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帰還、そして日常へ(にんげん)

今回二話投稿

 ものの十分で高速道路は封鎖され、あたりは警察車両だらけになった。

 大勢の警察官がそこら中を行き交い、とりあえず全員に毛布を掛け、名前の確認をしている。そして長谷川も色々と話をしているのだが……


「あの、さすがに寒いんで場所変えてもらえません?あと、着る物もなんか欲しいです」「……ま、そうですよね」


 生徒たちは四台のバスに男女別にまとめられ、長谷川はパトカーで最寄りの警察署へ。そこでようやく服をもらえた。サイズさえ合えば贅沢は言わない。

 で、事情聴取をされたのだが、「突然異世界に召喚されて、色々あってなんとか還ってきました」なんてすぐに信じてもらえるわけもない。

 だが、全裸で高速道路にいたという以外に何か悪事を働いていたわけでも無いので、ブタ箱に放り込むわけにもいかないので、広い会議室に連れてこられていた。そして、そこには事情聴取を終えた生徒たちがゾロゾロと集まってきていた。


「長谷川さん」

「ん?えーと、誰だ?」

「村田です。村田幹隆」

「へえ……それが元の姿か」

「はい」


 こちらに戻ってきた結果、元の姿に戻っていたのだが、同時に体もほぼ元通りになっていた。不自由故に衰えてしまった筋肉は戻っていないが、事故に遭う前と同じように体が動くので充分らしい。


「ホント、色々ありがとうございました」

「何、礼を言うのはこっちもだよ。お互い様だな」

「はは」

「ま、この状況、落ち着くのは少しかかるだろうけど、まずは無事に帰って来れたことを喜ぼうか」

「そうですね」

「そう言えば全員いるかどうか、確認したっけ?」

「それなんですけど……」

「ん?」

「竹本が」

「アイツが?」

「コレでして」


 手にしたカゴを見せる。カゴは警察署にあった物をそのままいただいたのだが。


「ハリネズミ?」

「はい」


 フルフルと震えているそれに一応声をかけてみる。


「お前、竹本なのか?」


 コクリ


「こっちの言ってることは通じるんだな」

「みたいですね」

「アレか、最後にユージに攻撃食らってた影響か?」

「かも知れませんね」

「うーん……どうしようか……あ、コイツの両親に連絡は行ってるんだっけ?」

「その……多分行ってないんじゃないかと」

「だよなぁ」


 長谷川はカゴを幹隆から受け取る。


「俺が預かる。何かいい方法を考えるよ」

「お願いします」

「あー、長谷川さん、ちょっといいですか?」


 刑事が入ってきて長谷川を呼んだ。


「はい。ちょっと行ってくる」

「大変ですね」

「向こうでのゴタゴタに比べりゃ大したことは無いさ」


 そう言ってカゴを手に刑事と共に外へ。




「えーと、そのハリネズミは?」

「色々面倒な事情があるハリネズミでして」

「面倒って」

「複雑な事情がありまして……廊下で話す内容じゃないかな」

「わかりました。あ、こちらです」




 事情聴取と言っても、犯罪者では無いので小さな会議室でラフな感じで話が進む。


「長谷川さんの言ってたことと、あの高校生たちの話。全体的には同じ事を言ってるんですよね。つまり我々としては……その……異世界?というのに行って還ってきたというのを信じるしかない……というか信じがたいんですけど」

「ま、いきなり信じろと言われても無理なのはわかりますよ」


 そう言って、横に置いた竹本の入ったカゴを見る。

 捜査一課長の和田が若い刑事に「なんか餌を買ってこい」と命じた結果、近くのスーパーで「買ってきました!」と喜々として渡された物を入れたのだが、竹本も困惑しているようだ。

 スーパーにもペットフードを売ってるコーナーとかあったりするだろうに、どうしてあの刑事はキュウリなんて買ってきたんだ?しかもご丁寧に味噌を添えて。塩分過多になるから味噌は食うなよと言っておいたから、味噌は食わないと思うが。


「高校生たちの話も聞いた上で、いくつか確認したいことがあるのですが」

「いいですよ。俺も話し忘れたことがたくさんあると思いますので」

「それではまず……」




 会議室の外が(にぎ)やかになったと思ったら、ドアが開いて大勢の大人たちが入ってきた。それぞれ口々に名前を呼びながら。高校生たちの帰還連絡を受けて保護者たちが一斉にやってきたのだ。


