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ホラー

通勤地獄

作者: 古森 遊

「っ、蒸すな」


 いつも利用する地下鉄の駅への階段を降りながら、愚痴ともつかない呟きが思わず洩れた。

 今日は久しぶりの出社だ。新型コロナの影響でリモートワークが推奨されて久しい。ここ最近は、通勤電車の混雑もかなり緩和されていた。それでも梅雨の時期の地下鉄構内は、やはりむわっとするような空気に満ちている。


 すぐに電車がやって来た。前の人間の頭を見つめて並んでいたが、ふっと視線をホームに入ってくる電車へと移した。


なんだ?今日はやけに混んでるな。


 入ってきた電車は、コロナ禍以前のようなすし詰め状態だった。窓やドアに手をついて体を支える人、必死につり革につかまり体勢を整えようとする人、ポールに押し付けられて痛そうに顔をしかめる人。


おいおい、こんなに混んでて大丈夫なのかよ。


 心の中で動揺しつつも、到着した電車の扉が開くのを待つ。異常な混み具合とは対照的に、電車は静かに止まった。中からたくさんの人が降りてくる。ひと通り降りる人の波が過ぎると、前の人たちに続いて乗り込んだ。降りた人が多かったせいか、先ほどまでとは車内の混雑ぶりがかなり違った。俺はつり革につかまり、先程まで自分が立っていたホームを眺めた。


え?


ホームには全くひと気が無かった。


異様だ。ここは複数の路線の乗り換え駅なのだ。いくらこちら側の電車に人が乗り込んだとはいえ、先ほど降りた人たちや反対側のホームにいたはずの人たちも見当たらない。


まわりの乗客はホームの異常さに気づいているのだろうか?と、車内を見回して愕然とした。


誰もいない。


さっきまで感じられたざわつきも無く、静まり返った車内に俺ひとりだけが立っている。


それでようやく思い出したのだ。


もう、通勤電車は走っていないことを。


 コロナの第五波と呼ばれる感染爆発は、それまでとは比べられないほどの大きな被害をもたらした。特に第四波を乗り越えて活気を取り戻しつつあった都心の企業への通勤電車で、大規模なクラスターが発生したのだ。ひとつの沿線で起こったクラスターは、瞬く間に乗り継ぎの主要駅を介して広がり、感染者数の把握が追い付かなくなるほどだった。俺が前回の出社で乗ったあの電車。コロナ禍以前のように混んだあの車内に、複数の無症状感染者がいたのではないか?というのが後々の調査で明らかになった。


いや、もうどうでも良いことだが。



どうでも良いことのはずなのに。



 また駅にいる。

いつも乗る通勤電車を待っている。乗らなければ良かったと、死ぬ前に数えきれないほど後悔した、コロナ禍以前のように混んだ電車が、やって来た。


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― 新着の感想 ―
[一言] カクヨムさんで拝見しましたが、こちらにもおじゃまします。 通勤電車で何が起ころうともひたすらに会社に向かってしまう会社員の悲しき性……せめてもの自衛にマスクをしてみたり。 あのコロナ禍の時の…
[良い点] 後悔先に立たずという言葉がぴったりな作品でした。最初から最後までとても静かに読めたのですが、コロナの現状やこれからを考えてしまうので、読後にじわぁーっと来る作品だなぁと思います。考えさせら…
[一言] 今日も電車に揺られながら乗客の多さに怖くなりました。 まあでも私も電車に乗ってる訳で、周りの乗客の方も同じことを思ってるのかなあ……なんて。 いつ現実になってもおかしくないお話ですね。
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