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第三章 誘拐事件迷走(六)

 次の日の昼になっても、ランスやガニーも一度も顔は見せなかった。何かが起きたはずなのに、何も動きがないと、それはそれで、不安になった。

 ひょっとして、ランスやガニーは等々力を放置して逃げたのではと思った。床に耳を付けると、時折は人が動く気配がするので、放置して逃げた可能性も消えた。


 階下の音や外の音を聞き漏らさないように、テレビを消した。部屋にはつまらない雑誌が用意されていたので、雑誌を眺めながら、外の音に気を配った。

 そのまま、夜になると、昨日と同じくらいの時間に、ランスの怒鳴り声が下から聞こえてきた。車が来た気配がなかったので、また電話だろう。


 どうやら、トラブルは続いているか、悪化しているようだった。黒幕が徐々に追いつめられてきているのなら、良い傾向だが、詳しく状況を知る術がない。こっそり、盗み聞きしているので、ランスやガニーに探りを入れるのも躊躇われる。


 次の日の夜も同じ時間帯にランスが怒っている声が階下から聞こえてきた。だが、ランスはすぐに黙った。雰囲気から推測して、怒りを通り越して「何を言ってもダメだ」的な感じに聞こえた。

 事件は明らかに伸展しているが、等々力にとっていいほうに進展しているのか、悪いほうに進展しているのか皆目、見当がつかなかった。


 四日目、昼過ぎに車が停まる音がした。音からいって、車は一台。車はすぐに隠家から去った。しばらくして、誰かが階段を上がってくる音がした。

 扉を開けると、銃を持ったガニーだった。ガニーはとても不機嫌な顔をしていた。

 等々力は不安な気持ちが顔に表れないように気をつけて、気さくに声を掛けた。

「やあ、軍曹。久しぶりだね。何か、いいことでもあったかい」


 ガニーがポケットに手を入れて、スマート・フォンを投げて寄こした。

「ボスがお前に話があるそうだ」

 等々力はスマート・フォンを受け取ったが、内心「まずいな」と感じた。もし、電話の目的が会話ではなく、声紋を採取して照合するなら、影武者がばれる。

 かといって、ここで電話に出なければ怪しまれる。

(ええい、こうなれば、なるようになれ)


 等々力は半ば自棄(やけ)になって電話に出た。

「アントニーだけど、誰?」

 電話の向こうから左近の声がした。

「あ、等々力君、元気にしていた」


 等々力は思わず素で驚きの声を上げそうになったが、自制した。

(誘拐犯のボスが、左近さんだった。うわー、この展開は予想してなかったわー)

 左近は等々力と入替えにアントニーを連れて出て行った。左近が誘拐犯側の一味ならアントニーの誘拐は確実に成功しているだろう。


 しかも、等々力を誘拐させる状況を作り、等々力もきちんと回収できる。誘拐するとしたら完璧に近い手口だ。

 おそらく、ランスもガニーも、等々力が影武者であり、実はボスの手下だとは思いもしなかったのだろう。


 等々力が絶句していると、左近がいたって普通の口調で命令してきた。

「まず、アントニーを続けたまま、人払いをしてくれるかしら。これから等々力君の命に関わる重要な話をするから」

 等々力はすぐに不審に思った。

(あれ、なんだろう、左近さんは誘拐犯のボスじゃないみたいだな?)


 状況が全く理解不能だったが、命に関わると言うなら、聞かないわけにはいかない。

 等々力は電話を口元から離すとガニーに頼んだ。

「軍曹、悪いけど席を外してくれないか。君のボスは、僕と二人だけで話がしたいそうだ。それと、天井の監視機器を止めてくれるかな。音声を拾われると、困る。電話が終ったら教えるよ」


