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夜空を見上げて  作者: 森中満
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「天文雑誌が置いてあるのは、この部屋です。」


 僕がルーカスの家に住むようになってから、もう一年近く経つが、一度も入ったことのない部屋はいくつかある。ルーカスが後ろを振り返って指差したのは、その中の一つの部屋だった。その部屋は、2階を上がって、廊下をまっすぐ進んだ所の突き当たりにあって、いつも鍵が閉まっている部屋の一つだ。僕にはそこの部屋の鍵は渡されていなかったから、当然部屋に入って掃除をしたこともない。

 僕はなんだか望遠鏡を覗いている時のようにほんの少しだけ興奮しながら、僕の前に立って歩くルーカスに続いて部屋の中に入った。初めて入ったその部屋の床は他の部屋や廊下と同じようにキシキシと鳴る。四方の壁は全て本棚に覆われて、その全ての棚にあの『天文雑誌』が詰まっていた。なかには表紙が取れてしまい、何月号なのかもわからないような古いものがあったり、本棚の上の方の雑誌はもし僕が手を伸ばして雑誌に触れれば、その摩擦で表紙が取れてしまいそうなくらい遠目に見てもボロボロで、色褪せていているものもあった。

 それらは全て上の方にまとめられていて、最近のまだあまり色褪せていないものは、はしごに登らなくても届くような場所にある。ただし、ルーカスが、だ。僕はおそらく梯子に登らないと取れないだろう。一番下の段には厚く埃が積もって、ここ何年かは誰も触れていないことを伺わせた。


「なぜ本棚はこんなに高いのですか。」

「取りにくいでしょう?」


ルーカスは僕とは目を合わせずにそう答える。そうして言葉を続けた。


「この分野では古いものには価値がないのです。」


ルーカスはそうきっぱりと言い切った。そして、ルーカスは続けてこう話してくれた。天文という学問は、その時間スケールの大きさに見合わず、すぐに情報が古くなるらしい。だから、情報が古いもの、つまり何十年も前のものは本棚の上の方の棚に置いてあるのだそうだ。

 ただ、僕はひとつ引っかかることがあった。ルーカスは何かを捨てることをためらうことのない人種だと思っていたのだが、表紙が取れかけているような古い雑誌、しかもルーカス自身が古いものには価値がないと言っていたのに、過去何年分か検討もつかないほど、ものすごい数の天文雑誌がこの部屋に保存してあるのだ。一晩かけて描いたスケッチすら正確に対象をスケッチできていないと感じると、なんのためらいもなく暖炉に放り込むあのルーカスが、この雑誌だけは捨てない理由が知りたくて、そうルーカスに尋ねてみる。

 ルーカスはいつも愛想笑いすらしないのに、その時だけはあさっての方を向き、ほんの少し口元を歪めて苦笑いして、僕の問いには答えようとはしなかった。やっぱりこれには何か理由があるようだ。何か、以前のここの主人との約束があるのか。それとも、ただ捨てられずに置いているだけなのか。どんな理由があるのかしばらく考えてみたけれど、結局僕には何も分からなかった。

 一年という僕には長い時間を過ごしても、僕とルーカスの間には、真夜中のように深い溝がある。

段落の存在を思い出しました笑

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