4 ギルドの顔
そして今、そのギルド本部の前に自分は来ていた。
場所はグリンジョンの入場門から真っ直ぐ、ビッグロードの果てにあるウルベンの塔の麓だ。
今までは遠くから見ていただけだが、近くになると塔と2山に雄大さを改めて感じる。
ただし、目の前にあるギルドの総本部も人の造った建造物の中でも随分と大きい部類だ。比例するかのように人の出入りも激しい。行政府としても機能しているので冒険者以外の人も多かった。
これほど利用者が多いギルドを見たことがない。
あまりの人の多さと建物の大きさに委縮し、同時にボッチである事実も際立つので、少しだけ帰りたいと思ってしまった。
それでも中に入らなければここまで来た意味が無い。冒険者らしい鎧兜を纏った集団が入口に向かって行くのを見て、その後ろに着いて中に入っていく。
(中も凄いなぁ...)
『冒険者はコチラ!!』
とデカデカと書かれた案内に従い進んでいく。
ざっと見た所、10以上の受付窓口があり、どの窓口も種族を問わず顔の綺麗な女性が強面の屈強な冒険者を相手に、ニコヤカに対応している。まるで男達が美人の見本市に群がる様だ。
受付の後ろでは受付から回されたであろう書類が飛び交い、それをキビキビと事務職が処理していく。
恐る恐るとしていた自分もいつの間にか、遠目から見本市を覗いていた。
(おぉ...これは別の意味で凄いなぁ)
鼻の下を伸ばしながら、間抜け面で様々な女性に視線を彷徨わせていると上の方に『冒険者になりたい方・都市外から来た方はコチラに』と書かれた受付を見つける。
(色々ツイテルのかもしれない)
見た所そこはちょうど人が捌けているのか、場所が端だからか誰も並んでいない。受付の女性も例に漏れず美人、獣の耳をした美人。
ロメオも思春期の男だ。
人と話すのは得意では無いが、出来るなら美人とは御近づきになりたい。そういうお年頃。
(自分には情報を集めるために話しかける理由がある。イヤ、話し掛けないといけない)
恥じらう自分にそう言い聞かせて目的を理由にこじつけた。
頭の中で少々変態チックな答えを弾きだし、列に並ぶことにする。
美人と会話をしようとするだけで顔が思わずニヤケそうになるのを感じるが、流石にこの顔は不味い。
情報の必要性を強く思い描くことで、何とか理性による顔の統制を図ることが出来た。
改めて女性を見る。
明るい灰色、というより銀色に近い髪が長くクシャクシャになっている。手入れをしていない訳ではなく、そういう髪型。ソバージュという髪型だろう。
クッキリとした鼻にやや鋭く大きな眼は、現在は少し不機嫌そう。ただ、そんな表情も一種の美貌とも感じれる。
(緊張するなぁ)
いざ面と向かうと鼓動の高鳴りと変な汗が出てくるのを感じるが、それ等を伴ってカウンター越しに意を決して話し掛ける。
「....すみません。都市について幾つかお伺いしたいことがあるのですが」
遠目では大雑把にしか把握できなかったが、近くで見る耳の形から恐らくは犬系の氏族なのだろうか?
