21 月下の黒人形
「やっぱり着いて行けば良かった...間違いない」
標高から来る寒さに息を白くさせ、身を震わせながら一人呟く。
物語の様なロマンスを掴むと誓い、夜の遊びに断りを入れた直後にも関わらず、放置された寂しさから弱音が出てしまう。
こんな心境で一人宿に帰るのも釈然としないので、折角だからと新たな土地を巡る事にしたのだが、それでも心は晴れない。
恵まれ山の山頂付近にある、開けた平地に造られたナンゾ村は想像以上に大きかった。
マールから話に聞いた冒険者向けの各施設や訓練施設が建ち並ぶ。居住施設も多く、山の魔物から村を守る為に石の城壁に囲まれたこの村に、やはり村という呼称はおかしい。
その全容は中規模都市はあるのかもしれない。やはり間違えている。街か都市にでも変えるべきだ。
気が付けば建物から漏れる灯りも少なくなり、喧騒から遠退いていた。そこの周囲に人影も少なく、ポツポツと人も疎ら。
街並みを眺め、気ままに歩いていたらいつの間にやら居住区に来ていたらしい。
しまったなぁ。
と、こんな静閑な空気も悪くはないのだが、どうせ歩くなら明るくて音が聞こえる場所がいい。そう思い、先程までいた繁華街へ体を向けた直後に声が聞こえてくる。
「あ、アナタは確か...何だっけ?」
それは何処かぎこちなくて、か細い、鈴のような声。
「...貴方達兄弟がムムムーンベアーを討伐してた時に会ったロメ、......ロマンです」
ボケた挨拶をかましてきた女性に、驚きを呑みこんで上手く対応した自分を褒めてやりたい。
雲の陰りのない月下に、黒は良く映える。
第一ボタンまでシッカリ締めた黒のチェスターコートに黒のレギンス。そしてブーツも黒。長いコートから僅かに見える白いブラウスだけが色違いの殆どが黒尽くめの格好。ついでに言うと自毛も瞳の色も真っ黒だ。
小さな顔と細身の体で歩く姿にスタイルの良さを感じるが、ブレない歩き方は闘いに身を置く者だと再度認識させられる。
「そうだった。ロマン君。...アナタは...そんなに怒ってどうしたの?」
ロマンと名乗るのも呼ばれるのも好きではないのだが、彼女達と出会った時に自分がそれを認めたのだ。
「...今しがた仲間に置いてけぼりにされてしまってですね、悔しやら悲しいやらで一杯なんですよ」
この精巧な作り物みたいな美貌を忘れる訳がない。
恵まれ山の探索中に出会ったオルティア・ロンタル。
装備をキッチリと纏っていた彼女は街中の服装も同様に肌の露出が少ない。そしてこんな寒い日は...失礼ながら彼女の雰囲気にお似合いだと思ってしまった。
どうしてここに?こんな時間に一人で?エルガンさんは?等の疑問が浮かんでくるのだが...
「そう」
「ええ、そうなんです」
「...」
「...」
(か、会話が続かなーい)
緊張から段々と頭が冴えていく。
グリンジョンのアンタッチャブル。だが自身の情景であり、密かに尊敬している人の妹。彼女と接していいのかは曖昧なラインだが、話し掛けられた手前対応せざる終えない。
ただ、何故話し掛けようと思ったのか位は教えて欲しかった。
何の用かは知らないが、話し掛けた側が消極的過ぎて会話が続かないからだ。
先程のジョーの言葉を認めるのも癪だが、自身もそう受け答え出来るタイプではないのだから。ソッチが頑張って欲しい。
無論、こんな美人に声を掛けられたのは嬉しいけれど。
グリンジョンで知り合った女性達は誰もが自分から話すタイプだった。
マールなんて聞いてもないのに自分から矢の如く話掛けてくれるタイプだ。どうやら彼女はボッチからするとイージーな女の子だったらしい。
対して目の前の女の子は口数少なく、表情も読みにくい。間違いなくハードモード。
相手をするにも自身のレベルは足りていないだろう。
とにかく、当たり障りの無い話題でも捻り出さないと...
「...えーと、確かオルティアさん、でしたっけ?」
「うん」
「えー、何でこんな時間に外をウロウロしているのですか?女の子が一人でそんな事をしていると危ないですよ?」
自身より強者の匂いを醸し出す彼女に対してそんな事これっポッチも思ってないが、ガラス細工の様な儚さを纏う彼女を見ていると何処か危なっかしくて、咄嗟にこんな言葉が出てしまう。
「...今日は月が綺麗だから」
「はい?...ああ、確かにそうですけど...ここは寒くありませんか?」
キャチボールが上手く成立しているとは思えないがとりあえずは返してくれた。彼女は少しばかりノーコンらしいが、それを自分なりに噛み砕いて理解し、また返していく。
それが功を為したのかオルティアさんはもう少し具体的に話してくれた。
「それでもいいの。ココは高くて、月が良く見えるから...それにこの寒さも夜の街を歩くには丁度いいから」
「それは...まぁ、分からないでもないですね。心地良さがある気はします」
確かに月の明るい夜の街を歩くのはテンションが上がる。
安全な夜道を歩く楽しさに、肌寒さが散歩のスパイスになるのもわかる。着込む位の寒さが心地良いかもしれない。
そしてそんな彼女の人間性が見れた事にちょっぴり驚く。
(人形みたいな女の子だと思っていたけど、案外考えている事は普通の人と変わらないんだな)
これまた失礼な事だが...彼女がこんな感性を持っているとは思ってはいなかった。
初見で感じた生気を感じさせない、鋭い氷の様な彼女が本当は自分達とそう変わらないなんて....
