残る者と還る者
「さて、皆の返事はどうなったんだ?やはり全員還る選択をしたのかな?」
元の世界へ帰る準備が進む中、色々と動いていた面々が集まった。
現時点で城内に残っていたのは幹隆たちと竹本を入れて九十七人。ずいぶん減ったものだと思う。主な原因が竹本が無理にダンジョンに連れていった結果というのがまた腹立たしい。
「それが……その……」
「ん?」
「八人」
「八人?」
「ここに残るという選択をした」
「ほう」
「ちゃんと、この機会を逃したらもう還れないと伝えたんだよな?」
「ええ」
「文明にどっぷりつかった高校生がこっちに残りたいっていう心境はオッサンの俺にはよくわからんが」
「長谷川、俺もわからん」
オッサンたちに高校生の心理は難しい。
「理由は聞かないってことにしていたんだけど、全員教えてくれたよ」
「……聞いても良いか?」
「えーと……その……」
「言いづらいんだけど……」
「出来ちゃったから、だってさ」
「「はあっ?!」」
オッサン二人が目を丸くする。ユージはそれなりに可愛いが、長谷川はただのおっさんなのでかわいげのカケラもない。
「出来ちゃったって……その……」
「つまり……あれか?」
「そう、その……あれです」
「何やってんだよ、この状況下で!」
「長谷川、違うぞ」
「え?」
「この状況下だからこそ、じゃないかな?」
「へ?」
「なんて言うか、生存本能的な意味で」
「ああ、それはあるかもね」
「え?」
「残る八人、イヤ四組全部、どちらかが獣人だ」
「野生の本能が強いのかね?」
はあ……と長谷川が頭を抱える。
「まあ、その選択は仕方なし、だな」
「そうね」
ラルフの言葉にステラが応える。
「どういうこと?」
幹隆が問いかけるが、その答えもラルフは用意していた。
「簡単な話だ。向こうに戻るときに体が元の姿になるとしたら……お腹の子供はどうなる?」
「そういうことね」
「例えば……生まれるまで待つという選択肢は?」
茜の問いにもラルフは迷うこと無く答えた。
「そもそもその子供、元の世界に連れていって良い物かどうか……」
「だよな」
こっちの世界の基本的な知識で言えば、夫婦のどちらかが獣人だった場合、子供はやや特徴の薄い獣人として生まれてくるらしい――妊娠期間も半年未満と短いため、少しだがお腹の大きさが目立ちはじめてきていた――が、元の世界に転移したらどうなるかは未知数過ぎる。
それに戻って無事に生まれたとして、高校生の彼らがどうやって育てるのかという問題も残る。
「こっちなら冒険者稼業で食っていけるからな」
冒険者としてギルドに登録できるのは十二歳から。レクサムダンジョンに何度か潜ったことがあるなら、食うに困ることは無いだろう。
「念のため、村田君レベルアップをしておいた方がいいかもな」
「その呼び方はちょっと……」
だが、呼び方はともかく、レベルをある程度上げておくのは有効だろうと言うことで翌日、半日だけレクサムダンジョンの三層まで連れて行った。
全員レベル五前後だったのが四十前後になった。このくらいあればどこでもやっていける。
「なんか……すげえな」
「でも、ありがとう」
「ちょっと不安だったけど、これならこっちで暮らしていけるよ」
「村田君、ありがとう」
「絶対幸せになれよ?」
「お、おう!」
そんな間にも、呼び出しを受けた貴族たちが続々とやってきて、片っ端から捕縛され地下牢に放り込まれていく。
「結局全員集まりましたね」
「少しは疑うことをしないのか?」
「だから、ああいうことをするんでしょう?」
あとは……
「魔法陣の準備が整った」
「おお」
ラルフたちの作業終了の報告を受けると、いよいよ本格的に準備に取りかかる。
