目指すもの(けもの)
「みんなー、今日はありがとーっ!」
うおおおおお!
スピーカーから軽快なメロディが流れ始め、ステージの上の五人がヘッドセットのマイクを降ろして歌い始める。曲は勿論、彼女たちのデビュー曲だ。
対して観光資源も無く、不景気が続いたことで企業の撤退が進んだことで経済的にも縮小傾向にあったこの市にとって、異世界に行って還ってきた高校生がいる、というのは渡りに船だった。市の観光課――と言っても、比高二百メートル程度の山のハイキングコースくらいしか観光の目玉が無い閑職――の職員が本人と保護者を熱心に説得し、どうにか実現したのが高校卒業までの期間限定ご当地アイドル、「e世界ガールズ」だ。
「ネーミングセンスとかそう言うのは無いのか」
「そこなのよねぇ……なんかいい名前、無い?」
「俺に振るなよ」
幹隆の突っ込みももっともだが、それで諦める茜たちメンバーも大概だ。
構成するメンバーは茜の他、日野、越智、清水に、米山も参加。キャッチコピーは「歌って還れる癒やしのアイドル」。もはや意味不明を通り越しているのだが、そうそうたるメンバー故に誰も突っ込めない。どこにガチのドワーフや獣人のいるアイドルグループがいるというのだ。
しかも彼女らのパフォーマンスは、他の誰もマネが出来ないトンデモレベル。茜と越智がセットの壁や柱を自由自在に飛び回り、随所で清水の振り回す棒――鋼鉄製で重量七十キロ有るらしい――と刃物――勿論本物で、パフォーマンスの前後で大根を切り落として見せたりしている――をぶつけ合いながらの殺陣。しかもその間中、日野と米山が歌に合わせて治癒魔法を振りまいているので恐怖心が和らぐどころか、観客の病気やケガが治っていくという不可思議の詰め合わせイベントだ。
当初、市の担当は幹隆の加入を熱望していたが、本人が拒否したため、「いずれまた、気が変わりましたら」となっていたが、ここに幹隆が参加していたらどうなっていたか……
なお、パフォーマンスがあまりにも非常識なので、彼女たちのことは市の公報にも載らないし、ネット配信などもされていない。地元のケーブルテレビがこうしたイベントの時に少し放送するだけというアングラ感あふれるアイドルグループになっているのだが、このご時世、じわじわと話題になり、少しずつだが観客の数も増えている。観光課としては結果オーライらしい。
「お疲れ様でした~」
「お疲れ様~」
メンバー全員が私服に着替え、挨拶しながら会場をあとにする。かなりコアなアイドルグループのため、担当からは「行き帰りが心配だから送迎を」という話があったが、一番体力の無い日野と米山でさえ、フルマラソンの距離を一時間で走破するような彼女らに一体誰が手出し出来るのか。それに、
「よ、お疲れ」
「ミキくん、迎えに来てくれたんだ」
「ち、違うよ、たまたま近くに来ただけで」
「えー、怪しいなぁ」
そんな彼女らが束になっても敵わない者がこうして追加されることもある。
「あーあ、なんか見せつけられてる」
「ホント、やんなっちゃうねぇ」
「絶対、陰の六人目とか言われてそう」
「うんうん」
「あのなぁ……」
幹隆が参加しなかった一番の理由は……アイドルっぽいひらひらの衣装を着ることがイヤだったのではない。
「ミキくん、あんなに音痴だと思わなかったよ」
「言わないでくれ!」
ちなみに、三十秒だけ幹隆が歌っている映像を「狐耳美少女が歌ってみた」と動画サイトに投稿してみたら、ついたコメントが「ジャ○アンの方が美声」だった。撮影した茜も結構キツかったらしい。
「じゃーなー」
「またねー」
それぞれが家路につき、茜と幹隆が並んで歩く。絵面だけで見ると美少女二人の仲睦まじい姿だ。
「ミキくん、あの話、受けるの?」
「うーん……一応な」
「危なくない?……って心配するだけ無駄かな」
「……反論する余地もございません」
「まあ、ミキくんだからね……」
本来、受験で忙しいはずの彼らだが、e世界ガールズの面々はだいたい勉強が出来るし、茜も何だかんだで地元の大学の推薦が内定している。幹隆もどうしようかと思っていたら、とある仕事に就かないかと話が持ちかけられて悩んでいる状況だった。
「一応、この大学を卒業してくれって指定があってさ……結構偏差値が高い」
「大丈夫?」
「ま、頑張るよ」
先進国の首脳の一言は時に世界情勢を動かす。それがアメリカの大統領なら尚更。
新しく就任したジェームズ大統領の示した方針は一部の地域、国家、宗教の猛反発を買い、各地で要人を狙った暗殺事件が多発。日本はその方針に賛同はしていないものの、日米同盟は両国にとって重要で、日米首脳会談は常に世界の注目するところとなっている。
今回、日本で開催されることになり、この世界情勢は警視庁警備部、いわゆるSPの頭を悩ませていた。
「仕方ない、彼を投入しよう」
「いいんですか?ろくに訓練も終えていない、新人ですよ?」
「他にいい案を考えている時間が惜しい。そんな時間があるなら、彼をどこに配置するか考えた方がいいくらいにな」