そんな意外性がおかしくて、笑みが漏れてしまう。
「元気出たみたいね?」
「へ?」
「何故かは知らないけど......さっきよりは顔が良くなった。良かったね」
そう言って微小するオルティアさん。
以外だった。微笑みをも向けてくれるなんて思いもしなかった。そんな女の子らしい挙動は目を奪われる。
そしてなにより、そんな綺麗な顔でそんな事されたら...
「っ!い、いやぁ。オルティアさんのお陰です」
偏見だが、冷たいと思っていた人が不意に見せる笑顔は、男は誰であろうと赤くなると断言できる。
「?...なんで照れてるの?」
けれども彼女にはそれが分かっていないらしい。そうやって知らずに首を傾げる仕草もまた魅力だという事も。
(!何聞いてくるんだ!?そんな可愛いの見たら誰だってそうなる!おちょくってんのか?この人!?)
「はっ?そ、そんな事ないですよ。何言ってるんですか!?」
焦る心と上気する体を抑えて出たのが男子としてのブライド。こんな状況で正直に可愛い等と口に出して言える勇気もトーク力も無いのだ。
「どうして...嘘つくの?」
けれども精一杯張った虚勢を聞くや、瞬く間に悲しそうな顔となるオルティアさん。
表情の変化に乏しい彼女だが、良く見れば目と眉が僅かに下がっている。加えて声色の変化は人並みなのである程度の判断はついた。
「い、いやいや、そんな事は」
(...以前もだったが間違いない。この人は心を読む、あるいはそれに近い事が出来る。魔力の動きは見られないのは変だが)
そう考え、吃りながらも彼女の他の変化を探すが特に見当たらない。
「....分かってるから。兄さんの事も含めて私、嫌われてるのは知ってるから」
そんな俺の曖昧な返事も聞こえないかのように、いつものことだと自分にも言い聞かせるように呟き、俯くオルティアさん。
(凄く落ち込んでる...なんか、罪悪感が凄いな...)
雰囲気も見た目も彫刻の様な無機物な感じだと思ってたが、以外に子供っぽい彼女。
そんな彼女のこんな姿を見せられると、虐めたつもりはなくてもそれらしく心が重くなる。
「あ、あのですね、別に好んで嘘、を...ついてる訳ではないんですよ!なんと言いますか、アレというか...」
「...じゃあ、なんなの?」
悲しみ混じりの視線に固まってしまう。
恐らく比喩抜きで嘘を見抜ける彼女に虚言は通じないだろう。ヘタな言い訳はダメだ。もう逃げるべきか...いや、ダメだな。
彼女が本気を出せば追い付つかれるのも容易いだろう。
そもそもあんな表情を前にして逃げたら男として格好悪い。ダメだ。
こんな時テュカス様は、あの人なら...
こんな時に頼るべきは百戦錬磨のエロ伯爵。女性関係で起こした問題も多いが、謎の機転で切り抜けた事も多い。そんな彼の言行録に書いてあった一小節が、ふと甦る。
『女性への謝罪には順序というものがある。大抵の女は強気で開き直れば女は許してくれる。それでも無理なら堂々と裸の心を見せてやれ。それでも、それでもだ...何もかも無理だった時にはベッドの上で裸の身体で謝罪するのだ。ワシはそれで赦されなかったことはなかった』
多分違うと思う。おかしいと思う。謝る側がそういう心持ちなんて、人としても間違えてると思う。けれど今思い浮かんだ最善策はこれしかない。
「分かりました...わかりましたよ」
(覚悟を決めろ。自棄っぱちでもいい!)
まずはキョロキョロと人が居ないことを確認する。人に見られてはマズイ。
誰も居ないことを確かめると、テンポ良く浅く早く呼吸を繰り返し、満たし喉を調える。
すぅっと息を吸い込んで気合いも入れる。
入った空気は冷たいだろうが血の熱さは冷えない。
巡る血が燃料、心臓がタービンなのだ。
目の前の彼女は雰囲気が変わったことに怪訝そうにするが、もう俺は止まらない。
最後に、血走った眼を閉じる。視覚を遮断することで、無理に体を弛緩させて爆発的に動くためだ。
今からヤることへの彼女に隙は与えない。
そして俺は、閉じた瞼を開いて....