 ガニーは等々力の指示に不満を隠さなかったが、黙って階段を下りていった。

 ほどなくして、天井の監視機器の緑色のランプの点灯が消えた。

 等々力が電話に出て小声で話した。

「左近さん、人払いしましたけど、いったい何がどうなっているんですか、さっぱりわかりませんよ。説明してください」


「最初に言うけど、次の仕事が入ったわ」

「はあ?」思わず声に出してから、すぐに小声で食って懸かった。

「いやいやいや、待ってください。今、俺、仕事の真っ最中ですよね。しかもまだ、救出されていないんですけど。いくら俺でも、体は一つですよ」


 左近は少し砕けた口調で会話を続けた。

「今の仕事は、もうすぐ終るのよ。それで、そのまま、次の仕事に入って欲しいの。っていうか、次の仕事って、今の仕事の延長みたいもんだから」

 等々力は全く理解できないでいると、左近が告げた。

「実は誘拐犯のボスの影武者を引き受けたのよ」


 さすがに今度は叫びそうになったので、すぐに口を押さえた。

 等々力は反射的に入口に背を向けた。

「左近さん、何を言っているんですか、被害者と加害者に、同時に成り済ますのは無理ですよ」

「まあ、話を聞きなさいよ。実は誘拐事件の黒幕がアントニーさん叔父、つまりジョセフ氏の弟のジョルジュ氏だったのよ」


 恨みを持つ人間が肉親だった。別に有り得ない話ではない。でも、なんで、影武者が必要なのかは不明だ。

 等々力の疑問をよそに、左近が話を進めた。

「掻い摘んで話すわね。実は、PMCの人間は黒幕の捜査に失敗。同時に等々力君の位置も見失って救出に失敗したのよ。つまり、本当なら、事件はジョルジュ氏の企みどおりにいくはずだった」


 左近の話はさっぱりわからない。PMCの人間が失敗したなら、ジョルジュの電話をどうして左近が使っているのか、説明が付かない。


 等々力が混乱していると、左近が意外な結末を口にした。

「ジョルジュ氏が黒幕だと突き止めたのがPMCの人間ではなく、アントニーさんと柴田さんなのよ。そこで、アントニーさんが、ついさっき、直接ジョルジュさんの所に乗りこんだの。そこで、お父さんに真実を教えずに事件を闇に葬る条件で、ジョルジュ氏と取引したわけ」


(アントニーの奴、てっきり潜伏していると思ったら、事件の捜査をしていのかよ。しかも、直接、犯人を捜して乗り込むって、どこまで大胆かつ有能なんだ)

 ランスが怒っていた理由が、朧げに理解できた。


 ランスとガニーが所属するグループは、PMCを退け、誘拐が成功したと思った。そうしたら、予期しない場所から、謎の勢力に反撃を受ける。誘拐グループは混乱、情報は錯綜。

 遂には、依頼人がおかしな発言を始める。ランスとガニーのグループは攻撃されているにも拘わらず状況が把握できず、振り回される。そうしている内に、迂闊(うかつ)に動けなくなった。おそらく、こんなところだろう。


 左近の説明が結論に入った。

「アントニーさんとジョルジュ氏の取引は結果として、ジョルジュ氏と誘拐犯が所属する組織との間に深い溝を作るのよ。こうなって来ると、報復があるかもしれないわけ。報復を怖れたジョルジュ氏に、アントニーさんが私を紹介してくれたのよ。それで、影武者の仕事が来たの」


 等々力は歯噛みした。

(なんだとー、アントニーのやつ、俺に凹まされた仕返しをしてきやがった。しかも、仕事の依頼の形を採っているなら、金額次第で左近さんが引き受けるのを、確実に見越してやがる。かといって、断ったら俺の命が危ない)


 等々力の脳裏に、アントニーの意地悪な笑顔が浮かんだ。

 等々力が二の句を告げないでいると、左近が気楽に会話を締め括った。

「もちろん、交渉は一人でやらせないわ。ジョルジュの秘書の肩書きで、誘拐依頼の残金を持って、私も今から、そっちに行くから。そういうわけで、ジョルジュ氏の顔写真と調書を送るわね。私が到着するまでに、目を通しておいてね。私が現場に着いたら誘拐犯の現場指揮官であるガニーと交渉開始ね」


「え、あ、ちょっと――」

 等々力が何か言う前に、電話は切れた。

「えらい、ことになったぞ」


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