ただ単に生贄となる王族、貴族を魔法陣の所定の場所に集めるだけだが、何しろ騒がしいので適度に気絶させなければならないのが面倒くさい。
「さて、その他の準備はどうだ?」
「シロの貴族は既に各地で事後処理の準備中。あまり裕福で無い連中は国外脱出済みだ」
「隣接する各国の軍隊、数日前に無事に国境線を越えています。まもなく王都に到着する見込みですね」
「そっちの出迎え、誘導は?」
「高ランク冒険者に対応を依頼しています。信頼出来る者だけ選んだので問題ないかと」
各自が担当していた作業の完了を告げる。
「よし、では……始めよう」
城門でこちらに残る八人が振り返る。本当は見送りなんて、と言う話があったのだが、結局全員が見送りに来た。
「元気でな」
「おう」
「リア充爆発しろ」
「いや、爆発しちゃダメだろ」
「ははは」
「これで本当に……さよならなんだね」
「うん」
「でも、世界が違っても私たち、ずっと親友だよ」
「何が親友よ!子供なんて作っちゃって!」
「え?」
「あんたなんて……あんたなんてっ……百年以内に子供と孫に囲まれて悲しまれながら死ぬ呪いかけたんだからっ!」
「ちょっ!それとっても幸せな人生だからっ!」
できるだけ重くならないように気を遣いながらも、これが今生の別れになるので多少はしんみりとする。
「還ったら……うまく伝えておくから」
「スマン」
「その代わり」
「その代わり?」
「絶対に幸せになれよ!」
「おう!勿論さ!」
では、と歩き出す八人を送り出す。一応冒険者ギルドに大金積んでこちらも高ランク冒険者の護衛を付けたが……ぶっちゃけ護衛される方が強いというのは言わないでおこう。
「さて、そろそろ行こうか」
長谷川の声にゾロゾロ歩き出し、地下の魔法陣の間へ。
広々とした部屋の隅には既に生贄となる者達が集められていてラルフとヴィルが最終調整をしていた。
「お、来たな」
「長谷川、ちょっと良いか?」
「ん?何だ?」
何かあったのだろうかと、ユージもリディと共に向かう。
「送り出す人数が少し減った分、生贄の人数を減らす必要がある」
「そうか」
「減らすのは五人だ」
「誰を外す?」
「そうだな……」
「国王と宰相、騎士団団長に王宮魔術師長、あとは偉そうな貴族一人」
ユージが迷うこと無く告げる。
「一応聞いていいか?その選択基準は?」
「大切な人を奪われると言うこと、何の助けもないところに放り出され、死の恐怖を味わう。責任ある立場だった連中にはそのくらいの事は身を以て知るべきだろう?」
「わかった」
早速五人が引きずり出される。全員、喉が潰され、手足の関節も外されているので、うーうー唸っているが、それ以上の抵抗は無い。そして、五人の妻や子供たちは既に諦めた表情になっている。
「お前らに……大切な人を奪われる辛さ、取り残される悲しみ、そして……命の危険のある中に放り込まれる恐怖がわかるか?今からその百分の一くらい体験させてやるから覚悟しておけ」
「そうだな。以下同文だ」
ユージの言葉に長谷川が同意すると、踵を返して魔法陣へ向かう。
「この円の中に乗るんだ。はみ出さないようにな」
ラルフとヴィルの誘導で全員が魔法陣へ乗っていく。
「うわ、なんかこういうのアニメで見たよな」
「すごいな……これが本物の魔法陣か」
それぞれに感想を言いながら、高校生帰還組全員が魔法陣に乗り終える。
「それじゃ、色々とお世話になりました」
「いえ、こちらこそ。大変ご迷惑をおかけしました」
「戻ってからも大変だと思うが」
「ええ、でも頑張りますよ」
長谷川がティアたちと別れの挨拶を終える。
「長谷川、戻ったらそっちは任せたぞ」
「……ああ」
長谷川がユージの鼻先をチョンと突いて魔法陣へ乗る。
「って、ユージは残るの?!」
「え?どういうこと?!」




