静かになるまでに
「いやはやびっくりしたね」
「全くです。着陸態勢に入った状態のワイバーンの高さまでジャンプしてくるとは」
「あ、あははははは……」
「間に合ってよかった」
「すみません……でも、ワイバーンが襲ってきたのかと」
「下にゴンドラ吊ってたよな?」
「ワイバーンで攻めてきたのかと」
「まあいいや」
長谷川が止めなかったらワイバーンごと墜落していたのは間違いないと言いながらティアの両親と兄、使用人二名が降りてくる。
「送ってくれてありがとう」
「いえいえ……ちょっと最後だけスリリングでしたけど」
「あっはっは……これ、お詫びにどうぞ」
「お、こりゃどうも」
ワイバーンを操ってきた騎士に数枚の金貨を握らせてから、男爵がこちらに向き直る。
「で、人使いの荒いウチの娘はどこにいるんだい?」
「「あそこです」」
幹隆と長谷川が同時に窓を差す。
「いないし」
「どこ行った?!」
幹隆たちが長谷川と合流した夜のうちに、ティアは冒険者ギルドを通じて両親のところへ連絡を入れていた。
「多分、数日の内にレクサムへ来てもらうことになる、と言われたので慌てたね」
「そんな曖昧な連絡で?」
「ああ、ちゃんと追加の連絡はあったよ。昨日だけど。アントの騎士団に知己がいて助かったよ」
「アント……ワイバーン騎兵で有名でしたが、それがあれですか」
「そうそう。ティアからはいきなり侵入しても大丈夫だからって連絡だったけど、国境越えるときはちょっとハラハラしたね。もう少し余裕を持って連絡して欲しいもんだ」
「仕方ないでしょう?レクサムまで二週間以上かかる予定の所を十分足らずで移動できるなんて思いもしなかったんだから」
ティアの言い分もわからないでもない。
「で、その……ラッセル・バートン男爵」
「ラッセルで良いよ。堅苦しいのは抜きで行こう」
「ではラッセルさん……をどうしてここに?」
「簡単です」
ティアが指を立てて答える。
「王国内の貴族の動向をチェックしてもらっていました。ここへ呼びつける貴族と呼びつけなくて良い貴族の篩い分けをしてもらいます」
「うわー、我が娘ながら面倒くさい仕事を気軽に押しつけてくるのにちょっと引くわぁ」
この男爵、緩いなぁ。
「事情は私の方で説明しておきますので、ここにいない貴族の一覧を出して下さい」
「わかった」
ここにいる貴族は全部黒確定なんだなと長谷川は理解した。
「集まったな」
「うん」
「それじゃ、始めるか」
城を攻め落とした翌日、塚本たちは手分けして勇者候補として召喚され、生き残っている全員に「大事な話があるので集まって欲しい」と伝えた。渋る者も多かったのだが、何とか食堂に集まってもらい、稲垣と塚本が二人並んで今回のために作った壇の上に立つ。
「ゴホン、えーと……」
緊張していた稲垣は、塚本から渡された紙を何の疑いもなく読み上げた。
「今日は俺の初ライブに集まってくれてみんなありがとうって、おい!」
「ゴメン、そっちは下書きだった。本物はこっち」
「ゴホン……エー本日は、お忙しい中、僕たちの結こ……って、おい!」
「あははは……場を和ませようと思って」
「和んでないんだが」
痛々しい物を見るような視線が本当に痛く感じる。
「えーと、塚本、塚本幸子です。まあ、元の姿からだいぶ変わっちゃってるけど」
臆することなく塚本が話を始めた。
「こっちに来てから色々あったんだけど、今日は大事な話があって、集まってもらいました。色々と辛い思いをして、部屋から出たくないって子もいたけど、無理言って集まってくれてありがとう」
聞いている全員は微動だにしない。
「えっと……まずは……言いにくい話から」
そう言って稲垣に話すよう促す。
「えっと……信じられないかも知れないが……俺が稲垣健太です」
さすがにざわついた。
「今まで稲垣健太を名乗っていた、剣聖の才能を持っているアイツは……竹本一規。俺の名前を俺より先に申告されちまったので、その……訂正させるのが出来なくてな……」
「稲垣、そんな話はどうでもいい」
「あ、そ……そうだよな。うん。その……竹本だが、昨日……村田に再起不能にされた。ひどい目に遭わされた人が多いのは知ってる。俺が何か出来たかって言うと、何も出来なかったし、何を言える立場でもないんだが……その……」
「今から話すことをしっかり聞いて欲しい」
口ごもりかけた稲垣を塚本がフォローする。
「一ヶ月ほど前、僕たちは城を抜け出し、王都を抜け出し、王国すら抜け出した」
「逃げたんだろ」
「そうだそうだ」
「残された俺たちがどんな思いでいたかわかってんのか?」
「まったくだぜ」
「批判は後でいくらでも聞くよ。だが、戻ってきた」
「今更なんだってんだよ」
「そうだそうだ」
「あれから何人死んだと思ってるの?」
「アイツにひどい目に遭わされて、自分でっ……」
「これから話すことをよく聞いて理解して欲しい。王国は僕たちを『魔王を倒すために』召喚したと言っていたが……魔王なんていなかった」
さすがに野次が止まった。
「王国は、存在しない魔王をでっち上げて国力をアピール。対外的に有利な流れを作ろうとしていた。それだけだ」
「それだけのために、俺たちを召喚したんだ。信じられないかも知れないが、昨夜国王たちを尋問し……確認した」
ガタン!と一人が立ち上がる。
「じゃあ!何のために俺たちはここに!」
「そうよ!何であんなことをさせられて!」
「それにアイツよ!あんな奴の相手をさせられて!」
一斉に騒ぎ出してしまった。こうなると止められないよな、と隅の方に座っていた幹隆たちは騒ぎの様子を見ているしかなかった。
「待て!落ち着け!」
鈴木が声を張り上げると、一同が静まりかえった。
「稲垣、塚本……それ、本当なのか?」
「尋問した証言もそうだが、俺たちの前に召喚された勇者候補の人が魔族の国に行って、人間の国に攻め入るような魔王なんていないってのを確認した」
「他にも色々あるよ。魔王が攻め込んできたという記録自体がどこにも無いとかね」
「そうか。で、それを俺たちに告げてどうするんだ?」
「そう。その話をしようとしていたんだ」
「……聞こう。皆、聞くだけ聞こう」
数名がブツブツ文句を言うものの、とりあえず座ったので稲垣が続ける。
「皆、元の世界に還りたいか?」
「え?」
「還れるの?」
「嘘?」
「マジで?」
「じゃあ……じゃあ……?!」
「ホントに?」
「話すと本当に長くなるから省くけど、元の世界に戻る方法をエルフのスゴい人たちが見つけてくれたんだ」
「今、そのための準備中だよ。数日中には元の世界へ還れる」
「「「「やったぁ!」」」」
「日本に!」
「戻れるんだ!」
「やったな、おい!」
浮かない顔をしている者もいるが、ほとんどが喜び合い、はしゃいでいる。
「あー、ちょっと!静かにしてくれ!まだ話が終わってないから!」
「おーい、静かにしてくれよ-」
二人が必死に鎮めようとするが収まらない。イヤ、収まるわけが無い。
「ミキくん、力ずくで静かにさせる?」
「それ、物理的にって奴だよね」
「そうだけど」
「絶対ダメな奴だからね?」
塚本たちは自然に収まるのを待つことにしたようで、壇の上でぼけっと待っている。
しばらくすると少し落ち着いてきて静かになった。
「はい、皆さんが静かになるまで十分かかりました」
「「「そのネタいる?」」」




