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第六章 世にも困った共同戦線(一)

 仕事を終えた翌日、すぐに旅行代理店に行って休暇先を探そうと、家を出た。家を出るときに左近がいないかを確認して、バスに乗った。

 犯罪者気分で常に誰かに見張られていない気を配った。尾けられていないか注意した。

 旅行代理店に着いた。旅行代理店に入ろうとして、自動ドアが開くと、左近が待っていた。


 もう、ホラー映画の世界に迷い込んだのかと思った。

「等々力君、どこに行くの」と、左近がとても涼しげな顔で聞いてきた。

 悲しい言い訳をしてみた。

「お金が入ったので、その、美味しいものでも食べに行こうかと思いまして」


 左近が普段は見せない爽やかな女性らしい笑顔で提案した。

「美味しいものが食べたいなら、私がご馳走するわよ」

 断りたかった。だが、断れば、より危険な目に遭いそうな空気が微かに漂っていた。

 どう危険かはわからない。護身術を極めて達人の域に達すれば、自然と危険な道がわかるという類の科学では説明できない感覚だった。


 等々力は嫌々ながら左近に従いて行くしかなかった。

 左近が車に乗ると、何も聞いてもいないのに話し出した。

「次の仕事だけど――」

「ストップ。一度、休ませてください。お金があっても、使えなかったら、意味がないです」


 左近は車を運転しながら、自然と等々力の申し出を流した。

「それは困るわ。次の仕事は、前の仕事の続きなのよ。顧客のアフター・フォローよ。だから、きちんと、こなしてもらわないとね。大丈夫、危険はないわ」

 左近の「危険はない」と、政治家の「信用してください」ほど、この世に信用できない言葉はない。


 左近は聞きもしないのに、内容を説明していった。

「リーさんの組織と軍曹の組織が和睦したでしょ。そこで、食事の席が設けられたのよ。等々力君はリーさんの影武者として、食事会に出席して欲しいのよ」

 犯罪者組織同士の親睦会なんて出た経験はないし、出たくもなかった。等々力は無駄だろうと思っても遠回りに断った。


「リーさんの組織の人も来るんでしょう。組織の偉い人から広東語で挨拶されて、返事できないと、リーさんの立場上、まずいですよ」

「問題ないわ。出席者は三人だから。リーさん、軍曹と、あとは和睦を仲介したフィクサーのファルマ氏だけよ」


(出席者が三人だけの食事会? 絶対に、ただの食事会じゃないよ。フィクサーと犯罪のプロが二人って、必ず仕事の話になるに決まっている。下手したら今度は軍曹と一緒に、仕事させられる。そしたら、今までの嘘が全てばれる。軍曹はきっと激怒するだろうな)


 等々力は全く乗り気ではなかった。一応、予防線を張ってみた。

「いいですけど、仕事の話になったら、どうするんですか、断ってもいいですか?」

「成り行きしだいだけど、断ってもいいそうよ」

(おかしい。左近さんが素直すぎる)


 等々力が疑っていると、街中と郊外の中間地点で車が停まった。左近がリーのウィッグを取り出して、等々力に渡した。

「食事会のお店は、通りを真っ直ぐ五百mくらい歩いたところにある、上海料理屋よ。予約はファルマ氏の名前で予約してあるから」


 左近から聞かされた上海料理屋の名前は、聞いた覚えがあった。高級な上海料理を比較的リーズナブルな値段で提供してくれる、ちょっとお金のある主婦層に人気の中国資本のお店だ。

 一度は行ってみたいと思ったが、リーが絡んで来るとなると、事情が違う。おそらく、実態は中国系犯罪組織が会合やマネー・ロンダリングに使われている店の気がする。


 等々力はウィッグを被ると、車を降りた。指定された上海料理屋に向けて歩き出した。

 上海料理屋がある通りは、街でも少し裕福な人が暮らすマンションに近い場所にあるので、静かだ。

 有名な上海料理屋の他にも隠れ家的なビストロが何軒かある。

 歩きながら視線を巡らすと、開店時間の早いフランス料理、イタリア料理の店は開き始めていた。街は平和そのものだ。


 静かな通りの中に一見、派手な赤い大きな門がある建物が見えてきた。目的の上海料理屋だ。入口のメニューを見ると、一番安いランチのコースでも四千円となっていた。

 上海料理屋の中に入ると、十二時前にもかかわらず、一階の八十席は満席状態だった。

 客層は上品なご婦人と、お洒落をしたカップル。普段の等々力なら一人では入り難い雰囲気の店だった。


 受付でファルマ氏の名前を出すと、二階にある個室に通された。二階に続く階段の前には、店のスタッフが立っていた。間違ってお客が上にいかないための措置だ。

 部屋に通された。すでに、ガニーが席に着いていた。ガニーはラフな格好をしているので、店の雰囲気から少し浮いている。だが、等々力もデニムのパンツに綿のシャツに薄い麻のパーカー羽織った格好なので、似たり寄ったりだ。


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