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8 裸との邂逅




朝に目覚めて、今日の予定を考えながら木窓を開ける。


外から入る朝日によってロメオの影が床に灯影される。自身の影にロメオが魔力を意識して籠めることによって、本来黒いはずの影が僅かに光ながら青白に変化していく。



発動した「影部屋」からロメオは探索用の装備を取り出した。





防具に着替えた後に、宿の女将に先払いで1ヶ月分の料金を払う。数泊してこの宿が気に入ったのだ。

清掃が毎日行われる事と、近くに旨い飯処が沢山ある。今後の拠点として泊まり続けることに異存は無かった。



ビックロードで腹拵えを済ますと装備を再度確認してグリンジョンの迷宮へ向かう。

目指すは、グリンジョン三大迷宮の一つである恵まれ山。




◇◇◇




「フッ!」

と息を吐きながら斜めに一閃。柔らかい緑色の体は、剣撃を容易に受け入れた。



(これで9匹目...終わりか)そう思い周囲を確認する。息をしているゴブリンもいなければ、他の生物も見当たらない。



「初めて闘ったけど...聞いていた以上に弱いな」

人の小児程の体躯に細い手足の魔物。緑色の小人。ゴブリン。最弱の代名詞。


かつては世界各地で数による猛威を振るったゴブリンは、人に徒なす影響が大きいと眩石達によって災害指定され、人の生存圏から絶滅させられた。


現在では彼等が攻略出来なったグリンジョンの迷宮のみ生息している。有名であるが本でしか見たことないゴブリンに初めは胸が揺さぶられていたが、出会い頭に武器を取って襲ってきたので、そんな思いは瞬く間に四散した。


先程ゴブリンから入手した魔石も小指の爪程の大きさで、買い取ってくれるだろうかと心配になる。使えそうな部位も無く、労力と比べて実りが少ないのも確かだ。そうなると次からはスルー、有無を言わずに襲いかかってきたら切り捨て御免。



そう決め込んで、一纏めにした死骸の山に魔力を集めた左手をかざし呪文を詠唱する。



「燃える炎に叫びをべろ。燃やせ、メラグニス」

ボウっとてのひらから伸びる炎がゴブリンを包みこんでいく。十分に火が付いたのを確認すると、腕に魔力を込めるのを止める。




「次に行こう」

メラメラと焚火の様に燃え上がる死骸に呟きながら、山の中を進んでいく。






恵まれ山。

グリンジョンと外界を繋ぐ大門から見て、塔の右側に位置する山。

野菜も果物も季節や場所を問わず実を付けている。人と魔物に過食の恵みを与えてもなお、山の緑と柔らかな土壌が枯れる事はない。実が成熟する速度も速く、食の供給が世界の需要を上回る。



別名は舐山なめやま

過去に初めてこの山を訪れた農民出身の冒険者が、この山の性質を見て「農民舐めとんのか」と嘆いたことから付いたとか。


恩恵に預かれるのは冒険者もだ。

山の表面に生息する魔物は弱く、ルーキーが経験を積むのにちょうどいい。それに採取物は大抵食べ物なので、ほとんどギルドが買い取ってくれる。自分で持ち帰って食べてもよい。欠食気味であるルーキーの財布にも優しかった。




ロメオもマールから聞いた話を思い出す。


山頂にはギルドが運営しているナンゾ村があるらしく、過去に多くの冒険者に依頼して合同で切り開いたらしい。

セーフティポイントとして機能しているばかりか、山で採れた採取品の集積場と、相場が低めに設定されている買取所も併設されている。さらにはギルドが運営する訓練所もあるとか。


正直、こんなにも施設が充実しているため村では無く街でいいのではないかとも思ったが、

マール曰く、ナンゾ村の開拓を主導したギルド員が「ずっと村にしといてくれ」と言う遺言を残したために、彼の意志と功績を慮って、以来村のままだと言う。そうマールが自慢げに言っていた。



