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第一章 ああ素晴らしきはニッチ産業(五)

 左近は普段、滅多に出さない、非常に女性らしい陽気な声を出した。

「お待たせしまたー。仕事、入ったよー」

 左近はとても機嫌がよかった。機嫌がよいというより、異常にハイになっていた。

(昼間から酒を飲んでいるのか。しょうがいない人だ)


 左近は等々力に椅子を勧めると、正面に座って仕事の内容を切り出した。

「今度の仕事は、お金持ちのご子息様の影武者よ。依頼人は羽振りがいいから、報酬もいいわよ。張り切って仕事しようー」

 現在の時間は午後二時。左近の様子からして、昼前から飲んでいるのではないかと思う。

 昼間から酒を飲んでいるなんてダメ人間だと思うが、等々力も別な意味でダメ人間だと自覚があるので、説教をする気がない。


 人に優しく、自分に甘くが、等々力のスタイルだ。

 等々力は左近とまともに話ができるかと、不安に思った。とはいえ、疑問に思った点を掘り下げねばと感じた。


 前回は仕事の背景を聞かなかったために、死神が見えそうになった。

「左近さん、ちょっと待ってください。お金持ちの影武者ならわかります。どうして、その息子の影武者なんですか? 仕事の背景を、もう少し教えてください」


 左近が酔っているせいか、楽しそうにサラリと発言した。

「実はね。お金持ちの息子さんが狙われているらしいのよ」

 いきなり、危険な香りがしてきた。狙われている人間の影武者なら、護衛が付いていても犯罪に巻き込まれる可能性が考慮される。

 等々力はすぐに確認した。

「安全は確保されていますか? 警備の規模は、どうなんです」

「ザルよ」


 等々力は一瞬、左近の言葉の意味がわからなかった。

 左近は等々力が理解できなかったとわかったらしく、補足した。

「だから、警備体制がザルなのよ。つまり、狙われたら、防ぎようがない。正確には、狙われたら防がない」

「ちょっと、待ってくださいよ。なんですか、その仕事。そんなの、危険だらけじゃないですか。俺に危険な目に遭えって言うんですか」


 左近は明確に断言した。

「うん、その通り」

 等々力が絶句すると、左近が言葉を続けた。

「そんな顔しないでよ。今から仕事の内容を詳しく説明するから。今回の影武者仕事は対象に成り済まして、誘拐されるまでが仕事なのよ。誘拐されて、誘拐を企んだ人物が誰かを探らせるのが目的なの。どう、意外と簡単でしょう」


(『意外と簡単』の意味がわからないよ。犯罪に巻き込まれる可能性がある仕事ではなくて、犯罪に巻き込まれる仕事だって)

 酔っ払って判断力がなくなっていると思われる左近と違い、等々力は素面だったので、すぐに断った。


「誘拐されて黒幕を探る仕事って、影武者の仕事の範疇を超えていますよね。俺は素人ですよ。誘拐された後、誰が黒幕か探って安全に脱出するって。スパイ映画の世界ですよね。そんなの無理ですよ。元CIAとかMI5とかモサドのプロを探して頼んでください」


 左近は、なぜか笑いながら諭した。

「何を言っているの、等々力君。貴方だって影武者役のプロでしょ。こういう仕事は、分業でやるのよ。ジョイント・ベンチャーってやつよ。一人でやれなんて言わないわ。ちゃんと捜査のプロと救出のプロは別に雇うから」


 分業といっても、リスクは分散されていない。捜査のプロと救出のプロは、失敗すれば、お金が入らないだけ。でも、等々力は話の流れによっては殺される危険性が存在した。

「分業なのはいいですが、左近さんがいうプロって、信用できるんですか? どちらも、警察を定年退職した、お爺ちゃんが二人だけって状況にはならないでしょうね」

「もう、大丈夫よ。ちゃんとした、その道のプロだから」

 等々力は、すぐに左近が「その道のプロ」について詳細に説明しようとしなかった態度に引っかかった。


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