22 疑心の果ての笑顔
設定を明確にするために2話目を大きく改変しました。
宿のロビーのソファーに一人佇んでいるセナケイの元へ、赤ら顔のロメオがやってきたのは深夜だった。顔が赤色なのは酒で酔ったのではなく、山頂故の寒さのほてりでもなく、羞恥の紅潮。
この青年の顔が赤い理由をセナケイは知っている。
情報収集に長けた顔見知りの兎獣人と共に盗み聞き、もとい彼女の強化された聴力で先程の会話の内容を把握していたからだ。
その目的は青年の本性を知るためだった。
率直に言うと、この青年がどのような人物か誰もわかっていなかったからだ。
リーダーは普段からガサツで欲深い人族の中でも飛び抜けて我欲が強い人物であるが、なんだかんだ困っている人を放っては置けないお人好しだ。彼の強烈過ぎる人情は紆余曲折しながらも多くの人々の助けになった。
かつては自分もそうであり、それを契機に今のパーティに所属してからは彼の周囲の人物達と楽しく過ごしている。
自身のとある目的からは遠ざかったが、まぁ、この環境を悪くないと感じていた。
なのだが彼の大きな欠点...金が絡むとロクデナシになるのは今も好きになれない。
他のパーティとの小競り合いや、胡散臭い商人や魔術師と手を組んでグレーな依頼を引き受けたり...
排他的なエルフの中でも自身は寛容的だと自負していたのだが、それを軽々打ち砕く程に多くの問題を引き起こすのだ。
ロメオはジョーの人情ではなく、欠点の面が強く働いて連れて来た若者だ。
本人も素性を多く語らず、一人で迷宮の浅瀬を探索出来る実力を持つ男がこのパーティに加入する目的が分からない。実際に初対面では一物ありそうな男だと思った。要は信用できない輩だと思ったのだ。
性質が悪であれば連れて来たジョーには悪いが、ロメオには人知れず消えて貰うつもりだった。
自身が悪を許容出来ない事もあるが、清濁併せ呑むリーダーは兎も角、純なエデビスには毒である。
友人のカーリンと恩人のゲタックジョーの不利益となるモノは排除しなければならない。
そう思い、表面上は親しつつ観察していたのだが、どうやら大きな杞憂だったらしい。
情報屋と打ち合わせた通りに、彼女が表の顔で働いている飲み屋に皆を誘導し、別れ際に彼女と共に挑発する。
感情を揺さぶって本心を探る策だが、これが上手くいった。というより、納得する答えを得る事ができた。
作戦の効果がこれまた覿面で、ロメオはコチラの思惑に想像以上に乗ってくれた。
不貞腐れ気味に店を出て、とある女冒険者と会話をそこそこに寸劇を繰り広げ始める。役者の二人はどう思ったかは知らないが傍から見た演目は青春劇だった。
遠目から顔を見る事が出来た件の会話相手には驚いたが、ロメオの素を限りなく曝け出してくれたのは良かった。
話に聞く彼女の嘘を見破る力の前にいたのは、懸命であり初心であった不器用な男の姿。
観客はその青春劇を暖かい目で見ていた自身と、大いに笑う情報屋のみだったが、この時に彼を仲間として接することに決めた。
そう心を決めると今日の酒場でのやり取りから、先程の会話の内容とあの慌てっぷりを見る限り、自分と仲間に害を与える目的でパーティーに入ったのではないとも思えてくる。
捉え方によってこうも好意的になる自分に未熟さを感じるが、今はロメオについてだ。
結論としては、目の前の青年は何かを隠しているだろうが自分の思う悪ではない。
そのために手酷い去り方をした事に対して罪の意識がふつふつと沸いてきたのだが、今の彼は自分のそんな様子に気付かない程に興奮しているようだ。
とりあえず形だけでもと謝罪をするが、
『いーよいーよ、人には都合ってモンがあるからな!俺は気にしてないさ!』
そう言って取り付く島もなくセナケイを押し留めてロメオは自分の部屋に向かって行った。その表情は遠慮や謙遜というより、悦に入るような喜色。セナケイはその顔を見て追いかけるのを辞めた。
浮かれ気味のロメオの背を笑みで見送る。
(自分が考える以上に単純な者なのかもしれない)
けれどもその顔に浮かんだのはいつもの本心を隠した笑みとは違い、屈託なく自然に出た笑顔だった。素直で馬鹿らしい行動を取ったロメオと、そんな彼を疑った自分の愚かさが笑えてくるのだ。というより声を出して笑っていた。
そして夜が明けて『どうしてあんな事を言ったのか、恥ずかしいにも程がある...馬鹿か俺は...気持ち悪いぞ』などと宣い一人苦しみ、後悔している姿を見てニヤニヤするだけで何も言わなかった。
◇◇◇
「おはようセナケイ、ロメオ君。今日もいい朝だね」
「..おはようエデビス。今日も休みとは言え、朝から酒を飲むのはどうかと思うよ」
目の下に隈を作り、朝から...では無く、妄想熱に浮かれていた頭が冷えたのは明け方。そこから咄嗟の事とはいえ、自分のやってしまった行動を思い出し、羞恥により消沈している自分と対照的に爽やかなエデビスが部屋から出てきた。
なんというか...眩しい位に爽やかで、向けられる笑顔が光輝いているように見える。それが朝酒によるものだと思うと、グレた精神も相まってつい批難混じりに返してしまった。
「はは、何言ってるのかな?ドワーフの皆が朝から酒を飲むワケじゃないよ。労働を終えてから飲む酒にこそ旨みがあると感じるドワーフもいるんだ。僕もその一人さ」
「え?」
けれどもそんな棘のある言葉を意に返さずにエデビスは余裕を持って否定する。
「というか昨日はお店で飲んだ後に、どうやって帰ったのか覚えてないんだけど何かあったか知ってるかい?」
浮かれながら店を出ていったじゃないか?
