第1話その11『人よ考える葦であれ』
扉を潜り抜けた先は想像していたお役所的な場所ではなく、喧噪に包まれていてとても賑わっていた。
防具を携えた人々が机や椅子を埋め尽くし、肉を食らっては酒、だろうかを飲みほして、てんやわんやしている。酒池肉林。ここは酒場だ。
「おぉ!? なんだいアノ……あれも人間なのか」
騒がしい景色の中では大きな獣がしっぽを揺らして2足歩行をしている。だけでなく、向こうにはトカゲみたいな鱗肌と背中に翼をはやしたヒト? も歩いている。フードをかぶっていて顔は見えないが、誰も気に留めていないことを鑑みるにこれが日常の風景なのだろう。
「もちろん。彼らもまた人間さ。あれは獣人族だね。あっちにいるのは竜人族。ちなみに優流男はこの世界ではホモ・サピエンスではなく基本人族と定義されているよ」
この世界での人間とは主に容姿により定義されており、その基準となるのが基本人族。地球ではホモ・サピエンスとされる見た目をした人間たちだ。その基本人族と獣が交わったのが獣人族。龍と交わったのが竜人族とのこと。
(ちなみに、龍と竜の表記は龍が元祖、竜は他種族交配により生まれた子で使い分けるらしい)
「ほかにも魚人族に蟲人族、妖精族に小人族。そして……さっき見た巨人族とわんさかいるんだぜ」
「すっげー……」
俺はため息しかつけなかった。地球では生息地や肌の色による人種の分類化はされているが、ただそれだけでしかなかった。この世界では根本的な機能が異なるだろう種族らが同じくヒトとして共存しているのだ。
他種族と人間の交配が如何に不可能なものかは仕事一筋であった俺でさえ知っている。地球の博士らがコレを目の当たりにすればどんな反応をするのだろうか。きっとメガネがカチ割れるだろう。何とか研究賞だの人間の進化の歴史だのが一気に覆されるに違いない。
「よう! そこのにーちゃん。見たところ新入りだな?」
あっけにとられていると活気の良い男性が話しかけてきた。モヒカン頭にひげを生やした男だ。
「ああ、どうも。新しく転生して来た華桜司 優流男です。どうぞ優流男と呼んでください」
「ん!? おぉ……。俺はガイダンスってんだ。冒険者をやっている。よろしくな!」
「どうも」
冒険者とあって腕っぷしも強そうだ。握られた手が軽くジンジンとした。
「転生してきてここに来たってことは、スルオは魔王討伐ギルドへ登録しに来たんだな? 場所はわかるかい」
「いや、ここに向かえとだけしか。奥に見えるカウンターは受付ではないんですか?」
「あれは冒険者ギルドの受付だな。討伐ギルドは階段を上がって奥のほうだ。丁度いい。俺も外へ出るから案内するぜ」
「それは助かります。ぜひ、よろしくお願いします」
「はっはっは。スルオはずいぶん固いな! 男が頭を下げるのは人生で3回ありゃいいんだ。こんなところで頭を下げちゃあもったいないぜ」
「ははは。身についた習慣なもので、申し訳ない」
「習慣なら仕方ねーな! なら言葉はどうだい? 俺は偉いモンじゃねーからよ、上品な言葉使いなんていらねぇぜ」
「言葉の方は問題ないで……、んん。問題ないさ。こんな感じでどうだろう、ガイダンスさん」
「はっはっは! そうよ、それでいいぜスルオ! 後はその〝さん″ってのも習慣かい?」
「そうだな。元の世界の習慣さ。俺たちは名前に敬意を払う種族なんだ。特に初対面のヒトにはね」
「そうかい! なら行こうかスルオ〝さん!″」
「気に入った!」とガイダンスは高笑いをして歩き始めた。多少声は大きいが、実に清々しい男である。
「ところでガイダンスさん。さっきの男の頭を下げるときはってどういう時なのか教えてくれるか?」
彼の言動から察するに、この国には軽いお辞儀といった文化はないのだろう。沁みついた習慣とはいえ相手によれば気分を逆なでしてしまう可能性もある。地球との違いは少しでも知っておく必要があるな。
「おう。それはな、最初は1つ目の年を迎えたときだ。これからは自分の力で生きていきますってその先の繁栄を神様に約束し、1年間見守って頂いたことに感謝を告げるんだ。もう1つは王から勲章を与えられるときだ。勲章授与はこの国に生きる人間の夢だな。そしてもう1つは人生の終わりに世界に感謝をするとき、だな。それまでの出来事を神様に報告し感謝を告げる。だからことあるごとに頭を下げてちゃあその頭の価値が下がるってもんさ。男なら自分を安く見せちゃならねぇだろう?」
「はー、いい考えだな。ありがとう。参考になったよ」
「おうよ」
なるほど。お辞儀の文化こそあれ価値観の違いがあったわけか。
(ところでさ。1歳目の感謝や人生の終わりの報告とかってるしはーちゃんとかに届いてるの? 本当に1年間見守ってるの?)
