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「そうですか。本当にありがとうございます。僕、大切にします。」
ロイスは背中に背負った荷物の中の時計を後ろへ伸ばした手で触ると、下を向いて微笑みながらそういった。
そんなことを話しながら、麓近くの煉瓦造りの橋を渡って、ゆっくりと山を登っていく。心なしか帰りの道は、行きよりも短いような気がした。
長くなった日もとうとう落ちて、あたりが暗闇に包まれはじめた頃、ようやく家についた。重い荷物をリビングのテーブルの上に置いて、向かい合って座る。ロイスはすぐに真新しい椅子から立ち上がると、私に野菜スープを持って来てくれた。なんでも、今日の朝作っていってくれたそうだ。お互い黙りこくって2人で野菜スープを食べると、とても眠くなって来た。
「私は今日は寝ます。君も寝なさい。」
私たちは2人で寝床へ入ると、すぐに眠ってしまった。
私たちが親子になったと言ってもこれと言って変わることはなく、これまでと同じように日々は過ぎ去って、私たちの古ぼけた家にも春がやってきた。暖かい春風が外のウッドチェアにずっしりと積もった雪を少しずつ溶かして、別館への獣道もクマが通れるくらいには広くなった。そして、肝心の天体観測は空に水蒸気が発生しやすくなり、ほとんどできない日々が続くようになっていた。
「今日もガスってますね。」
春は好きではない。というより、大嫌いだ。一日中不安定な天気が続く上に、夜になると水蒸気がひどくて天体観測ができないからである。




