王国の終焉、そして
ユージたちが脱出してしばらくすると、建物が次々と崩れていった。地下の魔法陣のある空間はかなり広く、いくつもの建物の地下に広がっていたせいで、基礎の大半を崩されたのだからまともに残っている建物が城壁――一部、幹隆により崩壊済み――くらい。
一応、事前の調査で予想していたことでもあるので、予定通り城の正門へ向かうと、既に事態は進行していた。ティアが送っていた情報により周辺国の軍が王都に入ってきており、王城を取り囲み、将を務める者達が城門前に集まっていた。
通常、他国の軍が王都に入っていると言うことは、軍事的な侵攻であり侵略なのだが、「国民は国の上層部が何をしていたか知らない。そして国としては何も抵抗しないので、国民には手を出さないで欲しい」というティアからの通達により実に穏やかに城門前まで来て、さあ国王の首を取るぞと言う段階で、城門前のティアたちに止められた。崩れた城壁を乗り越えても良かったのだが、試しに乗り越えようとしたらガラガラと崩れたので危険と判断し、門から入ろうとしたのだが、中に入れろ、ダメだと揉めていた。数で言えば軍の方が多いのだが、ティアのことは各国の軍でも知られていたため、簡単に手出し出来ないと各国の将が判断。一触即発と言っていい空気だったのだが、建物が一斉に崩壊したので治まった。
「こうなることがわかっていたので、中に入れることは許可できなかったのですが……おわかりいただけましたか?」
「ご配慮、痛み入ります」
「よろしい。では……」
ヴィルが国王たちを引きずり出して並べる。
「この国の上層部が何をしでかしたかはこれに記してあります。ご確認ください」
これ、といっても分厚い紙の束が台車に乗せられて登場。しっかり紐でとじてある十センチほどの束が十数冊もあるものが袋に入って国の数だけ並んだ。
「それぞれお持ち帰り下さい。内容は全て同じ物です」
「な、なかなかの量ですな」
「それだけのことをしたと言うことです」
「それで……その……こちらは?」
国王たちをチラ見して言うのは東のアントの軍を率いてきた将軍ヴィエトロだ。
「その内容を吟味した上で如何様に処罰いただいて構いません」
「如何様にも?」
「ええ」
「断罪してもよいと」
「もちろん」
表情を変えること無く、どころか薄く笑みを浮かべるティアに恐る恐る尋ねる。
「なぜ、あなた方が断罪しなかったのですか?」
「ただ首をはねるだけでは生ぬるいと判断し、他国に委ねようと判断致しました」
「な……首をはねるだけでは生ぬるいとは……」
「その資料を読んでいただければ、私の言っていることがわかるかと」
「これ……が……」
「そうそう、その資料を読むときですが」
「はい?」
「胃の中を空にしてから読むことをお勧めします。あと、数日は食事が喉を通らなくなる覚悟を」
「ええ……」
この資料の山に書かれている内容を読むのが怖くなってきた。
「それほどの事をしたと、そういうことなんですね」
「ええ」
「その通りだ」
ラルフが口を挟む。
「この国の民を欺したという程度ならさっさと首をはねればいいんだがな。この国のみならず、大陸全土に多大な迷惑、いや被害甚大だな。取り返しの付かん程のことをしているんだ」
高齢のエルフの言葉となると重さが違って聞こえてくる。
「人知れず、エルフが必死に動いてなんとか事態を収拾してきたことも多い。つまり……此奴らの罪は世界に対する罪だな」
「それについては魔族も同意見だ」
「ああ……ええと……はい、わかりました」
大陸全土のどこに住んでいるか、人間が全く把握できていないが、人間が全く及ばないほどの戦力を持つと言われるエルフが憤慨している。それだけでもかなりの出来事だが、さらに、大陸北部で人間と隔絶した――と言っても、高い山脈に激流の河川という地理的な隔絶だが――生活を送っている魔族たちも同様に憤っているらしい。軍を率い、全権を委任されているようなものと言え、将軍が判断できるような次元では無さそうなので、代表して身柄を引き受け、国に持ち帰って処理することに決めた。
