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第二章 始まりは偽物の香り(一)

 大学が夏休みに入る二週間前に左近に呼び出された。大学の前期試験は夏休み前にあるので、確実に前期の試験の単位をことごとく落とす結果が見えた。

 単位は留年してとればいい。手元に十万ユーロもあるので、来年の学費と生活費は親に頼らなくもいいだろう。失敗すれば手付金を返さなければいけなくなるかもしれないが、失敗は死と同義。つまり、成功しても失敗しても、大学生活には影響は出ない。


 死亡したときは、親に葬式を出してもらわなければいけないかもしれないので、一手間かかるかもしれないが。

 園芸店に偽装した車の中で、等々力は成り済ます対象となっている人間の調書を読む。


 対象者は三島・ジョセフ・ウリエルの息子、三島・アントニー・ウリエル。

 二人の顔写真を、最初に確認した。ジョセフ氏は少し茶色がかかった髪に、まだどことなくメリハリの利いた顔立ちに外国人らしさがある。だが、息子のアントニーは黒い瞳に、黒髪で、日本人にしか見えなかった。


 等々力は運転している左近に尋ねた。

「依頼人の息子さん、完全な日本人に見えるんですけど、本当にフランス人ですか?」

 時折、後ろを尾行している車がないかを確認しながら、左近が答えた。

「ジョセフ氏の父親はフランス外人部隊に入ってフランスに帰化した日本人なのよ。そうして、フランス人の奥さんと結婚してジョセフ氏が生まれた。ジョセフ氏の奥さんは、中国系イギリス人。二人は香港で知り合ったそうよ」


 フランス人のハーフと中国人の間に生まれた子供なら、日本人と見分けがつかないのは理解できる。だが、写真を見ると、アントニーと等々力とは、あまり似ていなかった。

 写真のアントニーは、いかにも魅力的で、利発な感じが漂っていた。背も等々力より五㎝は高い。趣味も、ロック・クライミングにスカイ・ダイビングと、スポーツ派だ。


 更に、アントニーは金持ちの息子に生まれたのだから、羨ましい限りだ。でも、妬みは禁物。なにせ、等々力は、これからアントニーに成り済まさなければならない。

(髪型は、左近さんにカットしてもらえば問題ないかな。身長差も五㎝なら誤差の範囲内ともいえる。顔の輪郭は俺のほうが少し太っているけど、俺の技量ならカバーできるかな)


 世の女性が等々力の心の声を聞いたら、自意識過剰だと等々力を笑うだろう。だが、実際に等々力が成り済まそうとすれば、信じさせられるのが等々力の才能だ。

 等々力は成り済ます自信はあったが、不安もあった。

(問題は、ウリエル家の内部にいる人間が誘拐犯と内通している場合。さすがに誘拐犯が誘拐成功だと思っても、内部の人間が本物はまだ家にアントニーがいると教えられれば、危機的状況に陥る)


 等々力は確認した。

「今回の影武者作戦をどこまで、ウリエル家の人間は知っていますか」

「父親のジョセフ氏とアントニー氏。ジョセフ氏の秘書のポールさんと、アントニー氏の執事の柴田さん。後は、アントニー氏を護衛する役目の人間。捜査、奪還をするPMCの人間も、知っているわ」


 なんだか、事情を知る人間が多すぎる気がする。情報が漏れていないか不安になった。

 不安を打ち消すために、等々力は念を押した。

「けっこう大勢の人間が影武者作戦を知っている経緯になりますが、作戦の漏洩はないですよね」

 左近が気楽に返した。

「たぶん、大丈夫でしょ。作戦が漏れていても、等々力君にとっては問題ないわ。相手が影武者だとわかっていれば、襲ってこない。つまり、安全なわけよ」


 誘拐する側にしてみれば、偽物相手に手間暇を掛けて襲いはしないだろう。影武者には価値がない。作戦が漏洩していれば、むしろ危険なのは、アントニー氏のほうだ。

「作戦中、本物のアントニー氏は、どこにいるんですか? アントニー氏の警備のほうは?」

「それは等々力君が知らなくていい情報だと思うわ。悪いけど、仕事の内容上、等々力君にも全容を教えるわけにはいかないのよ。最悪、等々力君から情報が漏れて作戦が失敗する危険も、あるわけだし」


 等々力を完全に信用していないと聞いて少し安心した。等々力すら信用しないのなら、他の人間にいたっては、もっと信用していないはず。だったら、うっかりミスでの失敗はないと思っていい。

(あれ、そうなると、俺の行く手は、銃撃戦コースなのか)

 等々力は不安を封じるように思い直した。

(銃撃戦の心配はないよな。いや、ないだろう。なんたって、ここは日本だ、ハリウッド映画張りの銃撃戦は起きない)


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