顔を空に向け、一気呵成に言葉を発した。
「貴女が笑った時に凄く可愛く見えて凄くドキッとしたんです!前に会った時から思ってましたよ。美形だなって!エルガンさんも本に出てくるどんな英雄よりも格好良くて、その隣にいた貴女も綺麗でした。その美しい髪の毛も目に残ってます」
「えっと?...え?」
口早に出るのは彼女に感じた良い印象の部分。
それは頭に思い付いた瞬間に口にするだけの作業。
自分が今どんなに顔をしているかは分からないが、ギュッっと目は力一杯に開き、口はなけなしの覚悟が出るくらいに広がっている。呼吸も荒いだろう。
「嘘、じゃない...えっと、あ」
「それと初めは怖いとか冷たい印象が強かったのですが、今話している内に優しい人だと知りました。喋る事が得意じゃないのに落ち込んでいる人に声を掛けるのも凄く勇気があると思います。それにその服装もシックでシックリと言うかなんと言うか似合ってます」
「やめ、わ」
何か言っている気がするが、彼女をいない者扱いにしないと死ねる。恥ずかしくて死ねる。上を向いてて良かった。
「それに顔がそこまで整っていると見ているだけぇっで!」
「わ!わかったから。あ、ありがとう」
必死に話してる最中に奔った肩への鋭い痛み。
その痛みに思わず目を向けると、両肩に手を置いているのはオルティアさんだった。眼と鼻の先にいる彼女の白雪色の頬は赤い。なにより顔が近い。後痛い。
◇◇
ロメオの自爆攻撃は効果覿面だった。相手にも自分にも。二人とも恥じらいやら羞恥やらでまともに顔を合わせる事が出来ない。
見つめているのか、何処を見ているのか、声も発さずに静寂が二人を包んで...
「あ、あの」
どのくらいの時間が経ったのか分からない。ただ、沈黙を破ったのはオルティアからだった。
「あのね、正直に、頑張って話してくれた君は、嬉しかった...だから......私と友達になってくれない、かな?」
深く息を吸い込んで、たどたどしくではあるが自分の意思を込めた言葉をゆっくり紡いでいく。都市で嫌われている自分に正面から立ち会ってくれた彼と向き合い、思いを乗せて。
「イヤ、無理です」
だから間髪入れずに断られた事に信じられないという顔になるのも無理はないだろう。
「どお...して?」
誰が見ても悲壮感溢れる顔となったオルティア。今の彼女はとても世間で人形と呼ばれるそれではないだろう。湿っぽく、捨てられた子犬のような。
「ちがくて!そうじゃあ、ない!女の子を褒めるのって勇気がいるんですよ。言う度に心臓が悲鳴をあげててっ。そもそも俺は一人旅が長かったから同い年位の女の子と話すのに慣れてないんです。今のは特別っていうか...とにかく今は無理ですっ!勘弁してください...」
そう言い終わると同時に頭を深く下げるロメオ。その一連の姿はある意味で様に、一種の芸となった。
「そう、なんだ。そう、なのね」
弁明の言葉も早口だったせいか意味の咀嚼に時間を要するらしい。
「わかった。それにしても...へふふっ、アナタって」
そして笑いに移行するには時間が掛からなかったようだ。
早口で捲し立てながら深く頭を下げたロメオ。
その長い弁明の意味を噛み締めながら、同時に見せたその勢いある謝罪にクるものがあったのか、顔を背けて笑うオルティア。
「お願いだから笑うのも辞めてくださいよ。お願いします...」
「ふふ、んんっ、ゴメンなさい。でもね」
「何ですか...もう」
不貞腐れながら顔を上げるロメオの時は止まる。
「楽しかったよ」
そこにあったのは心からの笑顔だった。
人形、彫刻、作り物等と呼ばれた彼女は存在せず、あるのは美少女の会心の笑顔。
見たら万人が見惚れること間違い無い、可憐な表情。
その笑顔は男の心を逃がすハズも無く......
「っ!ここは、...もう熱いですね。俺は帰ります!」
もう駄目だ。これ以上は本当に危険だ。彼女の幾度と無いカワイイ奇襲に、感情の七変化が心身共に不調をきたし始めている。血液は体を乱流し、心臓はお腹から喉にかけて遊び回っているんじゃないかってくらい動きが激しい。
「あっ」
僅かに残ったプライドがこれ以上は危険だと戦略的撤退を進言している。それを心で受理すると彼女に顔を録に見せず駆け足で去ってしまう。
何か言いたそうな顔の彼女に気がつかぬままに。
「さよーならああああああぁ!」
これも...ロマンスなのか!?
悲鳴染みた別れの言葉を木霊させながら駆けるにロメオには分からない。けれどもそう想わずにはいられなかった。
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