「茜!」

「お母さん!」

「よかった!茜!」

「ミキくんもいるよ、あそこに!」

「幹隆君!」

「伯父さん、伯母さん!」


 大人たちも高校生たちも涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら再会を喜び合った。もう二度と会えないと思っていただけに。

 その後は簡単に連絡先を確認しただけで警察署をあとにする。


「さあ、家に帰ろう……高速道路は使わずにな」

「安全運転でお願いします」


 しばらくはバスも高速道路も遠慮したい。


「何だか色々あったような話を聞いてるけど、何があったの?」

「えっと……家に帰ってからゆっくり話したいな」

「そうね」




「と、言うわけです。色々大変だったんですよ」

「なるほどね……」


 長谷川が机の湯飲みを一口すする。事前に、「こう言う説明にしておくから」としていた内容ではあるが、どうしても長い話になるので何度も繰り返し話すのもなかなか大変だ。


「さすがに少し話し疲れました」

「すみませんね」


 詫びの言葉を言いながら和田はメモを見て悩む。


「運転中に急に光に包まれて、気付いたらこことは違う世界にいた」

「はい」

「そこは……まあ、何て言うかアニメに出てくるような世界で、魔王を倒すのに協力してくれと頼まれた」

「そうなんですよ」

「そして、特訓を始めたがイマイチ伸び悩んでいたら、同じように高校生たちが連れてこられ、一緒に特訓開始。若いだけあって成長は著しく、魔王を倒した」

「なかなかに激しい戦いでしたね」

「そして、魔王を倒したあと、自分たちを呼び出した国へ戻る途中、突然光に包まれて、気付いたらあそこにいた」

「はい」

「人数の関係で二つのグループに分かれていたので、もう一方がどうなったかわからない」

「こっちに戻ってきていないって事はまだ向こうにいるのか、それとももう少し経ってから戻ってくるのか……」

「そもそも何故(なぜ)いきなりこっちに戻ってきたかもわからない」

「そうなんですよ」

「フム……ところで、これは聞いてませんでしたが……魔王……軍?」

「あ、そうですね。魔王の配下が結構な数……万の単位で」

「魔王にとどめを刺したのはどなた?」

「私です。伸び悩んでいたとは言え、三年のアドバンテージはありまして」

「フム」




 わずかな期間ではあるが、異世界にいる間に命を落とした、あるいは残る選択をした者は合計で五十名を超える。だが、死んだと言うことを伝えるのはさすがに酷だとして、自分たちではどうしようもなかった感を出すストーリーを考えておいた。高校生全員の聞き取りに多少のズレがあっても、色々大変だったから混乱してるんでしょう、で押し通せばいい。


「で、私はこれからどうなるんでしょう?まあ、すぐに家に帰れないとは思いますけど」


 そもそも両親を亡くし、一人で暮らしていた長谷川の家――というかアパートはどうなっているのだろうか?


「そうですねえ」


 捜査一課の課長として言えることは一つだけだ。


「殺人の容疑で逮捕、でいいですか?」

「それはさすがに困りますね」


 とても事実は話せないが、証言通りだとしても……死体が無いし、異世界の魔王とかに殺人罪を適用出来るのか?


