進められていく準備
「還るにあたって二つ、注意がある」
塚本が指を立てて伝える。
「一つ目。チャンスは一回だけ。ちょっと話せない理由が色々あって、僕たちを送り出した後は、使った魔法陣とか手順とか、全て破棄してもらうことになっている」
「質問」
鈴木が手を上げたので答える。
「どうぞ」
「破棄してもらうって事は、誰かに協力してもらうって事なのか?」
「その通り。エルフに協力してもらえることになった」
「なるほど。そのエルフ、信用出来るのか?」
「出来る。少なくとも数日間行動を共にしたエルフの関係者で、詳細は長くなるから今は省くけど、勇者召喚の余波でエルフも甚大な被害を受けているから、今回の件は全面的に協力してもらえることになった」
「そうか。わかった、続けてくれ」
「では二つ目。日本に戻ったとき、元の姿になるか、今のままかはわからない」
「どういうことだ?」
「こんな姿で戻ったら……」
「これはこれで有りだけど」
「目立ちすぎ」
さすがにざわついた。
「詳細の説明を」
「うん」
再びの鈴木の質問に答える。
「こっちに連れてこられたときに姿が変わったのは、召喚魔法自体の効果ではなく、世界から世界へ移動するときの余波と言うことらしい。しかも、召喚魔法自体がその……何て言うか」
「雑」
「そう、雑な作りでね。こっちへ連れてくるときに色々ごちゃごちゃ起きるというとんでもない代物なんだってさ。送り返す魔法は精密に構築しているみたいだけど、その結果……その、何だ、今の姿のままで安定して送られるのか、魂に引っ張られて元の姿になってしまうのか、なんとも言えないんだってさ」
「どうにか出来ないのか?」
「姿が変わってしまうプロセスが不明なのと、あまり時間が無いという二つの理由で難しいと思う」
「時間が無い?」
「俺たちを送り返した後、王国は滅ぼされる」
「え?稲垣……どういうこと?」
「王国は勇者召喚の時に、その……」
「人として許されないことをいくつも犯している」
幹隆が横から口を挟む。
「人として、許されないこと?」
「聞かない方がいいぞ」
「……わかった。つまり、できるだけ早く俺たちを送り返して、王国の上層部を裁きにかけなければならない、そう言うことなんだな?」
「そういう理解で大丈夫だ。そしてそのために既に俺たちに協力してくれたティアさんが動き始めている。俺たちが元の世界に還るのとこの国が滅ぶのは、ほぼ同じタイミングになるんじゃ無いかな?」
聞かない方がいい、で大半の者が引いている。
「えーと、皆、良いか?」
パンパン、と手を叩いて塚本が全員を静かにさせる。
「念のため確認だ。さっきも言った通り、日本に還るチャンスは一回きり。それを踏まえて答えて欲しい。還りたいか?」
シンと静まりかえる中、数名が手を上げ始める。
「還りたい」
「俺も」
「私も」
「俺も俺も」
「私も還りたい」
次々と手が上がる。
「えーと、そうだな……言い出しづらいだろうから……その……うん、還りたくないって奴は後で僕か稲垣に伝えてくれるか?理由を知りたいとかそう言うのは無いけど、人数を確認しておかなければならないんだ」
「考え直せとかそう言うことは言わないから。明後日の朝食前までに心を決めておいてくれ」
「じゃあ、解散」
生贄の人数、か。知らぬが仏とはこの事だなとこのつらい役割を引き受けた二人に少し感謝しながら部屋を出ようとした。
「ちょっと待って」
女子たちから待ったがかかった。
「稲垣君……ちょっといいかしら?」
「な、何でしょう……」
「とりあえず正座して」
「え?」
「せ・い・ざ!」
「はいっ!」
有無を言わせぬ雰囲気に思わず正座する。
「さて、とりあえず弁解する時間は与えるわ……私たちと一緒にお風呂に入っていた件について」
「えっと……」
「ちょっと待て稲垣!」
「そう言うことか!」
「はい、そこの男子も正座ね」
「なんでっ?!」
「なんか想像したんでしょ?」
「同罪よ!同罪!」
その後、説教は三時間続いたらしい。
「よし、ここはこれでいいな。そっちはどうだ?」
「ようやく半分だ」
「そうか、それじゃあ」
「そろそろ休憩したら?」
「ん?おお、もうこんな時間か。そうだな、休憩しよう」
ステラが休憩を言わなかったら、二人とも休みなく作業を続けていただろう。
「どう?」
「順調だ」
「ベースになっている魔法陣がしっかり作られていたからな」
「最初の魔法陣はよく研究されて作られていたというわけだ。その後の改造はひどいものだが」
「全くだ」
茶菓子を食べながら、状況を確認し合っていると、ユージとリディがやって来た。
「よう、どうだい?」
「おお、婿殿か。順調だぞ」
「婿じゃないけどな」
「ユージ、いい加減に認めちゃってよ」
「イヤイヤ、おかしいからな」
どうすればその方向から外れてくれるだろうかと考えたが……無理っぽいな。まあ、何百年も生きるエルフとそこまで生きないハリネズミ。寿命の違いで諦めてもらおうかと思ったのだが、
「婿殿は、だいぶ変わっているが魔物だろう?」
「まあ、多分」
「なら問題ない」
「は?」
「普通の動物と魔物では、魔物の方が長生きだ」
「そうなのか?」
「そうだな。倍どころか三倍も四倍も生きる」
「へえ……」
とりあえず一つだけ突っ込んでおこう。
「その可愛い孫だかひ孫だかが魔物と結婚とか言うのはいいのか?」
「細かいことは気にするな」
「それ、細かいか?!」
エルフの思考はわからん!
「これで全部か」
「ああ。間違いない」
「ありがとうございました」
「何、大したことじゃない。娘から頼まれていたことを調べておいただけだからね」
「それでも、この人数を調べておいたなんて、さすがです」
勇者召喚に積極的に関わった貴族全員に緊急招集の手紙を作成。全員王都にいるか、王都近郊に居を構えている者達だけだった――そう言う意味ではクズばかり王都の近くに集めていたと言うことか――ので、手紙を冒険者ギルドで緊急依頼として配達してもらう。これで明日中には届き、明後日の夕方には全員が来るはず。数名の遅れはあるかも知れないが、そこはまあ、こっちに残る人たちに任せる。主に外国勢力だ。勇者召喚に関わっていない貴族たちには申し訳ないが、その辺のフォローはエルフたちやヴィルを通じて魔族たちが助力を申し出てくれているので、そちらに任せよう。
「何から何まで任せてしまって申し訳ない」
「何を言うか。勝手な都合で君たちの生活を破壊したのは王国だ。そして、その王国の暴走を止められなかった私たちの責任も重い」
「そうですか」
「そうだとも。だから君は……いや、君たちは元の世界に戻ってから、元の生活を取り戻すことだけを考えてくれ」
「わかりました」
「でも、まだまだやることはたくさんありますけどね」
ノックもせずに入ってきたティアがドサッと書類の山を作る。
「こちら、全部チェックを」
「了解」
「はは……人使いの荒い娘だ」
「私もちゃんと仕事をしてますよ?」
「知ってる。だけど三分の一は手伝って」
「え?」
「「いえ、何でもありません」」
絶対零度の視線をご褒美に感じる二人では無かった。