歴史が好きなロメオはこの様な由来の話は好きなので、マールの蘊蓄を覚えていた。彼女もあの時は舌が乗っていたから多分同類だろうと予測する。


(知り合いになった人が同好の士と考えると嬉しくなるけど...決めつけて引かれるのは嫌だから、今日の帰りにでもそれとなく聞いてみよう)

とか言いつつも慎重さを持ち出すが、少しニヤケている。


◇◇◇



浮かれながら探索を続けていると、突如に生き物の咆哮が響いた。それを聞くや腰を低くして、瞬時に剣を抜き構える。

(狙われているのは俺じゃない...そこまで近くはないが、多分見える範囲内に...行けるか?...行くか!)


基本的に自己責任の冒険者社会だけど、俺は今回の様に余裕があれば助力するようにしている。

英雄の様に「人を助けるのに理由なんてない」と言う心訓を持っているのではない。


単純に出会いの可能性を求めてるだけだ。



もちろん脳内全てがピンク色という訳ではなく、友人作りや善意も含まれてはいるが...まぁ、機会があれば可愛い女の子と御近づきになりたいと思うのが男という生き物だ。そして男ならその僅かな可能性に希望を持つべきだと思っている。


「現実でそんなタイミング良く、襲われている人なんていないだろう」と呆れる人も多いかもしれない。

だけど自分の曾祖父と正妻の第三皇女様はその様な出会いだったという。



まさしく男の妄想を具現化した様なシチュエーション。


その時の状況を曾祖父は事ある事に語ってくれた。

おぞましい魔物に怯える彼女の前に颯爽と現れ、剣で魔法で魔物を薙ぎ倒す。それによって曾祖母はメロメロになったとか。


その話聞いたとき、幼い頃には格好良く魔物を倒す曾祖父に憧れていたが、今ではどちらかと言えば皇女をメロメロにした曾祖父に憧れる。



そんな男に鍛えてもらったのだ。

自分もそうなりたいと思うのは当然だろう。



賢人は歴史に学ぶという。ならば自分も賢くありたい。他者に愚かと言われようとも。だから今日も、体に、足に、気力を巡らせ森を駆ける。




◇◇◇


いた!



現場を目視出来た所で、近くの茂みから様子を伺う。

他者の戦闘中への不用意な乱入はその場を乱してしまう。最悪敵と認定される事もあるので、緊急時以外はタイミングが来るまで動かない方がいいだろう。

決して格好良いタイミングで...とかは一切ない。本当にない。




...改めて状況を伺うと、

そこには3メートル近い、腹に丸い紋様を浮かべる熊が数匹と、剣を片手で下段に構えた女性、そして熊達と真正面から対峙する上半身が裸の男性剣士だった。男の周囲にはモノ言わぬ熊の死骸も存在している。



(『素人殺し』の成熟したてのマーンベア-が4匹。というか何故裸なんだ?ケガは無いようだけど...見た所二人とも余裕そうだから助けは要らなさそうだ)


男女の剣士には余力が伺える。そのせいで出番は無いと若干テンションが下がるが、裸の剣士を見て頭に引っ掛かりを覚える。



(裸の剣士って確か...)

何かを思い出しそうだったので彼をマジマジと見るが、彼の傍らにある異様なモノ目を引かれてしまう。絶命しているマーンベア-の中に、竹を割ったように左右に別れている個体だ。



頭から縦に切られたその体の切り口表面は滑らかで、内部が良く見えるから分かる。

内部の臓器や筋骨を一纏めに切ったのにも関わらず、微小の凹凸すら無いのだ。物凄く綺麗に切られている。

鋭い武器のお陰か、技量の成せる技か、体躯による力任せか。本当にどうやったのか検討がつかない。


(魔力の残滓(ざんし)を感じないから魔法ではないハズ..剣...だよな?)


その切り口から只者ではないと男性を凝視する。

裸の男性を見て楽しむ趣味は無いが、彼がどんな剣士で、どのような剣技を使うのかが気になった。



顔が張り詰めるくらいに男を注視する。その挙動の一つ一つを見逃さない様に...