俺の頭上には女神様がいるのだ。こうした思想とは果たして神様に届いているのか。それを本人に聞くことができるのだから聞いてしまうのが人間だろうさ。
(んん? 優流男にしてはずいぶん無粋な質問だねぇ)
るしはーちゃんは俺の顔を覗き込むといたずらな笑みを浮かべた。
(いやあ、我ながらそう思うけどさ。実際神様がお答えしてくれるんだぜ? どうしようもなく気になっちまうさ)
(ふふ。だから私は人間が愛おしいんだぜ優流男。もちろん後出しはしないさ。答えは75:25だね。生きている間は干渉しない、それが私たちの摂理さ)
(まあ100の迷信でないだけ十分だな。それに重要なのは実際に感謝が届いているのかいないのかではないだろうしな)
(うん。そういうことだね)
というのも、何か1つの信念や思想をもって生きることは、今生に光を灯すということであるし、また、強く生きられるということであるからだ。
例えば人間界であれば競技者が分かりやすいだろうか。競い合う環境にて明るい成績を残す者は必ずと言っていいほど一つだけでも何かしらの考えを持つ。動物界もそうだ。群れにいるボスは群れの繁栄を思い外敵に負けないよう強くあろうとする。また群れを持たない新参者だっておっきな群れを作るんだと意気込む方が強くなる。
もともと強いから強く生きるのではなく、信念や思想をもって生きるからこそ強くあるのだ。生は輝くのだ。と俺はそう思う。
俺の体験談も踏まえるが、20年近く前、社会人1年目の見習いだった頃の俺は、働く意味を『日本の繁栄のためなんだ』と言葉では理解していた。しかし、いざ何か事を成そうとしたら何をどうすれば良いのかさっぱりわからずにいた。
親父に言われた通りの務めは果たしてもそこで止まってしまい、親父のように自分で考えて行動することができずにいた。
「親父なんてすぐに追い抜いて後を継いでやるから、お袋とゆっくり老後を満喫してな!」
なんて息巻いていた自尊心の高い少年心はそこで燃え尽きかけていた。その度に親父には「焦るんじゃあねぇよ。落ち着いて景色を見渡せば、お前の答えはそこにあるんだからよ」と宥められていたな。
しかしソレが俺をより焦らせた。
『どうにかしないと!』『何をしないと?』『早くしないと!』『落ち着かないと!』
毎日がエブリデイ。早朝遅晩、自問自責で終わる日々。親父を超える。仲間の期待に応える。周囲の望む人物像にいち早くならなくては! と。
そんな目まぐるしく息苦しい限界の世界の中が、ある日。
〝ふ……″と。静寂に包まれた。
「あの!」
配達先で手を握られた。
「毎日毎日ご苦労様です! 事故に気を付けて頑張ってくださいね!」
顔を上げると太陽がそこにあった。
元妻。幡羅義 鬆義代との出会いである。
幡羅義家のご令嬢であった彼女もまた、俺と同じように社会経験を積むためとして自社の受付嬢を担っていた。
そこへ月に2,3回ほどやってくる俺の余裕のなさに共感を得たらしく、いそいそと去っていこうとする俺を引き留めるために手を握ったらしい。
「ふふ。だってあの時のあなたときたら、人の顔も見ないで。ふふふ」
一発だった。その笑顔にあてられた俺は一目ぼれをした。同時に親父の声が頭の中でやんわりと響いた。
『落ち着いて景色を見渡せば、お前の答えはそこにあるんだからよ』
これだったのか! と今までの何かがはじけ飛んだ感覚だった。
〝日本の繁栄のため″という莫大な枕詞に眠らされていた俺は、その実、何がその繁栄の糧となるのか見えていなかったのだ。見落としていたのだ。
この人の笑顔を見続けていたい。この人の幸せとなるものを届けたい。この人のために生きていきたい。
俺の見つけた答えは〝配達先のお客さんが笑顔になってくれるように努めよう″というモノだった。
まずは手の届く範囲での積み重ねを繰り返しす。それに余裕ができてきたら次の目標に挑戦する。
たったそれだけのことが繁栄へとつながるのに、俺は初めから莫大な結果だけを得ようとしていたのだった。
答えを見つけた俺の働きぶりは自画自賛できるほど見事に変わった。仲間からの声援の声も多くなったし、親父にも「ようやく老後を満喫できそうだ」と認められた。
そこから猛アタックの末、1年の交際期間を挟み鬆義代と結婚をし、お互いの仕事の基盤が固められてから娘の優心夢を授かったのだった。
まとめとして、これを通して君たちに伝えたいことは、
ぼんやりとした抽象的なまどろみの中でただどんよりと時間を浪費してしまうより、少し奥に踏み込んで、コレと決めた具体的な信念や思想を一つだけでも持って鮮明な景色の中で生きてみようよ。
という享年37歳のおっさんからのお話でした。
それにしても〝人生の終わりに感謝を告げる″か。グサッときたぜ。俺が前世で最後に願った事といえばなんと醜悪なモノだったであろうか。
冒険者ガイダンスの背中がとてもまぶしく見えた。




