魔王様行きつけのグルメ食堂【にっこり亭】
ある夜、自分は魔王だという女性にタダで焼き魚定食をご馳走してあげた。お金は持ってないって言うし、なんだかすごく憔悴しきった様子だったから。
そしてそれ以来、彼女は私の店にちょくちょく来るようになった。
「未智、焼き魚定食を頼む」
「またあんたか。魔界ってそんなに暇なの?」
「まさか。お前の料理を食べにわざわざ来てやったのだ。未智の味噌汁は国一つ分の価値がある」
「大げさな」
そうツッコミつつ、定食をカウンターに置く。小ぢんまりした閉店後の店内は、客が一人いるだけでも賑やかに感じた。
魔王なんて最初はまったく信じてなかったけど。
どうやら私の家のトイレが異世界との入り口になっているようで。たまに向こうの世界に飛ばされた時、魔法を使って戦う魔王を見て本当なんだなと納得した。婚約破棄されて自暴自棄になり精神を病んだアラサー女子じゃなかったんだなって。
「そういえば、あんた勇者に負けたんだっけ?」
「黙れ、哺乳類。私の靴を舐めて許しを乞うがいい」
「死ね。もう一回勇者にやられて屈辱を噛みしめながら死ね」
魔王は私のツッコミを無視して味噌汁をすする。その後で少し真面目な顔つきになった。
「初めて未智と出会ったあの日、勇者に負けてもう死んでもいいと思った。だが、お前の味噌汁を飲んだら、美味しくて思わず笑みが零れたんだ」
「そうなの?」
「ああ。この味噌汁を飲むためにもう少し生きてもいいかと思い直せた。だから、こう見えて私はお前に感謝している」
「……なんか、あんたが素直だとマジ怖いんですけど」
「そこでだ。貴様のためにこの私が一肌脱いでやろうと思う」
「どうやって?」
「こう見えて、私は守銭奴と言われるほど金にうるさくてな。この世界の貨幣価値や簿記・会計など勉強済みなのだ。だから、上手く法と税務署とやらの目をかいくぐり、貴様に富をもたらしてやろうぞ」
ふははははははっ、と魔王は高笑いする。私は今魔王が言った言葉の意味を一生懸命解読していた。
「それってつまり、脱税ってことっ? すんなこのバカ! 私の人生潰す気かっ」
「安心しろ。私の覇道に不可能の文字はない。やるからには完璧を目指す」
「やるなっつってんだろが! このクソ魔王!」
今日もこの【にっこり亭】に怒声と高笑いが響き渡る。
まさか近所の人達が両親を亡くした私を想い、二人のやりとりを温かい目で見守ってくれていたなんて。この時の私には知る由もなかった。