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秋の気配が、私たちの住む家から遠く離れたここ、ミスティアーノにも訪れたようで、ドーランの山のように木々がさざめく音は聞こえなくても、肌を撫でるような、肺まで抜けていくような爽やかな風は、私たちの宿の窓ガラスを時折かたかたと揺らすようになった。ここ最近、私はもうレンズの選定も終わり、宿でゆっくりと空を眺めたり、買ってきた本を読んだり、またあの古本屋に本を買いに行ったりしつつ、日々を過ごしている。ロイスの観測器具が出来上がったと、ショーンが私を呼びに来たのは、この退屈な日々もたまにはいいかと思い始めていたある日の昼下がりだった。
ロイスは、相変わらずショーンの元へ遊びに行っているようで、宿の前の通りが騒がしくなるまで帰ってこないことが多い。ロイスは最近、私と初めて会った時よりも、むしろ私といる時よりも楽しそうにしているような気さえする。ショーンが私を呼びにきた時もロイスは工房へ一人で遊びに行っていた。ロイスは私がくるのを待っているそうだ。
「別に私を待たずにロイスに使い方を教えていても良かったのですが。」
ショーンは鳩が豆鉄砲を食らったように呆けた後、口元を歪めて私をみて、こう言った。
「おい、お前さんまさか拗ねてるのか?年甲斐もない。」
「は?」
「お前さんにも感情があったんだな。安心したよ。ロイスを拾った時はともかく、今はちゃんと人の親をやっとるみたいだな。」
ロイスは私の話をこのじじいにしたらしい。ロイスに口止めしそびれていたことを今頃思い出すとは。迂闊だった。それに、ロイスはそんなに口数も多くない子供だと思っていたのだが、それは私の前だけだったらしい。
「おい、そんな顔をするな。情けない。ロイスは、お前さんよりも表情が動かないが、聞けば色々とお前によく似た無表情で話してくれたぞ。お前さん、ロイスと初めてあった時、殴り飛ばしたらしいな。それだけだったら、俺が代わりにお前さんを殴りに行くところだったが、ロイスに殴らないでって止められたからな。仕方ないから殴らないでおいてやる。それよりもロイスは嬉しそうにお前に名前と時計をもらった話をしてくれたよ。」
「そうですか。」




