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「もうわかるでしょう。大学はただの研究機関ではありません。権謀術数が渦巻く、どろどろとした場所です。私はただただ最先端の天文学をやりに行っただけなのに、無駄なことにたくさん巻き込まれて、危うく、まあ、おそらく嫌がらせだったのでしょうが、この目を失いかけたこともあります。命よりも大切なこの目を。この目を不慮の事故で失いそうになってから、私は、恥ずかしいのですが…。」
ルーカスは自虐的に少し笑った。
「大学の同じ研究室の友達を裏切って、大学を辞めてしまいました。大学に入る時、新入生は皆、大学への忠誠、といいますか、まあ、早い話、『大学に縛られます』という誓約書にサインしなくてはならないのですが、私はどっちも選べなかった。あの誓約書にサインをした時点で、何があっても私はジョンではなく、大学を選ぶべきだったのです。」
ルーカスはまた言葉をきる。ほんの少し目尻がほんのり赤い気がする。声も震えているかもしれない。ああ。僕のせいだ。どうすればいい?
「ルーカ...。」
ルーカスは呼びかけようとした僕の言葉を強い言葉で遮った。
「私は結局どっちも選べなかった。ジョンが死んだ時、私は大学を逃げ出した。何もジョンに返せていないことに今更気が付いたのです。いや…、私はジョンの死を逃げ道にした。親族の死が私の一番近くにあって、一番早く手の届きそうな、大学を辞めてもいい条件だったから。」
いつもの人を射竦めるような感情の浮かばない視線はここにはもうない。
「最低ですよね。ほとほと大学に嫌気がさして、私はジョンの死を理由にして大学から逃げた。あれほど反発していたのに。逃げて逃げてまたジョンの元へ戻ろうと思いました。でももちろん戻れない。そんなことはわかっていました。分かっていたのに、私が逃げてドーランのこの家に数年ぶりに戻ってきたときにはもうジョンの葬式すら終わっていた。私には何も残らなかった。あまりに自分が情けなくて、あれからもう何年も経ったのに、私はジョンの墓参りにも行けていません。」
話しながらルーカスは泣いていた。しゃくりあげながら。両目から透き通った涙が流れ落ちている。ねえ、どうすればいい?
僕はルーカスに何ができる?