セナケイと二人してどういう事だと、顔を見合わせているとゲタックジョーが気まずそうな顔をしながらやって来た。
「あー、それなんだかな。何故か酒が抜けても元に戻らんのだ」
「ハイ?」
「いつもなら朝には元通りになっているハズなんだが...原因はわからん。夜の冒険のせいか、それを頑張ったからか、サッパリ戻らんのだ。どうにかならんか?この原因が知られるとカーリンに殺されちまう」
「.....エデビス。お腹は空いてないかい?ポテトなんてどうかな?」
ゲタックジョーの生死はともかく、酔っているのかどうか、慎重にセナケイが確かめるように尋ねる。確か酔っていても食い物を与えておけば文字通り食いつくとは言っていたが...
「ポテト?悪いけど遠慮するよ。今はあまりお腹減ってないんだ」
その言葉にセナケイは器用に閉じられた眼上の眉を動かす。
これは...恐くて何も聞けない。だけども詳細は知りたい。本人は記憶に無いと言っていたが......
知り合って日も浅いパーティだがエデビスに大きな変化が起きたのは分かる。そしてそれがどのような変化か察する事もできた。
(ロマンスを求めると決めたけど、羨ましいのは確かだ)
そして確かなのがもう一つ。
ゲタックジョーがまだ「カーリンには秘密にしといてくれ。殺されてしまう」とか何とか言ってたがそれを聞き入れるのができないことだ。
心に決めた事に反することだが、自分を夜の黄金体験に連れていかなかったのは業腹であり、その妬みは別腹だ。大人しく墓に入ってしまえ。そう強く念じたロメオだった。
◇◇◇
翌日の下山途中
パーティー内に漂う空気がおかしかった。
底抜けに明るいドワーフに残りのメンバーは頭を抱えている。
リーダーは彼の変貌を彼の家族にどう説明しようかと、弓師は今後の探索をどうするべきかと、新入りは大人の階段を登った事に対して「どうだった?」と聞くタイミングを。
「あ、あそこにイカ葡萄がなってるね!ミコットが好きだから家に持ち帰ろうかな?」
もっとも当の本人は皆の心配を他所に気ままに探索を続けているが。
「まさか戦い方まで変わるとはなぁ~。女を知れば男が変わるとは言うが...まさかこうも変わるのはのぉー」
他人事の様に話すゲタックジョーは諦め、ではなく今後自身に降りかかる暴力について想いを馳せながら、どこか遠い目をしていた。
エデビスは性格の変化と同じく、その戦い方も大きく変わっていた。良く言えば積極的に、悪く言えば向こう見ず...それも特段の考え無しだ。現に先程からエンカウントした魔物に何度も一人で突撃している。何かしらの呪いでも受けたのではないかと疑いたくなる程のデメリットに皆が辟易していた。
セナケイが懸念してるのはこの事だ。
エデビスに特段目を向ける戦闘能力が無くてもチームとしての戦闘技術はあったのだ。魔物のヘイトを引き受けたり前衛と後衛の役割を理解した上で動いていた。時には自分が矢を放ちやすい様に動いたりもしていた。
それが馬鹿みたいな事が原因で失われようとしている。
今も草食であるが気質や見た目は狼のそれである魔物、緑狼の群れに突撃しようとしているエデビスを見て頭が痛くなるが、事態を止めなかった自分にも責任はある。
「よーし、今度も僕が纏めて倒すから皆は後に続いてくれ!」
はっはっはー!と笑いながら大鎚を振るい群れに突っ込む。
「待て待て待て!おい!お前一人じゃ無理だっての!ここで死なれてもカーリンに殺されちまうわ...くそが、金があって調子に乗り過ぎたわ」
「あんな豹変するとは誰も予想出来しませんよ...とにかく私達も行かないと」
短髪をガシガシと掻き毟ながら命令を出す。
「あーくそ、ワシらも続くぞ!セナケイ、ロメオ来い!」
「俺もお店に行ってたらああなっていたのかな...」
返事の変わりに呟いた言葉を二人は直ぐに反応はしなかった。
「...馬鹿な事を言わないでくれ。手元が狂う」
柳眉を顰めつつもその精度はいつもと変わらずホレボレする位に精確。
「そうなれば二人纏めてナンゾに置いてったかもしれんな...それよりもお前さんも手伝わんかい!エデビスの近くを頼むぞ!」
大斧を大きく払いリーフウルフを一掃しながらゲタックジョーがぼやく。
「やってる!というか余裕があるなら自分でやれよ!」
倒れた狼から突き刺した剣を引き抜き、すぐに別の狼と相対しながら吠える。応じつつも今考えてるのは二人との差について。軽口を言いながらも余裕のある彼等二人の実力を肌で感じとったからだ。
二人の体に刻まれた魔点や気点の数も、『格』もどの程度なのか分からないが戦闘力は自分より上だろう。
悔しいやら追い付きたいやら思うが今は戦闘中だ。
「ロメオ君、さぁ行こうか!」
エデビスはブンブンと大槌を振るい近くのリーフウルフを狙うが倒すに至ってない。というより、素早い狼の動きに的確にヒットしないのだ。いつもの彼なら時が掛かっても倒すまで一匹ずつ相対していたのだが......
