6 アンジー
ロメオは焦った。
先程まで友達を作ろうと考えていた事と、魅力を感じる美人に質問されて、格好良い所を魅せようとする男の性によってペラペラ喋ってしまったからだ。
ここで出来る男なら「憚れることなので別の場所で」等の誘い文句の一つでも言って、事なきを得ただろうが、一人旅ボッチだった16歳にそんな高等スキルは持ち合わせていない。
そしていつの間にか彼女は小刻みに震えながら俯いている。これは怒られるかもしれないと、すわ弁明の算段を考えていると、プッと吹き出すように彼女が笑いだした。
「プッークっフフフ。凄いやら至高やら褒め称えられていたのに急に落とされるなんて酷過ぎッ!したり顔で聞いてたのに悪口を言われて彼女は今頃怒っているんじゃないかな?ッンフフ」
彼女が笑いだした事で少し冷静になれた。
質問されたことに、熱心に答えたのに急に笑われたのである。ロメオが怪訝な視線を向けると彼女は笑いを止め、咳払いをして、
「いやね、もう。折角のカッコイイ顔が台無しだよ。...それと笑ったのはごめんなさい。でもさ、聞いたのが私だったから良かったものを、他の人が聞いてたら怒って追いかけ回されてる所だよ」
この都市では尚更ね。と彼女は付け加える。
(...確かに彼女の言うとおりだ。この都市の英雄の悪口だった。同じ立場なら自分も怒ってただろう)
己の浅慮に反省し、謝罪する。
「...確かに、不用意でした。すみません」
「いいよ、もう。お互いさまって事で。でも良く塔の魔女について集めたわね。そんなに好きなの?...えーと、私はアンジー。アンジー・ルード。アンジーって呼んでね」
「私はロメオ・マウンディンです。私もロメオと呼んで下さい」
そうやってお互い自己紹介したところで彼女-アンジーは早々にぶっこんでくる。
「そう?なら宜しくロメオ君。でさ、早速だけど塔の魔女が最低だと言う情報をどこで知りえたのか教えてくれない?」
「...スミマセン、もう流石にここでは言えません。と言うか、昔に本で読んだんです。タイトルとかもう覚えて無くて」
急な質問に呆気にとられるも、冷静になったロメオは喋ろうとしない。情報源を明るみに出せば、面倒に巻き込まれると理解しているので誤魔化す事にする。
「...ふーん、そうなんだ」
「ええ、確か赤い本でこのくらいの厚さだったよう」
「ならさ、今から探しに行こうよ。その本」
誤魔化しの身ぶり手振り中に話を遮るアンジー。
「...はい?」
「だってさ、あの魔女の事を腐った人間なんて書かれてる本があるなんて興味しか湧かないよ!他にその作者がどんな本を書いたかも気になるし。行こうよ!ね?」
ね?っと身長差は余りないが、美人の女性に懇願の上目遣いをされると「行きましょう」と頷くしかない。
「本当!?なら行こう!大きい本屋を幾つか回ればあるでしょ?」
(まぁ怪しそうな場所に行こうとしたら直ぐに離れよう)
今日初めて会った女性の誘いに警戒するが、会話に飢えてたロメオは着いて行くことにする。悲しいかな、警戒心よりも友達欲しさが勝ったのである。
塔を出て、ビックロードに向かう。
その間にお互いについて話した。彼女は一つ上の17歳。ヒューマンで生まれも育ちもグリンジョンらしい。
昔から魔法と魂に関連する食材ついて学んでいるらしく、現在は引退した元料理人に弟子入りしているらしい。
料理人として店を出すのが子供の頃からの夢のようだ。
対してロメオは帝国から出て3年間も旅をして、昨日グリンジョンに着いた事と、Eランクの冒険者をやっていることを伝えると大層驚かれた。特に一人旅のことを言うと「良く生き残ったね」と呆れながらも驚かれた。
他にも彼女は都市の冒険者の知り合いも多いらしく、迷宮にも彼女自身詳しかった。その事についても思いの外、話が弾んでいく。
会話の中で視線を彼女の首より下に持っていかない様にする事に苦労するが、その努力の甲斐あって段々と打ち解けていった。
人の多いビックロードに面した本屋、『賢者の日記』は3階建てというロメオの中の本屋の常識を越えるものだった。帝国の首都の本屋でも、建物の1階を丸々使ったのがせいぜいだ。
(グリンジョンは大きな建物を造らなければならないってルールでもあるのか?)