自分が戦っている訳でもないのに、緊張で口の中が乾いていく。気分はそう、かつて帝都の闘技場で剣闘を観戦している感覚...


手に汗をかき始めた頃に、とうとう動きが見られた。

男は刀身が細い銀色のロングソードを右手に構え、ゆったり標的に向かっていく。


瞬間。



一閃、一閃。また一閃。そして一閃......

ゆらりとしていた男がアッと言う間に移動したかと思えば、熊達は同時に真っ二つ。


....分かったのはロングソードの銀の輝きによって、辛うじで軌道が見えた程度。そしてそれが全て一振りだったこと。

(全て一撃で倒した...)

呆然とするしかない。あんなトンデモ技に加えて、更にビックリなのは今の動きで男の体に線が発現が見られなかったことだ。はだけた上半身なのだから、線の発現は見られないとおかしい!

まさかとは思うが、本当に気術を発動させていないのだろうか?

予想外の連続で俺の口は、目は一杯に見開いているだろう。だからこそ声が掛かったその時に、代わりにどこか別の場所が開いたんじゃないだろうか?



「そんな所にいないで出てきたらどうだい?」



(っ!?ばれてるな.....ふぅ。コレは、あれ程の強さなら、この距離から逃げても無理か...)

動揺した後、逡巡しゅんじゅんし姿を現す。


「フッ。あっさり出て来たね」


「逃げるのも無理そうですから」

振り返りながらも、笑声を含めて尋ねる男に、素直に答える。こういう時は素直になった方がいい。


(それにしてもなぁ)


離れている所から見て感じてはいたが、近くになると確信する。

男は今まで見た事のない程の美丈夫だった。アメイジンの本にあった、イケメンと言う言葉すら生ぬるい程の。


絵巻物語に出てくる騎士や英雄、王子様等の、想像したら漏れ無くイケメンとなる人物達。そんな彼等が現実に顕在化したのなら、きっとこんな容姿。人の妄想は数あれど誰もが一度でもこの人を見たら自身の妄想が上書きされてしまうレベル。


微笑した際に見えた白い歯と、キリっとしつつも優しさを含んだ目。周囲にはキラキラと輝くエフェクトが見えそうになるまである。


何も身に付けていない上半身の肌には染み一つ無く、戦闘があったのにも関わらず汗一つ掻いてない。そして癖毛を含みつつ七三しちさんに整えられた、黒い頭髪には何故かは知らないが、動きによる乱れが無い。

この人の美を損なわない為に、何らかの補正か加護が働いたのだろうか?



そんな美丈夫で、自分より遥かに強い相手にどうやって弁明しようか考えていると

「そんなに緊張しなくていい。助けようとしてくれたんだろ?」


「えっ!あ...あ、まぁ」


男が伝えたいことをあっさり口にしたため狼狽えてしまう。



「君が飛んでくるのが分かったよ。魔物の咆哮を聞いて飛んでくるなんて君は随分お人良しだね。出て来たのもそうだが、助けに向かうのも早かった。中々に決断力もあるようだ」


「いっ、いやぁ、そう言うワケでは」

本当は出会いを求めてだったが、褒められてるのでそれを言うのははばかられた。このまま勘違いしてくれるならそれで....




「兄さん、そいつは嘘をついてる」



そんな言葉にギョッとする。凜とした女性の声。ずっと黙っていた女性剣士が唐突に言う。

(ちょっ!)



