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第一章 ああ素晴らしきはニッチ産業(四)

 動物園の仕事から一週間が経った。

 左近から呼び出しがないと仕事はない。時間が空いたので、等々力は大学で睡魔と闘いながら呪文のような第二外国語の講義を聴いていた。


 影武者の仕事は一度、始まると、長期間拘束になる情況もあると聞かされていた。なので、仕事がない日は大学で講義を聴かないと、単位が足りずに卒業できない。

 大学は四年で卒業できなくてもいいと、心のどこかで思っていた。むしろ、留年して期限一杯の八年間在籍していたいのが本音だ。

「働かないで、ブラブラしていれば、ニート。でも、大学生の肩書きがあれば学生だ」が等々力の持論だった。


 昼になり、大学生協の学生食堂で独り、一番安いコロッケ定食で食べる。

 コロッケ定食は本来であれば存在しないメニュー。刻んだキャベツにコロッケが二個ついた単品のコロッケ。同じく単品で、大盛りライスと味噌汁を併せて注文しただけ。

 学生食堂ではライスが大盛りでも普通盛りでも、値段は変らない。なので、貧乏大学生の間では、前者の組み合わせをコロッケ定食と呼んでいた。


 一緒に飯を喰う友人は等々力にはいなかったが、別に気にならなかった。高校時代、等々力は人を欺ける才能のおかげで人気者だった。人気者になって学んだ教訓もあった。

 左近にエア・マスターと呼ばれる才能だが、嘘は時間が経てば必ず露見する。

 嘘で得た物は必ず失う。


 嘘が大きければ大きいほど、得たものが大きいほど、等々力の中の虚無感は大きかった。また、友人だと思っていた人間が離れていった結末にも、心を痛めた。

「世の中、正直に生きるべき」と教訓を得たはずだったのだが、人間とは学習するようでしない生き物。


 大学に入って一年も過ぎれば、性懲りもなく能力を使いたくなった。そんな時に会ったのが左近だ。

 学食を独りで食べながら「こんなに暇なら、他のバイトの面接でも行こうか」と考えていると、携帯電話に件名も内容もない空メールが入った。


 空メールは左近からの仕事の依頼。等々力はいつも使っている携帯とは別のスマート・フォンを取り出し、架空人物のWEBメールにログインした。

 WEBメールのメール作成画面から、下書きフォルダーに、左近の事務所に行く時間のみ入力した。

 架空WEBメールのログインIDとパスワードは、左近も知っている。左近が等々力の書きかけのWEBメールを開けば、等々力が事務所に行く時間がわかる。


 スパイでもあるまいし、なんで面倒臭い方法を採るのだと疑問だった。とはいえ、左近は雇い主であり、連絡方法はこうしろと指示するのなら従うのみ。

 左近の事務所は雑居ビルの三階にあった。入口の扉には《鈴木・田中・エージェンシー》の看板が小さく出ていた。なぜ、左近が、一見ありそうでいて、一般人にはいったい何をする会社なのかすぐにわからない会社の看板を出しているのかは不明。


 でも、仕事が来るのだから案外、業界では有名なのかもしれない。もっとも、影武者業界なんて聞いた記憶がないし、職安やアルバイト情報誌の求人欄で見る将来もないだろう。

 事務所の扉はワン・タイム・パスワードを使用したテン・キー入力になっていた。

 等々力はスマート・フォンを取り出し、アプリの一つを起動させた。

 アプリ画面の「パスワードを取得する」を選択した。画面に六桁のパスワードが表示された。スマート・フォンに表示されたパスワードを扉のテン・キーに入力した。


 扉がピーという音が鳴り、鍵が外れた。

 中は二十畳ほど空間があり、ソファーやテーブルが置かれていた。簡単なオフィスの備品はその気になれば、今晩にも夜逃げして姿を消せそうなくらい、必要最低限しかない。

 部屋にカーテンはないが、窓には目隠しのフィルムが張られていた。なので、外からは中が見えない構造になっていた。部屋の隅には小さな流し台がある。


 部屋の右側には『所長室』と『メイク室』と書かれている扉があり、左側にはトイレがあった。

 等々力は入ってきてすぐに部屋に充満する酒の匂いを嗅ぎ取った。

 部屋のテーブルの上には何本もの酒瓶が転がっていた。所長室のドアが開いて、左近が部屋から出てきた。


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