今は細かい狙いを捨てて、威力を上げた一撃を振るいながら、何かに憑かれたように先陣を切ろうとする。そんなエデビスは自分をお供に指名したらしい。
「ちょ!っと...ったく、...少し待ってくれ!」
ロメオは急ぎ地面を蹴りつけてエデビスの隣に立つ。指名されたからではなく、本当に危なっかしく思えたからだ。
「リベラルシャドウ!」
言うやロメオの白い影が鞭の様に暴れまわる。
魔法名だけの詠唱。以前のガンバークイナとの戦いのそれよりもその強度は控えめだが、蹴散らすだけなら十分な威力。
横から飛んで来た影が自分に群がるリーフウルフを払うのを見て
「よーしっ!このまま」
「行かなくていいから!1度下がって、連携を取ろうよ!」
尚も一人で進もうとするエデビスをロメオが慌てて止める。
まさか最近までボッチだった自分が連携なんて言葉を使うとは思わなかった。
窮地の中で出てきた気恥ずかしさのせいか、声も微かに上擦る。
「隙を作るから、その時に行け!な!」
だからと言って命を張った戦闘で油断するわけにはいかない。
心を落ち着かせて続けざまに魔法を放つ。
(ともかく隙を作らないと!それならエデビスの攻撃も当たる!)
「馳せる煌めきに慄け!」
詠唱しつつ体を正面に向ける。けれども視線は地面に持っていく。狙うは近くにいる狼ではなく、
「ミバチ!」
左手から地面に放たれた一筋の雷の魔法が、轟音と青い火花を景気よく散らす。軽く爆ぜた地面の周囲には音と光によって竦んだ狼の群れ。
「今だ!」
「了解だよ!」
大槌を勢い良く振り回しながら怯んだ狼に止めを刺していく。動きが止まったリーフウルフには掠るだけでも重い一撃である。この咄嗟の連携により戦況は傾き、リーフウルフの群れは一気に数を減らしていった。
数の不利を悟ったのか、群れは一斉に逃走した。
ややあって、リーフウルフの群れを撃退した一行だったがロメオを待ち受けていたのは説教だった。
「バカモン!やるならワシらにも言わんか!うるさい音で驚いたわ!」
「済まない。その、な...仲間が居ることに、頭に入って無くて」
一人で闘うことの多かったロメオは周囲への配慮が足りていなかったらしい。本来なら勝手に戦闘を始めたエデビスも説教を受ける立場なのだが、下山当初から何を言っても笑顔で良い返事をするだけなのであまり意味を成さなかった。そのため今回はロメオ一人に絞られていた。
「全く...せめて一言でいいから声を掛けろ。ワシ等とお前さんは碌にお互いの細かい力量も知らんし、どんな技も使うかも分からん。合図も決めてないし目で話すこともできん」
「ハイ...」
「「何々をやる」と大声で叫んでも人相手ならともかく魔物なら問題は無い。いいな?」
「ハイ...」
説教を真面目に聞き入れて落ち込むロメオ。正しい事なので反論する気はなく、そんな素直な態度にゲタックジョーも怒りが削がれたようだ。
「まぁ、なんだ。追々掴んでいけばいい。組み始めたばかりだからな」
「うっス...気を付けます」
という感じで話が終わりそうな頃合いだったのだが、唐突に笑顔のエデビスが会話に入る。
「まぁまぁ兄貴。ロメオ君も反省しているようだし、許してはどうでしょうか?」
悪気の無い助け船に皆が驚愕する。助けられたロメオも苦笑いだ。
「...それを君が言うのかい?」
「戻ったら治療院に連れてくべきだな。本格的にマズい気がする」
真顔の年長者二人のそんなやり取りを見ていると、随分と賑やかになったと感じる。
危険が多いから帰るまでが遠征と言われるが、初の遠征はアクシデントだらけだった。ああも自身の感情が起伏するとは思わなかったし、チームプレーはちぐはぐな面もある。更に言えば今も新たな問題を抱えている。
(だけどもまぁ、こんなのも悪くはない。のかな?一人でいるより大分マシだ)
心のどこかが納得するロメオだった。




