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第二章 始まりは偽物の香り(三)

 アントニーが遠慮なく等々力に顔を近づけて、独り感想を漏らした。

「これが、僕の影武者かい。あんまり似てないね。僕のほうがもっといい男だと思わないか、柴田」

 柴田と呼ばれた、女性執事が冷静な口調で返した。

「私も、坊ちゃまと同意見ですが、彼は影武者のプロと聞いております。今までに、タンザニア人やエチオピア人に成り済ましたか実績があるとか」


 等々力は黙って柴田とアントニーの視線に耐えていたが、内心はうろたえた。

(左近さん。そんな嘘を吐いて仕事を取ったの。タンザニア人やエチオピア人に化けたのは、前任の人だよね。俺、まだこの仕事、二回目だよ)

 等々力は平静を装ったつもりだった。


 柴田が何かを感じ取ったのかいきなり無言で握手を求めてきた。

 等々力が握手を返すと、柴田が事務的口調で尋ねてきた。

「貴方、嘘を吐いていますね。タンザニア人に成り済ました経験も、エチオピア人に成り済ました経験もないですね」


 いきなり、ばれたと思った。だが、咄嗟に「そんなことありませんよ」と答えた。すると、柴田が突如、握手の手を離して等々力の手首を掴み、等々力の手の平を舐めた。

 手の平を舐めた柴田が鋭い目つきを険悪に細めて、冷たく発言した。

「この味は、嘘をついている味です」


 等々力が、何を言っているんだと思うと、アントニーが意地悪い笑みを浮かべて発言した。

「正直に申告したほうがいいよ。柴田は相手の手の平についた汗の味から相手が嘘を吐いているかどうかわかる特技があるんだよ」

(なんだ、その少年漫画みたいな特技。本当にそんな行為が可能なのか。いや、嘘だ。嘘に決まっている。ハッタリをかましているに違いない。だが、どう答える。なんか、柴田さんの顔を見ていると、昨日今日でプロを名乗っていますって答えたらタダじゃ済まない流れだよ)


 等々力が戸惑っていると、左近が柴田に負けないような冷たい声で応じた。

「疑うのは、そこまでにしてもらいましょうか。こっちもプロとしての仕事を請け負っているんです。失礼ではないですか」

 だが、柴田は場慣れしているのか、一歩も引く様子がなかった。左近もすでにシーンに飲まれたのか、シーン・ドランカー・モードに入っているようだった。


(なんか、この雰囲気、まずいよな)

 険悪な雰囲気にも拘わらずアントニーは状況を楽しむように声を出した。

「左近さんでしたか。柴田が言っている言葉は、本当ですよ。柴田が嘘を吐いていると言うなら、そこの木偶の坊君は嘘を吐いている。少なくとも、僕は柴田を信用している」


 左近がすぐに言い返した。

「それは違いますね。ウチの影武者が、貴方の柴田さんより、優秀という証拠ですよ」

 アントニーは面白がるように「ほう、その根拠は、なんですか」と言葉を漏らした。

 左近が即座に持論を展開し出した。

「影武者とは、他人を演じる行為に有らず。アントニーさん、一人の人間は同じ時間平面上には一人しか存在できないタイム・パラドックスを、ご存知ですか?」


 アントニーは鼻で笑って、左近の言葉を流した。

「SFは、趣味じゃない。まあ、興味もないですけどね」

 左近は得意気に言葉を続けた。

「達人級の影武者は、時間のパラドックスを超越するんです。達人級の影武者は、神を欺き、同じ時間に同一の人間を存在させる。そうして、仕事を終えると、神が気付く前に、存在を消す。それが、業界で五人と持ち得ないエア・マスターと呼ばれる達人級の業です」


 アントニーは完全に面白がって笑った。

「はは、実に面白い理論だとは思いますよ。いい、エスプリが効いたジョークだ。でも、貴女の理論では、どうして柴田よりお宅の影武者の能力が上かの説明に、なってはいませんね」

 左近は学者のように流暢に説明を続ける。

「いいえ、成立します。私たちの影武者は、仕事が終ると存在を消す。つまり、今の彼は、エチオピア人やタンザニア人だった過去を綺麗に消しているんです。だから、柴田さんが嘘だと断言できたんです。つまり、私たちの影武者のほうが優秀な証拠です」


 等々力は黙って左近の話を聞いていたが、「よくこの人、そんな出鱈目、次から次へと思いつくな」と感心した。

 柴田は左近の説明を無表情で聞いていた。だが、アントニーとは対照的に、明らかに「面白くない」との空気を出していた。

(これは仕事の前に一波乱あるな)


 アントニーは挑戦的な口調で提案した。

「なるほど、左近さんの説明なら、一応の整合性がとれますね。では、試してみてもいいですか?」 アントニーが近くの机の中から、拳銃リボルバー式の拳銃を取り出した。

 皆の目の前で弾奏の全てに弾を込めてから、アントニーは銃を左近に渡した。

「左近さんの説明なら、僕の影武者になろうとしている木偶の坊君は、僕自身ということになる」

 なんか、嫌な予感がしてきた。


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