「でも、殺したんでしょう?」

「向こうの世界じゃ、人里に降りてきた熊や猪と同じような扱いですよ?強さは桁違いですけどね」

「害獣駆除……狩猟免許はお持ちで?」

「持ってませんね」

「それはマズいですね」

「でも、銃も罠も使ってませんよ?」

「剣と魔法、ですか」

「ええ」


 魔王を倒したこと自体は嘘ですけど。


「銃刀法違反?」

「今は剣を持ってませんけど」

「魔法は……何が適用出来るんだろう」

「イヤイヤ、無理矢理犯罪に結びつけなくても」

「うーん」

「だいたい、その現場を見てないわけでしょう?」

「まあそうだな。しかし……これをどうやって上に報告すればいいんでしょうね?」

「それを考えるのは俺の仕事じゃ無いですよ」

「愚痴を聞くくらいはサービスしてくれ」

「サービスした分、カツ丼が上カツ丼になったりします?」

「ドラマとかのアレ、自腹だって知ってます?」

「聞いたことありますけど、異世界から帰ってきたばかりで無一文なんですよ。知っての通り裸一貫で戻ってきたんで、文字通り」

「あのハリネズミの餌代は俺の部下が出してるんだが」

「いや、ハリネズミの餌にキュウリとか意味がわからんのですが」

「って、課長……あれ、経費で落ちないんですか?」

「お前、領収証はどうした?」

「あ」


 当の竹本はキュウリにも味噌にも手を付けていないのでお持ち帰りいただこうかな。


「つーか、ちゃんと聞いてなかったがこのハリネズミは何だ?」

「向こうでは大活躍した相棒なんですよ。一緒にこっちに来ちゃったみたいで」

「相棒ねえ」

「向こうでは会話も出来てたんだけど、こっちに来たら出来なくなっちゃいましたね」

「そりゃ大変だな……そこらに捨てるなよ?」

「最後まで面倒見ますよ」


 コンコン、とノックの音がした。


「どうぞ」

「課長、こちらの方が」


 刑事が一人の男性を連れてきた。


「社長!」

「長谷川!本当に長谷川なんだな?!」

「はい……はい、長谷川です!」

「良かった……無事だったんだな……」

「はい……はい!」


 長谷川に家族がいないことを知った課長が気を利かせて社長に連絡をしていたらしく、慌ててすっ飛んできたという。


「とりあえず、身元引受人と言うことで、な」

「ありがとうございます」


 そんなわけで長谷川も解放された。勿論、日を改めて事情を聞かせてもらいますよ、と念を押されたが。


 高校生たちも長谷川も数日の間、何度か警察署に呼ばれて色々と事情聴取が行われた。

 だが、何度聞かれても「異世界に召喚された。頑張って帰ってきた」としか言いようが無い。証拠を出せと言われても、写真の一枚すらないからどうにもならない。

 だが、警察としても調書に「異世界」なんてファンタジーあふれる単語を書きたくはない。

 だが、そんな綱引きも結局は「異世界行ってきた」という事実の勝利になる。だが、警察も「事実は小説より奇なり」とそこかしこに書き記し、ささやかな抵抗をしていた。もっとも、これらの資料が今後日の目を見ることは無いだろう。

 事件と言えば事件だが、犯罪では無い。事故と言えば事故だが被害者も加害者も曖昧。裁判とかそういったことも行われないのだからこれらの記録は数多(あまた)の捜査資料と共に段ボールに詰められ、所定の期限が過ぎたら処分される。それだけだ。

 もちろん、事の発端である長谷川と幹隆の巻き込まれた交通事故に関しては、交通事故として扱われていて裁判が行われており、補償その他の決着が付いていないものがいくつかあったが、長谷川の帰還と証言により、一気に片が付いた。

 車の故障でも無く、長谷川の運転ミスでも無い。いわば、道を歩いていたらいきなり雷に打たれたような事故で、誰にも過失は無いという判断だ。

 状況が切り替わったことにより、運送会社を相手に起こされていた訴訟が全て取り下げられ、保険会社が全額支払うという結果になった。保険会社にとってはとんだ災難だが、災難に対して支払われるのが保険である。その裏で色々と動きがあったようだが、長谷川は詳細を知ろうとは思わなかった。知ってどうなるという物でも無いし。

 なお、この事件をきっかけに各種保険の免責事項に「異世界召喚された」を入れるべきかどうか、各保険会社が頭を悩ませることになるのだが、これもまた好きにしてくれ、というのが正直なところである。