「ええ、何でしょうか?」
とっさに作るにこやかな笑顔が...自分を見て少し固まる。それでも受付嬢がなせる業か、笑顔は崩さない。
「迷宮についての情報...と、出現する魔物について、それとメンバーを募集しているパーティやクランがあれば教えて欲しいです」
「...失礼ですが身分証の提示をお願い出来ますか?」
初めはにこやかに対応していたが、やや推し量る視線を加えた彼女に、ズボンから出した冒険者プレートを素直に渡す。
「ロメオ・マウンディンさん....Eランクの冒険者だったのですね。失礼しました。では、そうですね...マウンディンさんは迷宮に挑む時の注意点についてどのくらい理解されてますか?」
「3つの迷宮...確か迷宮ごとに魔物の強さや種類が変わるから慎重に進む事と、地下迷宮は層によって環境の変化が大きいから初めて挑むならどちらかの山の迷宮で慣らしてからが良いってことですかね?」
彼女は話を聞きつつコチラを見ている。続きを促しているように。だけど明るい色をした髪と対照的な落ち着きのある茶色い大きな瞳でジッと見るのは辞めて戴きたい。
いつの間に笑みが消え、キリッとした顔となった女性に、それも飛び切りの美人にそんなに見られると何を喋っているのか分からなくなってしまう。
悪い事をしていないのに鼓動が早くなってしまう。
睨まれて喜ぶ趣味は無いはずだったんだけど...気恥ずかしさはどうしようもないので、頭を掻きながら何かを思い出す仕草をとりながら彼女の目から顔を逸むける。
そのまま何とか頭で纏めた内容を紡いでいく。
「えー、後は探索中は他の冒険者と接触に気を付けるぐらいでしょうか...迷宮では皆がピリピリしているから救援を頼む時以外は接触するのは危ないからと聞きました。その救援要請も慎重にやらないと殺されても二つの意味で文句は言えないって」
曾祖父は「いつか挑戦するだろうお前の楽しみを奪ってしまうかもしれない」と言い、迷宮については詳しく教えてくれなかった。
今となっては出現する魔物位は聞ける範囲で聞いておけば良かったと思う。旅の途中で魔物の危険性を知ったからこそ、そう強く思うが残念ながら故人と話す事はできない。
そんな魔物や迷宮の知識が、箱入りだったロメオが今現在において迷宮に関してある程度理解しているのも、旅の途中で出会った人々から教わったものだ。
人生のアドバイスや街に篭るだけでは知らない魔物知識、そしてロメオの旅に必要な情報を街の酒場でエールを交しながら、星空の下で焚火を囲いながら語ってくれた。
『初めは恵まれ山から攻めろ。山はヤワな魔物も多いが勉強になるぞ』
『都市内にある港街には行ってみるべきよ、海の魚は酒に合うから。...そんなこと言ったら食べたくなってきたじゃない。どうしてくれりゅのよ』
『下の病気だけを治す聖女は凄いぞ。何がとは言わんが』
『ポーターを雇った時は嘘でもいいから愛想良くしとけ。見下してるとイザという時にあいつ等は逃げるぜ』
『マインちゃんはね、本当は寂しがりなんだ。だからボクがいつか元気にさせるんだ』
『裸の騎士と薔薇を司る女達には関わっちゃいけない。特に薔薇の奴等に目を掛けられるとグリンジョン以外で生きていけなくなるぞ』
含蓄ありそうに重々しく話すものいたし、お茶らけて冗談めかして笑いを獲りに来るものいた。参考になると感心する事もあれば、それってどうなの?と首を傾げたくなる事もあった。果ては興味だけ抱かせて話を濁らされ、夜に悶々とさせたものもある。為に成ったと言えば....多分だけどなったと思う。
そんな多くの酔っ払いが口を揃えて言うのが
「貴族と問題起こしたらギルドに、冒険者とのイザコザになったらギルドに、何かあったらギルドに」
要は自分で解決できない問題が起きたら何でも頼れってことだ。それほど信頼のある統治者は世界中で類を見ないだろう。
だから冒険者は街に着くと一番にギルドに赴き、旅と近隣の報告を行い、情報を得る。自分が右も左も知らない街に来て、早くにギルドに赴いたのも冒険者の流儀に則ったからである。
「...かなり情報を得ているみたいですね。Eランクでそれ位受け答え出れば地下迷宮はともかく、どちらの「山」に挑むのも大丈夫と思います。恵まれ山の表層であれば、ソロでも探索は可能でしょう。...それと失礼ですがマウンディンさんは妖霊種の方でしょうか?」
