それでも普通にペットを飼うよりも楽だったのは確かだ。

 長谷川も仕事があるので、日中は家を留守にすることが多いが、竹本はテレビのリモコンを操作して好きに過ごしていたらしく、それなりに暮らしていたのだが、二週間ほど前から急に体調を崩し、食事をほとんど摂らなくなり、数日前の朝、眠るように息を引き取ったという。


「そうか……」


 異世界で好き勝手をしていて、正直なところ置いてきてもよかったとさえ思っていたが、ハリネズミの姿で、そこそこ長く生きて死んだと聞くと、少しだけ感慨深いものがある。


「アイツのしたことは……謝っても(ゆる)されることでは無いだろうけど、こっちに来てからのことで、少しは反省したのかな」

「そうかな……私は襲われてないから何とも言えないけど」

「ま、俺も未遂で終わらせたけどな」


 呟いて紙を折りたたみ、封筒にしまう。

 そうだな、今度の休みに墓参りに行こうか。墓は、俺たちが異世界に召喚されたあの高速道路を見下ろす高台にあるらしい。


「ミキくん、時間!」

「やべ!」


 慌ててジャケットを掴み玄関へ向かう。

 異世界から還ってきてちょうど十年。


「同窓会でもしようか」


 と言うことになって、久々に集まることになった。




「ところでミキくん」


 走りながら茜が問う。


「いつになったら私にプロポーズするのかな?」

「しないよ」

「何でっ?!」

「する理由が無いだろ……」

「ぶう。そう言うこと言うなら」

「言うなら?」

「婚姻届、全部書いておいたから後は出すだけ」

「念のために不受理の申し出しておいて正解だったな」

「ひどっ」


 駅までのやりとり、平凡な日常。それがたまらなく愛おしい。


「俺たちの人生はこれからだ!」

色々とメチャクチャな展開をさせたお話もこれでおしまいです。

拙い文章ですが、最後までお読みいただきありがとうございました。

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