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第五章 読み合いの末に(七)

ガニーの指示に従うと、ガニーがゆっくりと歩いてきた。

 等々力は心の中で数えた。

(あと、五m、四m、三、二、一)

 あと三歩で、隠れているリーから狙撃可能な位置に来る。もう、少しと思ったところで、ガニーは停まった。

(くそ、あと三歩なのに、さすがはプロといったところか)


 ガニーはどうやら辺りを警戒しているらしい。けれども、空のオフィスには人が隠れる場所はない。あるとすれば事務机の中くらいだが、散々弾を撃ち込んでいる。

 窓からは街の灯りが見えるが、本物リーは気配を消して、百五十m先に隠れている。いくらガニーでも百五十m先の人間が感知できるわけがない。


 確実には近づいて、殺せる距離から頭に弾を撃ち込めば、勝利なのは明白。だが、リーに危険を感じる能力があったように、ガニーにもプロの勘が危険を伝えているのだろう。

 ガニーの空気が少し変わったように感じた。

 ガニーが静かに問い掛けてきた。

「一つ質問いいか? 鷹には、目がいくつある?」


 等々力の心臓が高鳴った。鷹に目が二つある事実は、子供でも知っている。

 ガニーは等々力の成り済ましを信じた。その上で、リーは二人いるとの結論をガニーは出した。ガニーがリーについて知らなさ過ぎたがゆえの誤算だった。


 素性不詳の存在なら、姉妹もしく、女二人組で鷹の目リーを名乗っていると想像できない理由もない。二人いるからこそ、情報が入り乱れて素性不明。本来なら完全に誤った結論なのだが、ガニーは誤った結論から、危険を寸前で回避した。


 床に寝そべる等々力に軍曹が冷たく「答えろ」と問い掛けてきた。

 誤魔化すために、ゆっくりと、はっきりした口調で漢詩を詠んだ。

 漢詩は、高校時代に完全に国語の先生の趣味で覚えさせられた詩だ。


素練風霜起(それんそうふうおこり) 蒼鷹畫作殊(そうようがさくなり)

 竦身思狡兔(そびやかにしてこうとをおもい) 側目似愁胡(そばだててしゅうこににたり)

 絛施光堪摘(とうせんひかりつむにたえ) 軒楹勢可呼(けんえいいきおいよぶ)

 何當撃凡鳥(いつかまさにぼんちょうをうちて) 毛血洒平蕪(もうけつへいぶにそそぐ)


 ガニーには意味がわからず問い返した。

「どういう意味だ」

 注意を逸らさせるために、漢詩を詠んだだけ。特に意味はない。ただ、リーなら何か適当な漢詩の一つでも述べて、この世を去ると思ったから詠んだ。


 等々力は挑戦的に言い放った。

「お前にもわかるように、日本語で詠んだね。言葉の通りよ。わからないなら、帰って杜甫の畫鷹(がよう)を調べるといいね。芸は身を助けるよ」

 ガニーが無意識なのか三歩進んだ。

(よし、今だ。リーさん、ガニーを仕留めて!)


 インカムを通して、リーからのんびりした声で伝言が入った。

「お前が詩を詠んでいる間に、組織から連絡あったね。作戦中止。軍曹は撃たないよ。お前も抵抗する、よろしくない」

 等々力は脳幹が急速冷凍される思いだった。

(そんな、今さら撃たないって、困るよ。こっちは頭を撃ち抜かれる寸前なのに)


 等々力は焦った。するとガニーが苦々しく発言した。

「芸は身を助けるとは、よく言ったものだな。全く運のいい女だ」

 ガニーはそのままゆっくり出口に向かって歩いていった。

 全く事情がわからなかった。ガニーがいなくなったので、「軍曹が帰っていった」とリーに伝えた。


 リーが平然と述べた。

「そうか、どうやら、軍曹にも連絡が入ったようね。ウチと向こうの組織、停戦したよ」

 戦いがなくなったのなら良かったが、タイミングが良すぎる。誰かの作為的な意図を感じてどうにも落ち着かないが、詳細は不明だ。


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