日本への入国では――他の国も同様だが――様々な検査を受けなければならない。が、日本は周囲を海に囲まれており、成功率の低さに目をつむれば、夜の闇に乗じてどこかの岸に小舟で乗り付ける、と言う無茶も出来るため、どこからどんな物を持ち込んで来るかわかった物ではない。特にこんな情勢では。
「ミスタータカダ!お会い出来て光栄です!」
「ミスタージェームズ!ようこそ日本へ!」
大統領専用機から降りてきた大統領夫妻を日本の高田首相夫妻が出迎える。歓迎ムード一色だが、周囲の警護担当は周囲の確認に余念が無い。
「どうぞこちらへ」
その襲撃者たちは、アメリカ大統領が強硬な姿勢を見せた宗教の狂信者だった。アメリカが憎い。だが、アメリカの大統領を直接害するよりも同盟国たる日本の首相を害する方が今の状況下ではアメリカに与えるダメージが大きい。彼らの指導者はそう結論づけ、訓練された数名を日本に送り込み、入念に下調べを行い、この日のために準備をしてきた。そしてその中の一人が、空港の整備員になりすまし、高田までの最短距離を駆けた。
「食らえ!……え?」
突き出した刃渡り三十センチはある特大ナイフは瞬きの間に目の前に現れた小柄なコートの人物が無造作に左手で握り込んだ。素手で。
「く……このっ……!」
慌ててナイフを動かすがびくともしない。と言うか、普通ナイフをこうやって握って、血も滲まないってどういうことだ?そう思った矢先、
「排除します」
潜入するために覚えていたため、その日本語の意味は理解出来た。
が、握られたナイフの刃が砕け散るというのは、理解の限度を超えていた。
「クソッ!」
ナイフを放し、すぐに銃を構える。この間わずかに三秒ほど。まだ、高田首相夫妻への射線は通る。
パン!パン!
コートの人物が立ち塞がるがお構いなしに上下左右に全弾撃つ。コイツを倒せば問題は無いし、この大口径の銃なら貫通して当たるかも知れない。
「ってぇ……やっぱ、全部指でつまむとか、無理だったわ」
「は?」
「あんまり暴れるなよ?」
「え?」
視界が反転し、押さえ込まれたと思ったらゴキリ、と両肩の関節が外された。その激痛よりも、どうして銃で撃たれたコイツはなんともないのか。そう思っていたら口に布を押し込まれ、手錠をはめられた。
「村田、大丈夫か?」
「すみません、コートに焼け焦げの穴が」
「そうじゃなくて……って、それで済んでるのかよ」
「それだけじゃ無いですよ。ほらここ、銃弾って熱いんですよ!ほら、摘まんでた指先が赤く「普通の人間は銃弾を摘まめないって言ってんだよ!」
「だから、全部は無理でした。おでこ、赤くなってません?」
「四十五口径で頭撃たれて平気なお前より、撃ったコイツが可哀想になってきたよ」
日本のSPは一部の例外を除き、体格や身なりなどが厳格に定められている。そんな中で、幹隆は、百五十に満たないちんちくりんな体格、どんなときでもあまり整えていない髪型――狐耳を隠すためだ――に、コート――尻尾を隠すため――という姿で、重要人物の近くに立つ、とてもSPに見えないSPだった。
英会話もロクに出来ず、格闘術も射撃も新人警察官以下。礼儀作法を始めとする人間性は日本国民の平均レベルという彼がSPとして採用されたとき、当然古参のSPは猛反発した。時に命をかける仲間がこれでは、という当然の反応だ。が、当時の警視総監の一言で片付いた。
「誰でもいい。彼に勝てたら不採用だ」
こうして、刃物を素手で握りつぶし、銃弾を目で追いながら指で摘まんで捨て、突っ込んできた自動車のボンネットが粉砕され、軍用ヘリを野球のボールで撃墜し、離陸直前の飛行機に走って追いつける、世界最強のSPが誕生した。ただし、その性能が高すぎるので、他のSPの質の低下を防ぐため、余程のことが無い限り自宅待機または施設での訓練が命じられるという少し悲しい現実も待っていた。しかも、警視庁所属でありながら、都内に住んでいなくてもいいという特例付き。
「君が世話になっている伯父さんの家から警視庁まで、出来るだけ周囲に影響を与えないように移動したら、どのくらいで到着出来る?」
そう言われて走ってみたら、二十分かからなかったので、住民票を移すこと無く、そのまま暮らしている。なお、このとき、出来るだけ道路を破壊しないようにするにはどうしたらよいかと考えた結果、海を走ってみたら普通に走れた。
「右足が沈む前に左足を出し、左足が沈む前に……って、そんなの出来るのミキくんだけだよね?!」
「茜……多分お前も出来ると思う」
そんなやりとりを思い出しながら、基本的に鳴ることの無い携帯を見つめてぼやく。
「就職早々に窓際族……」
働いているという実感が得られないのは少し可哀想ではある。
なお、拳銃などを持っていても全く意味が無い――そこらの小石を投げた方が余程威力があるからだ――と言うことで、自室にあるのは出動するときに身につけるスーツとコート――共に支給品である――に身分証くらい。ご近所にも説明しづらい生活だ。




