目指すもの(にんげん)
「頼む!」
相手チームの二人に囲まれたところから送られてきたパスを受け取るとすぐに数歩下がる。慌ててこちらを追ってくるが、もう手遅れ。グッと膝を曲げてからジャンプして放ったボールは狙い通りゴールに吸い込まれていった。
「うおおお!」
「すげええ!」
「今ので何回目だ?!」
「三回目だ、三回目!」
毎年恒例、クラス対抗の球技大会。今までは見ているだけしか出来なかったが、高校最後の今年、バスケで参加していた幹隆は、バスケ部員でも無いのに三ポイント連発という、攻撃の要として活躍していた。
体が以前のように動くようになったが、三年生になってから部活動というのもなかなか厳しいので、近所の公園――ぶっちゃけ誰も使っていない寂れた感じがある公園だった――に設置されているバスケのゴールを使って何となく練習をしていたのだが、その成果が発揮されていた。
「クソッ異世界帰りってこんなに強いのか?!」
「いや、関係ないし」
相手チームにバスケ部員が二人いるのだが、あらかじめマークを強めにするように作戦を立てておいたので幹隆はほぼフリーでパスを受け取り、シュートうち放題。幹隆が中学時代バスケをやっていたことを知っているのはほとんどいないし、高校に入ってからは体を全く動かしていなかったので、球技大会に参加と言っても数あわせだろうと思われていたところからの活躍。慌てて幹隆をマークするように切り替えようとしても、学校イベントの悲しさ、試合時間が短いために、立て直しは難しい。そして、他のクラスの様子を偵察するような事もないので、幹隆対策を立てるクラスは無く、準優勝で球技大会を終えた。ちなみに優勝したクラスはバスケ部キャプテン参加。さすがにこれは勝てなかったが、バスケ部に入っていて欲しかったと残念がられた。無理な相談だが。
「やったね!ミキくん大活や……ぶべっ」
茜が飛びついてきたので、手のひらを突き出したらそのまま衝突した。向こうが勝手にぶつかってきたので俺は悪くない、と幹隆は理論武装して「まーな」と生返事をしておいた。異世界から戻って半年。元通りの生活を送れるようになった者もいる一方で、未だに色々と引きずっている者も多い。特に目の前で友人が魔物に殺されたのを見てしまった者なんかは、不登校のまま。こればかりは時間が解決するのを待つしか無いのだろうか。
「村田くんにはこれなんかいいんじゃないかと思ってね」
「異世界カウンセラー?」
「ええ。政府主導の……私の見立てだと、これが出来そうなのは、村田くんとあと何人か、いるかどうかって感じかな。でも、現時点で進路希望が固まっていないのは村田くんだけだし、どうかなと思って」
高校三年ともなれば、進路を決める時期でもある。かなり出遅れているとも言えるが。そんな中で幹隆はかなり悩んでいた。異世界に行く前までは体のこともあって、漠然と障害者を受け入れてくれる所ならどこでもいいやと考えていたのだが、大幅な軌道修正をすることになったため、この時期でも進路希望が固まっていないのは幹隆くらいと言う状況だった。そして、自分が何をしたいか、色々と思い悩んでいたところに、担任の進路指導で思わぬものが出てきた。
ちなみにこの担任、毎年夏冬に某所に出掛けるための軍資金稼ぎのためだけに働いているというとんでもない教師だが、今回の件に一番理解があると言うことで担任となった。
なお、他のクラスも似たようなものである。
渡されたパンフレットの内容は……突っ込みどころ満載だった。
幹隆たちが異世界に行き、還ってきた。この事実は情報がシャットアウトされ、ほとんどまともな報道はされていない。高校生たちが行方不明になったが、無事に発見された。詳細は不明。これが世間一般に広められた情報なのだが、このご時世、いろいろと情報は漏れる。ネット上では「絶対に異世界に行ったんだ!」という説がまことしやかに流布されており、現状に満足出来ない者達が聖地巡礼と称して異世界転移した現場、すなわち高速道路のど真ん中に徒歩で向かい、あわや大事故という事態が既に数件発生していた。また、警察や文部科学省、はては国土交通省に「異世界にはどうやって行くのか」という問い合わせが寄せられており、政府としては何らかの対策が出来たらいい、と異世界帰りの中からカウンセラーを養成しようという動きが出ていたのだ。
「これ……どういう仕事なんです?」
「アレよ。異世界に行きたい、と夢見て引きこもってる子に現実を突きつける仕事みたい」
「はあ……」
何となくイメージ出来るが、それはカウンセリングなんだろうか?
「異世界に行きたい、ねえ……」
「正直なところ、もう一度行きたい?」
「それは……イヤですね。ちなみに先生は?」
「私?私もイヤよ。異世界に行ったら夏冬のイベントに行けなくなっちゃうし」
少し考えさせてください、と答えて本日の進路相談は終了。相談室を出ると、茜がなぜか待ち構えていた。
「ミキくん、どうだった?」
「ただの進路相談にどうだったって聞かれてもな」
「だって、気になるし」
ちなみに茜は保育士を目指すらしい。とりあえず渡されたパンフレットを見せる。
「異世界カウンセラーって……」
「何だかなと思うけどね」
「あ、そう言えば」
「ん?」
「長谷川さんが最近困ってるって言ってなかった?」
「言ってたな。多分そのつながりがあると思う」
どこでどう情報を仕入れたのか、『長谷川』という名前がネットを流れ、長谷川の勤めている運送会社が特定――違う会社だったらしいが――されていたり、長谷川とついた運送会社がリストアップされたりして、それらのトラックにわざわざ飛び込もうとする者が増えていて、業界全体で困っている。先月前に会ったとき、長谷川がそう愚痴っていた。
「異世界カウンセラーか……」
「マジで……」
「おう、マジだ。約一ヶ月、ロクに食う物も無いダンジョンで生きるか死ぬか。スキルとかステータスとか、夢見てんじゃねーぞ」
「でも、脱出出来たんでしょ?で、すごいレベルアップを」
「運が良かっただけだな。んで、外に出たら出たでまた問題。国外逃亡。国家レベルの指名手配だぞ」
「うわあ……」
バケモノじみたステータスとかチートを通り越しそうな狐火魔法のことは適当にごまかし、異世界が死ぬほどきつかったことを伝えると、大抵の者は踏みとどまり、現実で頑張ろう、と思い直す。
「目の前でホブゴブリンが振り下ろした棍棒でグチャッと……な」
「ひっ」
それでも夢見ている者には、ガチのグロ体験を伝えればだいたい現実に戻ってくる。
「俺たち、百五十人くらいいたんだけどな。向こうに行ったら二十人くらいいなかったんだよ」
「え?」
「転移の時に消えることがあるんだってさ」
「……」
それでも諦めない者には、転移の時に消えることがある、と教えるとさすがに諦めるようだ。
高校を卒業して五年後、立派に異世界カウンセラーとなった幹隆はそれなりに忙しい日々を過ごしていた。と言うか、おまえら異世界に夢見すぎだろ、と突っ込まずに入れないほど相談が絶えない。この国、大丈夫か?
なお、幹隆のカウンセリングは引きこもりからの脱出、社会復帰を目指す物ではないので、この程度で充分らしい。実際、トラックに飛び込む少年少女が激減したと、運送会社の団体から表彰された。
今週の更新は一話です……