そんな店舗に驚いているロメオにアンジーが声を掛ける。
「ねぇ!凄いでしょ?グリンジョンは世界中から物が集まるから本屋も相応に大きいんだなぁ。今までで一番大きな本屋だ。って旅をしてた人が言う位だもの!」
ハニカミながら身ぶり手振りも合わせて、過去に話を聞いたであろう旅人の物真似をするアンジー。
大人びた外見とは裏腹に、明るく笑顔を振り撒く彼女にロメオの心は穏やかになっていく。
(あぁ、かなり和む。女の子と歩くのがこんなに楽しいなんて!求めていたモノはこれかもしれない。グリンジョンに到着してまだ2日目だけど、旅の目的は達成されたんだ!)
...何てアホな事を考えるくらい楽しい。「一応は警戒する」何て決めていたのだが、今のロメオは隙だらけだ。ロメオの「一応」はガバガバである。
リアクションもせず、固まったロメオを見て心配そうに彼女が見ている。何とか笑顔で誤魔化し、店内に入る。
(にしても本の数も多いな。それに、他の都市の本屋と比べて娯楽本や漫画の比率が高い気がする)
帝国の書店でも娯楽本は置いてあったが、これ程では無かったと記憶していた。
店内を物色する中、少し大きな声でアンジーが、
「あー!アメイジのフサフサ男と海賊恋物語が新刊が発売されてる!あーん、欲しいなぁ~」何て言いながら笑顔でロメオの方をチラチラと見る。あざとさを隠そうともしない。
...明らかに冗談と分かる振るまいだからだろうか、彼女の行動は不愉快にならない。寧ろあざとさが可愛く見えて買って上げたくなる気持ちが溢れてくるまである。
そう思い、「仕方ないなぁ」と言いつつ二冊を手に取る。チラッと値段も確認する。
(うぐっ、やっぱ新品の漫画は高い。二つ合わせて20万リーア!今泊っている宿一泊の約20倍だ)
思わぬ出費になったが、手に取ったからには最後まで格好付けると決める。
フサフサ男と海賊恋物語はカイオも幼いころから読んでいたから知っている。どちらも著者は謎の超越者、キリット・アメイジン。
どこかに引き籠って時折、作品を発表し世間の人を楽しませるという行いを何百年も続けている。本が高級な嗜好品にも関わらず、長い年月彼(彼女?)の人気が衰えないのはストーリーや画力が他者を寄せ付けず、常に新たなジャンルを開いて行くからだ。
実際、海賊恋物語も仲間兼恋人を集めながら海を冒険するという王道の冒険物語と男の夢のハーレムがくっ付いた話で、
フサフサ男は毛深い男性が頭皮の薄毛に悩む組織から逃げるというギャグ作品だ。
方向性が全く違うのに2つともアメイジンの作品なのである。
巷では何百年も作品を出し続けた彼のお陰で初対面の人に「彼のどの作品が好き?」と聞いて会話の取っ掛かりを作る手段も広がって「ナンパの神様」という別名が付くまでに至った人物だ。
知らない者はいない。その位この世界に浸透している神と崇められている人物。
今、ロメオはナンパではなく、友達作りの為に神に縋る。
(高い金を払うが、これでアンジーとの会話のネタが増えるのなら安いものだ)
そしてボッチは友達作りの為にお金を惜しまない。
◇
「えーと、ロメオって悪い女に引っ掛かりそうだよね?...てか冗談だよ!?無理しないで!」
会計に向かうロメオにバツが悪そうに、そして慌てて止めるアンジー。
「いいよ。私も読みたいんだ。けど買っても宿暮らしだから荷物になるしね。君が持っててくれるかな?」
「いやいやぁ-、無理無理!いきなりこんな高いもの貰えないよ!」
