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第三章 誘拐事件迷走(三)

 宙吊りで飛ぶこと約三十分。高度が下がり始めた。視界の先に原野に停車するジープ型の車が見えた。ヘリからジープ型の車に乗り換えるらしい。

 車が地面に降ろされる、ヘリのドアを開けて二人組みの男が下りてきた。一人は若い、長髪の白人で、サングラスを掛けていた。


 もう一人が、丸坊主で厳つい顔をした中年の東洋人男性。中年の男といっても体格は明らかにがっしりしていた。アメリカ海兵隊にいると言われても、違和感がない男だ。海兵隊男は軍用ライフルを持っていた。


 二人を下ろすと、ヘリはすぐに大きな音を立てて方角を変え、飛んで行った。

 若い男が英語で下りろと命じたので、等々力は半分になった車から降りた。

 若い男が何かの機械を等々力の体に隈なく当てて、探し物をする。すぐに、腕時計に気がつき、腕時計を外して踏み砕いた。腕時計には発信機が付いていたのかもしれない。


 等々力は腕時計を壊されるのを黙って見ていた。とはいえ、心の中では「俺を捕捉する手段って、携帯電話と腕時計だけではないよな」と不安だった。

 最後に、等々力がしていたサングラスを剥ぎ取った。若い男が等々力の顔を見て、口端を歪めた。

 若い男が海兵隊男を「ガニー」と呼んで近づいた。若い男はガニーに英語で話しかけていた。


 英語は早口で、よく聞き取れない。どうやら、若い男はガニーと呼ばれる男に「あれ、こいつ、写真で見たのと少し違うんじぇねえ」と言ったニュアンスで話しかけていた。

 ガニーは若い男の言葉を黙って聞きながら、等々力を鋭い視線で見詰めていた。

 再びピンチが訪れた。エア・マスターの能力は対象とした人物の空気を纏う。なので、対象と頻繁に遭っている人間ほど騙されやすい。


 逆に、写真や静止画でしか見た経験がなく、影武者に対する情報が少なく、最初から疑って懸かって来る人物は最も厄介だ。

 ガニーがなおも話し続ける若い男を「ランス」と呼び、黙らせた。

 ガニーが疑わしげな視線を等々力に送りつつ、英語で話し掛けてきた。


 英語は少しはできるが、会話は自信がなかった。おそらく、アントニーは英語を話せるはず。等々力は完全に運任せを決め、日本語で声を掛けた。

「ああ、悪いけど英語は理解できないんだ。フランス語も話せない。つまり、君たちは人違いをしている。そういうわけで解放してもらえるかな、軍曹」


 ガニーはおそらく偽名。軍曹と呼んだのは、海兵隊の軍曹の略称がガニーだからだ。

 ガニーよりランスが怒った顔をして英語でどなり散らすが、さっぱりわからない。

 おそらく、「馬鹿にしやがって」的な発言をしたあと、スラングを連呼して脅迫しながら罵っているのだとは思う。


 等々力は手を下に向けて手の平を上下させ、フランスで「落ち着いて」のジェスチャーをした。ランスが等々力の態度が気に障ったらしく「フロッグ」や「ジャップ」を絡めて、マシンガンのように早口で罵った。


 フロッグはフランス人の蔑称なのは知っているが、早口の英語は聞き取れない。何を言いたいのかはわかるが、何を言っているのかが皆目わからない状況になった。

 アントニーなら、黙って言われっぱなしにはならない。かといって、等々力は言い返すほど英語が達者でなかった。

(何も言わないと、アントニーではなくなる。まずいな、でも、なんて言い返せばいいかわからないよ)


 言葉がわからないなら、態度で示そう。

 等々力は英語がわからないというように、どこまでも上品に澄ました表情を作るよう心がけた。次に、ランスを小馬鹿にしたように、人差し指で顳顬(こめかみ)の辺りをクルクル廻す動作で返した。

 ランスがついに怒ったのか、喚き散らしながら、殴りかからんとばかり近づいてきた。

(あ、やりすぎたか)


 等々力は喧嘩腰で構えていたが。近づいてくるランスを内心、怖れていた。

 ランスの拳が届く距離まできた。すると、ガニーが黙って銃をランスに向けて「ランス」とだけ、低く強い言葉を発した。


 ガニーの声にランスが振り向いた。ガニーは銃を下ろさず、ゆっくりはっきりした口調で「Shut the fack up(黙れ)」とランスに命令した。

 ランスはガニーに怒らせまいと黙って下がった。


 ガニーが険しい口調だが、日本語で尋ねてきた。

「ふざけた真似は許さねえ。さっきは日本語で話したな。日本語なら確実にわかるんだろう。お前は、三島・アントニー・ウリエルか?」

 等々力は、ガニーの発音が英語に近かったため、柴田の発音とは微妙に違ったのに気がついた。等々力は柴田の綺麗な発音を思い出して、名前だけフランス風の発音を心がけて名乗った。

「三島・アントニー・ウリエルではなく、三島・アントニー・ウリエルだよ」


 ガニーが無表情で、銃を下向けて一発、発砲した。

 銃弾は等々力の足元に音を立てめり込んだ。等々力は危うくよろめきそうになった。されど、纏ったアントニーの空気が等々力の体を支えた。

 等々力は恐れを封じて発言した。

「OK、軍曹。悪かったよ。発音は英語、フランス語、日本語どちらでもいい。アントニーと呼んでくれ」


 ガニーは銃口で車を指して、等々力に命令した。

「アントニー、早く車に乗れ。もたもたするな」

 ランスが、まだ等々力をアントニーと似ていない点が気になるらしく、チラチラと等々力を見ていた。ランスがガニーを怖れつつ、控え目に「Are you all right really(本当に大丈夫ですかね)」と確認した。


 ガニーは怒った口調で「Who blame(誰のせいだ)」と返すと、ランスは黙った。

 ガニーの考えは理解できる。ガニーも質問したかったが、ランスの無駄口のおかげで、車の乗り換えに時間を喰った状況になっていた。


 誘拐が成功した後に、時間を浪費すれば逃走の時間を潰す。追っ手が懸かるなら、時間は貴重だ。もし、誘拐したアントニーが偽者だとしても、逃走しない訳にはいかない。

 誘拐したアントニーが本物かどうか確認する決め手がない条件下で、真偽判定に時間を費やすのは無駄だと判断も働いたと見ていい。


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