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私の手の中には、あの鍵があった。
この部屋にはロイスを入れるつもりはなかったはずだ。家に帰ってきてから、上手くごまかすつもりだったのだ。だが、この家に帰ってきてから、あの頃の天文学への探究心や、きらきらとした綺麗な憧れが蘇った。そして、気がついたらこのドアの鍵を使って扉を開けていた。あの頃は、ジョンのせいで思うように情報が手に入らなかったから、ジョンと口を聞く気も起きなかったことをよく覚えている。一体ジョンになんの権利があって僕の人生を邪魔するのかと思っていた。だが、今なら少しジョンがなぜああしたのかもわかる気がする。ジョンの言うことも聞かずに、ただただ知識を求め続けてきた自分には、無邪気なロイスを止めることができないということも。
銀色で、無数に傷がついて始めからつや消し加工がされていたかのような古びたこの鍵は、ジョンから引き継いだものだ。この鍵を使ってこの部屋に入れば、あの時の後悔がありありと蘇ってくる。こんなほとんど価値のないものがおいてある部屋に鍵をかけているのもそれが理由だった。
私は、ロイスが来るまで、ほとんどこの部屋には入っていない。届いた天文雑誌は全て書斎に積んでいたのだが、ロイスが来てからは天文雑誌を隠さなければならなかったから、一ヶ月に一度は仕方なしに入るようになった。
雑誌を隠す時はこの部屋に一歩踏み入れた瞬間からあまり周りを見ないようにして、一番近くの棚に雑誌を差しに行っていた。特に嫌いだったのは、色々あって、夕方にこの部屋に入らなければならない時だ。
夕方は、嫌いだ。
夕方の光はあまりにも赤すぎて、光を背に立つ人のかおを真っ黒に隠してしまうから。その黒は、夜の帳よりもタチが悪くて、その闇に目が慣れることもない。その人のかおをよく見ようとしてまっすぐに顔をあげても、結局背後から射す赤すぎる光に負けて、目を伏せてしまうのだ。
一体私はどうすればいい?この部屋の窓がまだ綺麗だった頃の、夕暮れの光が部屋中を満たした時、窓を背にして立っていたジョンのかおは?その表情は?いくら考えても、記憶を探っても思い出せない。「もう諦めた」何回同じ言葉を口の中で呟いただろうか。
ああ、この夕暮れに溺れそうだ。