と言うか、こいつら国王に宰相にと重鎮だらけだが、魂が抜けたような顔をしているが、本当に何があったのだろうが。資料を読めばわかるのだろうが、読むのが怖い。読みたくない。
ちなみに完成した資料を長谷川は「読むだけでSAN値が削られる内容」と評していたが、どういうことなのかティアは理解出来なかった。ステータスにそんな数値は無かったのだが。
「えーと……その、あなた方はこれからどうするので?」
「もうここにいる理由はありませんから引き払います」
「そうですか」
「建物の崩壊も治まったようなので、中に入るのは自由ですが、気をつけてくださいね」
「気をつける?」
「城の地下を崩したので、いつまた崩れるかわからないという意味です」
「わかりました」
何かを隠しているとかそう言うのでは無く、物理的に危険と言うことを理解しておいてもらわないと、無茶をやらかしかねないので釘を刺しておく。
「では行きましょうか」
ティアが歩き始め、一同がゾロゾロ着いていく。とりあえずラルフの拠点へ移動して事後確認の後、解散の予定だ。
「さて、胸くそ悪い出来事ではあったが、なんとか片付いたな」
「ああ。色々ありがとう。ここにいない者も含めて代表して礼を言うよ。ありがとう」
「何、リディの婿の頼みなら「婿じゃないからな」
「かーっ、なかなか手強いな」
アハハと笑い合う。やっと終わったのだ。笑おうじゃないか。
「さてと、ティアはこの後どうするんだ?」
「特に何も。元々Bランク冒険者だから適当に流れて暮らすわ」
「そうか。色々ありがとう。元気でな」
「ええ」
「ヴィルはどうするんだ?」
「ラルフと語り合うことが多くてな。出来れば残りたいのだが、事の顛末を各国に伝えなければならんので一度戻ろうと思う」
「そうか」
「ん?そういうことなら同行するぞ。語りたいのは俺も同じだ」
「そうか。それは助かる」
三日は徹夜しそうね、とステラは苦笑した。
「リディとステラはどうするんだ?」
「私は一度村に帰るわ。リディは……ユージと新婚旅行かしら」
「え?!え?!」
リディが顔を真っ赤にしてオロオロし始めた。
「リディ落ち着け。新婚とかそういう以前の問題だからな」
「あら、両親公認よ?」
「だからエルフとハリネズミが結婚できるのかよ?」
「ユージはただのハリネズミじゃないでしょう?」
「それはそうだけど……」
「なら問題ないわね」
「はあ……なんか説得するのも疲れたな」
「よし、あと一押しね」
「うん、頑張って既成事実を「作らねえよ!」
まぶたを閉じていてもわかるほどの強烈な光が収まり、ゆっくりと目を開ける。
「寒いのは当然か」
向こうに行ったときもそうだったが、予想通り全裸だ。当然周りもそうで、女性陣がキャーキャーと騒いでいる。
「ま、俺が動くしかないよな」
長谷川は一応手で隠しながら立ち上がる。そこそこ立派な物を持っているという自負はあるが、だからと言って堂々と晒す物でも無い。
場所は……高速道路のど真ん中。修学旅行のバスが消えた場所だ。
いきなり現れた裸の集団に、車が突っ込んでこなかったのは幸いだったが、止まっている車もどうしていいかわからない状況のようだ。とりあえず先頭にいた車に近づき窓をコンコン。少しだけ窓が開いた。ま、警戒するのは当然か。
「すみません。警察を呼んでもらえますか?あ、何だったら私が話をしますので」
少し窓が開いて、スマホが出てきた。すでに一一〇にかけた状態で。
「はい、警察です」
「私、長谷川昭文と言います。三年ほど前に、高速道路で起きた事故の運転手です」