「本当にこんなので良かったの?」

「はい!」

「ああ……もう、最高!」


 茜の母が目を丸くする。今までこの二人がこんなに喜んで食べたものだったかな、と。


「ただのご飯と豆腐の味噌汁じゃないの」

「向こうには無かったからね」


 涙を流しながら食べる二人に、夫婦揃って苦笑いするしか無かったが、だいたいどこの家でも同じような光景が見られたのは言うまでも無い。


 それからじっくりと、異世界で何があったかを話し続けた。血生臭いことも多かったし、とても話せないことも多いが、それなりに楽しく過ごしていたことを伝える。


「大変だったのね」

「うん」

「でも、頑張ったんだよ」

「そうか」

「本当に、帰ってこられて良かった」

「そうだね」


 そんな会話がどの家庭でも交わされていた。




「さてと、風呂に入るか」


 向こうにも風呂はあったが、やはり普通の家庭にある風呂が一番落ち着くと、扉を開き……そのまま閉めた。


「なんで閉めるのよ!」

「茜が仁王立ちしてたからだよ」

「見たよね?!見たよね?!」

「見てないよ」


 顔を見た瞬間に扉を閉めたので、見てないのは事実である。茜が全裸で仁王立ちして待っていたのも事実であるが。


「ちょっ……ドアを押さえないでよ!」

「茜……さっさと入らないと、風邪引くぞ」

「一緒に入ろうと思って待ってたのよ!」

「お断りします」


 そうやって騒いでいれば、当然気付かれるわけで。


「幹隆君、どうしたの?」

「茜がまだ入ってないんですよ」

「あら、そう……茜、さっさと入っちゃいなさい」

「えー」

「片付かないから」

「だってぇ」

「だっても何もないの!」

「ぶー、向こうではミキくんと一緒に入ってたのに」


 幹隆は間違いなく、ピシッと空気が凍り付く音を聞いた。


「幹隆君……」

「どういうこと、かな?」

「えーと、向こうでは俺も女になってたって言いましたよね?」

「それはそれ、これはこれ」

「えーと……」


 両手で押さえたドアがガタガタ鳴る。「ミキくん、開けて!」という声と共に。


「はあ……」


 コイツ、とんでもない爆弾を投下しやがった……


 誤解(?)を解くのに一時間ほど要した。




 バタン、と自室のドアを閉め、それ(・・)を確認し、ため息をついてからタンスの中からいくつか取り出す。

 掛け布団をそのまま抱え上げて、タンスから出した数本のベルトでがっちりと巻き、ドアの外へ放り出す。何か、モガモガ言ってる声が聞こえる気がするが、あーあー聞こえない聞こえない。


 3月下旬、まだ少し肌寒い日もあるが、毛布でいいか。




 翌日、「向こうでどんな生活をしていたか、もう一度説明してくれないか?」という伯父に丹念に誤解を招かないように説明するのが一番苦労した。




 異世界から戻ってきたというなかなかレアな事件ではあるが、警察が情報をシャットアウトしたこともあって、あまりマスコミが騒ぐことも無く、一ヶ月もするとそれぞれの生活は落ち着いていった。

 高校生たちは元通り学校に通い始めた。三ヶ月近く休んでいた分を取り戻すべく、夏休みも全て返上という恐ろしいカリキュラムだが、高校卒業に四年かかるよりマシと言うことで全員が必死に勉強することになるのは余談である。


 なお、色々と確認してみたのだが、戻ってきたときに体が元通りになったことからもわかるように向こうで手に入れた身体能力やスキルは無くなっていた。


「何て言うか、トイレがね……慣れってのは恐ろしいね」


 向こうで男になっていたうちの何人かはすっかり身も心も男になっていたこともあって、戸惑っていた……どころか、数名は平気で男子トイレに突入し、騒動を引き起こしていた。

 逆の立場の者達は、戻ったことを喜びつつ……


「小さくなった気がする……」


 気のせい、のハズだが、そこは見栄をはりたいのであった。




 一方、長谷川は運送会社に復帰した。免許証が完全に失効していたので取り直しになったため、しばらくの間は荷物の積み卸し作業がメインだったが、社員全員が色々協力してくれたおかげで、半年ほどで元の生活を取り戻した。

 一方で、警察に協力を依頼し、交通事故の被害者への訪問も行っていた。長谷川には何の非も無いが、向き合うべきと考えて申し出て、会ってもよいという返事のあった相手だけであるが。




「……と言うことがあったんだ」


 心の中で、異世界に行ってなんとか帰ってきたことを幹隆は両親に報告した。

 あの事故以来、墓参りに来ること自体を避けていたが、これからはもう少しここに来る回数を増やそうと思っている。その区切りとして、きちんと今のこととこれまでのことを伝えるべきだと思い、墓前で手を合わせた。じっくりと報告したので、長時間しゃがんでいて少し足がしびれたが、これでまた一歩前に進める、そんな晴れやかな表情だった。


「本当に、何と言っていいかわからないけど……」


 そう言って、隣で手を合わせていた長谷川も立ち上がる。

 被害者の訪問はこれで最後。幹隆と茜の家族四人に対し、深々と頭を下げる。


「色々と、ご迷惑をおかけしました」

「頭を上げてください」


 茜の父が答える。


「色々な事がありました。もう戻ってこない人も大勢います。でも、これ以上は重荷に感じないでください」

「はい、ありがとうございます」


 少しだけ強く風が吹き、墓に供えられた花がガサリ、と揺れた。まるで「私たちも、貴方をこれ以上責めたりしませんよ」と告げるかのように。

アメリカではハリネズミにキュウリを与えるのはお勧めしない、と言われているそうです。

理由は……キュウリの種が腸に詰まるから。アメリカのキュウリは種が日本の物より大きいそうです。

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