思わず彼女の方に視線が向く。兄弟?というだけに男と同じ黒髪黒目の自分と同じ位の年齢の女の子。彼女もまた、息が止まる程に美人だ。

実際、始めに男と対応して得た耐性がなければ何も言えず固まっただけだろう。

小顔に大きな黒眼、男と良く似た長い睫毛。ツンと通った鼻に尖った顎に合う小さな赤い唇。セミロングの光沢を持った黒髪には汚れ無く、ここが自然一杯の山の中だと言うことを忘れさせてしまう程に美しい。


視線を受けても微動だにしない顔の表情はまるで人形。その容姿も加味すると神が命を籠めて作った人形。

神が人間を泥から作ったなんておとぎ話が真実だとして、彼等兄弟は厳選された素材から作られた特別な二体と言われても納得してしまう。


そんな美しい彼女に少しだけ、では無く、大きく鼻を伸ばしつつも彼女を見て二人が兄弟だと理解する。顔の造形もだが、美しさの度合いで兄弟と判断する珍しい例。




だが印象は全く違う。片や温和な、片や冷徹な。


そして服装も。半裸な兄に比べて、彼女は顔以外の素肌が見えない。

黒い服装の上から軽そうな銀の防具を身に付け、手には滑り止めの様なグローブを嵌めている。剣も軽いレイピアを使用しているらしく、正しく軽剣士フェンサーと呼ばれる剣士と見てとれる。




「ん?そうなのかい?」


「いえ、あっーそうと言うか、そうでないと言うか、あまり言いたくないというか...」

言えるワケがない。賢人の行為とかって正当化していたけど、やっぱりこれは口に出すのは恥ずかしい。


「ん?..ハハハ!成程。そう言うことか。男のロマンだね」

急な嘘指摘に、ごにょごにょと口ごもると、男は気付いたらしい。

「どういうこと?」


「なんでもないよ、オルティ。それよりもありがとう。形はどうあれ、見ず知らずの者を助けようとする心は良いものだ」




(何もして無いのにお礼を言われるなんて...それに俺の考えを見抜いた上で女性に秘密にしてくれた...この人は凄いな...)

男の人柄に心が痺れる。そしてモテようと行動した自分が恥ずかしくもなる。


「いっいえ!そんな、貴方は礼を言う必要はないです!それに俺は観察と言うか、見ているだけでしたので!」


「それでもだよ。私は嬉しかったんだ。誰かに助けて貰えるなんて経験は最近無かったからね。孤独を感じなくて済む。ところで私から何か得るものはあったかい?」


◇◇


謝り続けようとしたロメオ見かねて彼は話題を変えた。内心で純な処があると苦笑しながら。



「...正直言って凄いとしか答えようがないです...遠目で観たのに剣が見えませんでした。どの様に対象に接近したのかも。...」



ロメオがそう言った瞬間に何故か笑みを消す男。


「君は見えるのかい?私の剣が?」


「?いえ見えませんでしたけど」


「ああ、そうじゃない。今この剣が見えてるかって事だよ」


「え、その銀色の剣ですよね?」


さも当たり前に答える少年を見て一間置いて男は答える。



「......ふむ。そうか。なら君は心魂武具を持っているんだね」

(っ!!何故に!?さっきからこの兄弟は心でも読むのか!?)


()()()()()()()()を当てられた。その事に驚愕したロメオの顔を見て、いつの間にか笑みを戻して男が言う。



「安心したまえ、別にどうこうするつもりはないよ。他人の秘匿する魔法や切り札を無理矢理知ろうとするのはタブーだからね。君のことは誰にも言わないと約束しよう」


お茶目にウィンクしながら詮索はしないと言うエルガンだが、それでも黙ったままのロメオを見て、


「ネタばらしをすると君の事が分かったのはこの剣の特性さ。この剣『カイオス』は私の心魂武具でね。特性で心魂武具を持つ者にしか見えないんだ。魔物は何故か見えるようだが」




と言って沈黙が流れたが、その沈黙を破ったのもこの男。

「そう言えばまだ名乗って無かったね。私はエルガン・ロンタル、彼女はオルティア・ロンタル、妹だ。ご覧の通り二人とも冒険者さ」



それでも沈黙を保つロメオ。わざとではない。思った通りの有名人で、開いた口が閉じないだけだ。



(エルガン・ロンタル...グリンジョンの最強の一角にして...眩石に最も近いと言われてる超越者...)





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