3 線と点
翌朝。
長旅による多少の疲れは残るが、久方の柔らかくて清潔なベットでの睡眠は心身共に気持ちを良くさせてくれた。
(少し寝すぎたかな)
その為いつもの起床時間より目覚めが遅かったが、この後に朝飯をゆっくり食べても予定していたギルドへの情報収集をする時間はタップリあるだろう。
ベットを抜け出し都市への外出用、もとい旅の装いを改めて街中を歩く服装で宿を出る。
格好は宛ら都市で働く青年の様で、武装も腰の護身用ナイフのみだが、かなり小ざっぱりしたのではないかと自分でも思う。
朝の露店では迷宮で採れた新鮮な青果が売られていた。
旬の季節で無くとも店頭に並び、その実も季節外れにも関わらず、大きさや色艶は季節物と遜色ない。その美味しそうな見た目からは迷宮の恩恵を感じさせてくれる。本当に美味しそうだ。
露店に売られているのは素材だけではなく、料理もあった。
数あるお店の中から朝市の迷宮産のキャベツと、これまた迷宮産の魔物「マッスルチキン」を使っているという中年のヒューマンの売り文句に負けて、シンプルなサンドイッチを購入する。
一口齧ると酸味のあるソースとシャキシャキなキャベツ、脂身は少ないが柔らかい鶏肉の味が広がる。美味しそうじゃなくほんとうに旨いな。
適当に買った物でもこんなに美味しいなんて....
こういった新鮮な野菜と魔物の肉が食べられるのはグリンジョンに住む者の特権なのだろう。
そして食欲以外にも人を大いに刺激する理由が一つ。
魔物や迷宮産の青果によっては食することで、魔力、気力の上昇に加え、若返りや盛隆な肉体を取り戻す作用があるのだ。
こうなると飯が上手いというだけで話が終わるハズがなかった。
人の体に存在する『線と点』。
それは昔話風に言うと人の可能性で、簡単に言うとその人の実力を示すものだ。
魔物が権勢を奮っていた古代から人は魔力も気力も扱えたけれど、自分の中にある総量も、それがどのくらい上手に扱えるかは知る術は無かった。そこで世に言う『第一の奇跡』が起きた。
ある日突然、世界中で身体を流れる魔力、もしくは気力を操作する度に、その軌道が身体を這う線となって可視化したのだ。
教会の言う事が本当かは知らないけれど、これらは魔物の脅威に怯える人を憐れんだ神が施したものらしい。
発現当初は新たな奇病や魔王の呪いだの騒がれたらしいが、長年の月日が経った現在ではちゃんとこの人体の摩訶不思議は解明されている。
ざっくり言うと、線の種類は3つ。気力の黄色いの気線と、魔力の青色の魔線、そして赤色の特線。普段は消えているが、何かしらのエネルギーを発動させると色の付いた線が浮き上がるのだ。
線の長さは、線が発現しているその部位が、どの位魔力・気力のエネルギー操作が出来るかを現していて、線上にある点は部位のエネルギー総量を示している。
特線は名の通り少しばかり特別で、魔法とはまた違った特異な能力を表している。例えば火と共に生きるドワーフなら火への耐性具合、獣人なら嗅覚や視覚等の身体的特徴といった――種族依存の特異性を現したモノと言えばいいのだろうか。特徴らしい特徴のない人族にも発現している人はいるのだが、他の種族と比べると圧倒的に少ないのだけれど。
身体を這っている事は3線とも共通であるが、その身体に刻まれた線は一言で言って歪。マイルドに言って千差万別。
気力と魔力の操作は個人の得て不得手があるから、各線が体中に巡らされている人もいれば、魔線が左手の人指し指に一筋のみだったり、気線が右肩から指先まで幾学模様だったり、両線がお腹をグルグル回って絡み合う人もいる。
戦闘経験や修練によって線は延びて点は増えていくが、だからと言って長くて多いほど凄いという訳ではなく、気力や魔力の扱う才能や総量、修練度合いがわかるだけで、生まれながらに幾つかの点を持つ子供もいれば、線を持たない老人だっている。
線が「個性とは別の十人十色」と言われる由縁だ。
線についての解明後は超常的な力が得られたワケでは無かったので「たかが線が生えただけで何が変わるのか」という意見も多かったのだが、ややあって人の社会の自然に組み込まれていったらしい。というか今は人種の身体の一部として受け入れられている。
闘いが数字によって決まるわけじゃないのは知っているけど、自分が現在どのくらいの強さか見て分かるのは有難い。本人の意向は捨て置いても、幼い時から子供の魔法使いか剣士かの適正も分かるのだ。修練にも無駄が無くなる。
逆に古代の人は見えない強さへの求道に、よく心が折れなかったと感心させられる。俺なら折れてる自身がある。
つまりは、鍛練と命を掛けた戦闘、そして先程の体に関わる食材を使った旨い食事。
これらはどれも点の数を増やすために必須であり近道でもある。特に命を掛けた戦いは、著しく魂と器を成長させる。そしていつしか成長はそこにあった自身の壁を越え、人としての見合った『格』に上がる。
長々となったが、闘いを業にしている者だとシンプルに、強い魔物と戦い、その魔物を含めた旨い物を食べる。
これを繰り返して強くなるのだ。
その為グリンジョンには、高名な剣士や魔導師、傭兵等の強者は魔物との闘いで更なる高みを求めて、財を成した商人や強い権能を持つ貴族・王族も守護騎士を引き連れて更なる栄光と賞賛を夢を見てやってくる。
まぁ他人事のように言ってるが自分もどちらかと言うと彼等と同じクチなわけで。
兎も角、そういった多種多様の人種が集まってグリンジョンが、権力や腕っぷし等が交えた力の坩堝の顔を見せるのだ。
そんな大国以上の力が溢れるグリンジョンで平和が維持されているのはギルド本部のお陰だと人は揃えて言う。
都市の流通と治世から始まり、迷宮関連では冒険者の管理と迷宮攻略の支援、権力者から市井住民の陳情もギルドが承り、更にはその陳情を依頼という名のクエスト化等の職務を幅広くを行う。
業務というより、もはや行政と言うべき機関だ。
ギルドがここまで統治権力を持てるのは都市の支配者に等しいギルド長にある。
この都市を創設した超越者であり冒険者でもあったサディ・K・トパーズ。から数えて現在ではギルド長は三代目であるが、都市の歴史は約800年。そう、三人だけで統治してきたのだ。
先程も言ったように長生きする人ほど比例して強さも持っている。
歴代のギルド長も例に漏れず強い。というより化け物染みた強さを持っていたらしい。
人を越えた事により、不老不死に近い存在となった超越者によって代々治められてきたグリンジョンは、代替わりの少なさと、圧倒的強者の逆らう者のいない施政により良くも悪くも安定を迎えていたのである。