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第四章 誘拐事件決着(六)

 とんでもない事態になった。今回の仕事はさすがに辞めたいが、断る理由が欲しい。

 等々力は歩いていて、新築マンションの前を通りかかった。何気なく看板が目に入った。

 新築マンションは売り出し中。売れ行き好調らしく、売却済みを示す花が八十%以上に付いていた。ただ、最上階は値段設定が強気なのか、まだ残っていた。


 一度は、新築マンションの前を通り過ぎたが、戻ってきてマンションの中に入った。

 ジーンズを穿いた大学生が入っても、誰も対応に出なかった。等々力は「すいません」と声を上げた。でも、もう一度はっきり声を出すまで、対応してくれる人間が出てこなかった。

 もう一度、声を出す。すると、不動産会社の紺の制服を着た、大学を出たてと思われる年代の丸顔の女性の販売員が出てきた。


 等々力は家電量販店で家電でも買うような感じの声で聞いた。

「一番上の六千万円の部屋って、まだ、余っていますか」

「はい、六千七百万円の部屋でしたら残っていますが」


 対応は丁寧で笑顔だが、女性販売員が明らかに「冷やかしなら、帰れ」と言いたげな空気を出していた。当然の反応だ。

 等々力は全く気にしなかった。マジック・テープの二折り財布から、作ったばかりのブラックカードを取り出して「このカード、使える?」と聞いた。

 次は明らかに女性販売員が怪訝(けげん)な顔をした。

(それは、そうだろう。マンションの部屋をカードで買う大学生なんて来たら、俺でも怪しいと思うよ)


 だが、これでハッキリする。もし、カードが偽物なら、左近は等々力から詐欺的手法で十万ユーロを巻き上げた事実になる。

 抗議しても十万ユーロは帰ってこないかもしれないが、仕事は断る理由になる。

 女性販売員は「少々お待ちください」と上司に相談しにいった。待つこと、五分、等々力にとって悪い事態がやってきた。


 明らかに支店長クラスと思われる年配の男が出てきて「失礼しました、すぐにご案内いたします」と挨拶してきた。

 支店長は頭を下げて、両手でカードを等々力に返した。

 念のために「カードを使えるの」と聞くと、「もちろん、使えます」と答が返って来た。

 左近の紹介した金融機関は、本物だった。同時に、カードの上限額が六千七百万円以上ある事実も証明された。


 等々力は、そのまま最上階の部屋を見せられた。

 支店長は色々説明しようとしたが、説明を停めさせた。

 等々力は中をざっと見て「思ったより狭いな」と聞こえるように口にした。

 等々力は支店長に向き直り「やっぱり、いいです。思ったのと違ったので」と断った。


 支店長はすぐに「当社で扱うもっと広い物件をご案内しましょうか」と申し出た。

 等々力はアントニーで学んだ金持ちの空気を纏った。

「必要ないですよ。ちょっと、気に入った場所にあったから、空いていたら買おうかなと思っただけです。場所がここじゃないなら、もう他にも三軒も持っていますし。こういう買物って、その時その時のノリで決めるものでしょう」


 支店長は畏まって名刺を取り出して頼んできた。

「さようでございますか。では、また御必要の際には是非ご連絡ください」

「うん、また、気が向いたらね」

 等々力が新築マンションの販売場を出るときには残っているスタッフ一同が礼をして見送ってくれた。明らかに上客扱いの対応だが、いい気はしなかった。


 スタッフ一同のお見送りがまるで、等々力の乗る霊柩車を見送る葬儀の一シーンと重なって見えた。

 とはいえ、これで報酬三百万ドル・クラスの仕事が本当に存在する依頼だと、明らかになった。

 軍曹の「覚えておけ、ジョルジュ、もし、お前を殺す仕事が来たら、真っ先に受けて、お前を地獄に叩き落してやる」のセリフが頭に蘇った。


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