「いえ、私はヒューマンですよ。どうかされましたか?」
少し戸惑いがちに彼女が返答する。
「...すみません。不躾に。お若いのにシッカリとされてましたから。初めは年齢の分りづらい妖霊種の方か、その、声を掛けに来た街の人かと。少し警戒してました」
(かけにきたって...ナンパのことか。それにしても結構明け透けに言うんだなぁ)
そう思うと苦笑いが出てしまうが、今日の自分の格好は街人そのものだ。
後から彼女に聞いた事だったが、装備の貧弱さと見た目が若いので冒険者に見えなかったそうだ。
武装はナイフ一本のみで防具は無く、ラフな格好。冒険者の真似事をしたアホか、もしくは何処かで拾った冒険者プレートを持って来た馬鹿が身分を偽って冷やかしに来た。そんな風に思ったらしい。
そんな苦笑い気付いた彼女は獣耳をピョコピョコと反応させつつ笑いながら、声色を変えて安心させるように語りかける。
「初めてこの都市のギルドに来た方は、ここで冒険者登録を行う際にガチガチの装備をして来るか、舐められないようにと強気の態度で来る方が多いんですよ。この都市で冒険者歴が長い人はこの列に並びませんし」
ですが、と繋げて
「マウンディンさんは私よりも年下の様ですが何やら物腰が柔らかくて。なので若く見える妖霊種の方かと思ってました」
どうやらセオリーに当てはまらない自分を怪しんだらしい。
「俺も精一杯でしたよ。大きなギルドに圧倒されちゃって」
会話の中で広がった弛緩した空気と、当たりが良くなった彼女によって緊張が解けてホッとしたからか、思わず口調が軽くなる。これに釣られたのか、格好付けていた「私」という呼称も忘れてしまう。
「アレ?もしかしてマウンディン君も肩肘張ってた?」
堅さが消えたからだろうか、自分の使いなれた「俺」という単語を聞いたからだろうか。ニヤつきながら、からかう様に聞いてくる。あの睨みつけていた受付嬢は一体何処に消えたのだろう。というより呼び方が君付けになった。
....言ってしまったものは仕方ない。今さら取り繕っても仕方ないし...素でも多分大丈夫かな?
「あー、そうなんだよね。舐められないように強気でいこうかと」
先程の会話を揶揄した返答に彼女はプッと笑いを吹き出す。良かった。敬語が抜けても良いらしい。
「ハハ、なーんだ。今までの夢追い人と一緒なんだね。ならさ、何か分らないことがあったらココに来てよ。私はマール。最近この受付を任される様になったんだけど、来る人が少ないから暇になることが多いの。だからさ、換金もお姉さんに任せなさい」
よろしくね。ロメオ君。と笑顔で締めくくる。
こちらが素なのだろうか?呼び方も名前になったが、彼女の気安い感じに悪い気はしない。寧ろ女性と仲良くなれることに喜びを感じる。
「ならさ、ウルベンの塔の槍を見学したいんだけど、どこから行けばいいかな?そのまま入っても大丈夫なの?」
「平気だよ。誰でも自由に見学できるから。塔の案内に従えば巨槍の見学スペースに行けるよ。それよりもさ......」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
人との会話は久しぶりに楽しめたし、笑うのも久しぶりだ。
初めは美人の受付嬢という、冒険者なら御近づきになりたいランキングの上位に入る人種に気後れしそうになったけど、話している内に無理に格好つける事なく接するようになっていた。
話の流れでマールが、16歳である自分の2個上と分かってからは、お酒について何歳から飲むべきかと議論が白熱する位には仲良くなったと思う。
だけども都市の美味しい飯屋や遊戯場について、ギルドに全く関係無い話を始めてからは流石に後方の事務員に中断された。
その山羊の角が生えた先輩らしき事務員に「暇」発言をシッカリと覚えられていたらしい。「暇らしいから仕事を手伝ってもらう」と言われた彼女はシュンと落ち込み、頭部の耳も寝入ってしまっている。
(訂正しよう。彼女は美人では無かった。真面目そうだが少し抜けてる可愛い人だ)
だからこそ妄想も進んでしまう。ちょっとでも仲良くなると舞い上がってしまう。
(それと、なれるならと、とっ友達とかにも。それで仲良くなったら恋人とかに!...って!いけないな!彼女は素直に仲良くしてくれたんだ。焦ってはいけない。焦るなロメオ!)
都市に来て初めて出来た、しかも女の子の知り合いにロメオは嬉しくなった。