第1話その1 『車は急には止まれない』
なろう小説の代名詞である異世界転生モノの導入部分を見続けた結果、その世界に取り残された運転手達の想いが次元を超えて私、石川の元へ降り注ぎました。
彼らの無念を晴らす為、石川は指を動かし戦います。
いつの日か、世界を救うと信じて────。
それでは始まり始まり〜。
俺の名前は『華桜司 優流男』。今年で37の既婚者。同い年の嫁とようやく小学校へ入学する娘を持つ一児の父だ。
見た目はどこにでもいるしがないおっさんで仕事は配達ドライバー、トラックの運転手だ。と、いっても平社員と思ってくれちゃあいただけない。実は俺、社長なんだ。名家の生まれって奴だな。
俺の家系『華桜司』とは日本が始まって以来ずっと配達業で国の発展を支えてきた正に影の立役者だ。物流の発展こそ国の発展と言い換えても過言ではない。
え、想像できないって? おいおいそれは参ったな……。
確かに近年では遠くの人への声や文字を送るのだって電波が世界中の何処へでも誰にでも簡単に届けちまうから無理もないのか……。
それとか物を届けるのだって近くのコンビニへ足を運んでしまえばそれで済んでしまうからなぁ……。だけどその先の話なんだ。配達員ってのはその先にいる人間の事なんだ。
君たちが扱う電波送受信機だって、その中に入ってる部品の1つ1つは技術者達の間で行き交っていて国中の隅から隅へあっちへ行ったりこっちへ行ったりをして漸く作られた物なんだぜ。
その利便性は語るまでもないよな? 生活の必需品だろ?
また、あるいは学校の給食だってそうさ。コンビニに並ぶ商品だってそうだな。他にも君が小さい頃から日々目にしてきた物々が全て俺たち配達業者らが朝から晩まで、人によっては日が昇るまで精一杯運んできた物なのさ。
さらに遡れば電波のなかった時代の話。
遠くの人と人とが連絡を取り合う為には文字を書いた紙を遠路遥々渡り歩いて時間にして早くて1週間。それこそ時間がかかれば1年過ぎて漸く相手に連絡が届く、そういう時代も確かにあったんだ。半月半年待つのなんてざらさ。
1年かかって相手に送られたメッセージの返信なんてまた1年待たなきゃ帰ってこないんだぜ? 合わせて2年だ。返信を待つのに1日か1時間と保たない今を生きる君たちには到底耐えられっこ無いだろう?
ああ、すまん。勿論俺だって耐えられないさ。
つまり配達員ってのはそうした時代から人の為に世の為に、国の発展のために依頼主に代わって国の隅から隅へ行ったり来たりを務めてきた人間達なんだぜ。君のお家へやって来たならぜひ、一言労いの言葉を送ってやって欲しい。きっとお互い気分が良くなるからさ。
そして『華桜司家』に跡取り息子として生まれた俺も親父から『優れた物流を生み出す男』、内に『日本の発展を陰から支える一流男児たれ』の意味が込められた『優流男』の名を授かった。
俺はそんな『優流男』という名を誇りに思ったし、代々受け継がれてきた『華桜司』としての務めに憧れを抱いて生きてきた。
だから社長の座にいたとしても最前線で同じ会社の仲間達と共に苦楽を共にしたかったのさ。
24時間365日。止めてはならぬと配達員は毎日毎日精一杯に誰かの為にお国の為にと過ごしているのさ。
社長の俺は朝から電波通信で技術・新車開発等々の会議に参加して配達の準備も並行してする。そして昼から夜は配達ドライブ。時計の針が0時を超えて漸く妻と娘の待つ我が家への帰路へ着く。
そうした忙しい日が続いた疲れからか、高速道路の全く変わる事のない景色に気が緩んだからか、俺は一際強い眠気に襲われて大きな欠伸をしてしまう。
そのせいで避けられなかったんだ、思いもしなかったんだ。
だってそうだろ? まさか高速道路を自転車が走行しているなんて、車乗りなら絶対に目を疑うよ……。俺は自転車運転手の正気を疑ったけど。
『時すでに遅し』だった。急ブレーキを掛けても車は急には止まれない。
俺は自転車を大きく跳ねてその運転手の少年を車で轢き潰してしまったんだ。無事故無違反を20年近く貫いてきた真っ白な車体は少年の血で真っ赤に染まった……。
「う……嘘だろオイ…………」
俺はすぐに動き出せず車の中で呆然とした─────。