「なら貸すってことでさ、アンジーの家に置いててほしいな。お願いできる?」
「...はぁ。そういうことなら受け取るよ。でもさ、なんでそこまで私にしてくれるの?」
貰って欲しいとお願いされる形に折れるアンジー。そこまで頑なに本を送ろうとするロメオに対し、女性としての警戒心を上げる。
だがそれも杞憂だった。
「さっきも言った通り、昨日都市に来たばかりでさ、知り合いも居ない私に話しかけてくれて嬉しかった...だからっ!...そんな君に...とットモっ!友達になって欲しいんだ!」
「何でそこを恥ずかしがるのよ...」
思い切った顔をして子供みたいな事を言うロメオに一瞬だけでも警戒していたのが馬鹿らしく思えてくる。
「顔が良く、魔法オタクで有望そうな冒険者になりそう」と思って声を掛け行動を共にしたが、中々にピュアな事を言う彼に、口角が上がったまま、呆れ顔になる。
「一人旅が長くてね。どうやって友達を作るか分からないんだ...」
そんな真剣に落ち込むロメオに、朗らかな雰囲気を消し、ピシャリとロメオに言う。
「なら、友達になるっていうなら言わせてもらうけど、友達の前では背伸びしなくても大丈夫だよ。無理しないで普通に喋ってよ」
「...やっぱわかる?」
「わかるよ。何か堅いと言うか壁があると言うか。今みたいな感じが私は好きだなー」
「なら君の前ではそうするよ...だから俺が他の人と話している時は笑わないでくれよ」
そう言われて微笑む彼女。
変な人だが素直な友人が出来たと思うアンジーだが、彼が他人と壁を作って話している所に居合わせたら隣でニヤニヤしてやろうとも思うアンジーでもあった。
◇◇◇
「ハイハイ。でも私で良かったの?初めの友達は?」
「ああ、今まで一緒にいて楽しかった。君で、じゃなく君がいいんだ」
これはロメオの真っ直ぐ言える本心。今までの遣り取りも楽しかったし、彼女はつい零した本音に答えてくれた。
(そんな彼女が望むなら彼女の前でも背伸びは辞めよう。にしても今日は何て日だ。気楽に話せる人と知り合えたし、貴重な友達ができた)
「っ!...そう。嬉しいけど何だかプロポーズされたみたい。...まぁ!私達は友達ね。改めてよろしく。ロメオ」
ほんのり頬を赤めながら笑顔で答えるアンジー。
ただ、ロメオからの返答はない。見るとロメオはアンジーよりも赤くなって狼狽えている。
「あっ..えっいあ...チガ」
と出た言葉も意味を成さない。
彼女に指摘されて、ロメオは自身の言葉が、アンジーに対するプロポーズに近い言葉だと理解すると思考が止まった。
違うと否定しようにも彼女を傷付けるだろうとか、折角出来た友人関係が崩れてしまうとか、だけどもしかしたら、もしかするかも
等の妄想に限り無く近い様々な感情が入り混じってしまい、赤く固まってしまった。
「えー!チガウのぉ~?」
誰が見ても赤く固まっているロメオを、見逃さない者がいた。
誰がどう見てもおちょくってる様にしか聞こえない音声で絡む、まだ少し顔の赤いニヤケ顔アンジーである。
「えっ!?」
と子供でも騙されないだろう、そんな声色に簡単に引っ掛かるロメオ。
「なーんてね。流石にまだ早いかな。ゴメンね」
そう言われて、漸くからかわれたことに気付いたロメオにウィンクしながら笑顔で謝るアンジー。
ロメオの出会って、数時間で敢行された擬似プロポーズで得たものは、貞淑な妻や婚約者ではなく、明るく元気で笑顔の絶えない友人だった。