2 都市へ
遥か昔、魔物の脅威に苦しむ人々が神に祈り、縋り着いた末に神から与えられたと言われる「線と点」
闘う者の体に刻まれたそれ自体に特別な力は無く、唯の強さの指標であったが人は大いに喜んだという。
理の越えた事象を引き起こす、魔法能力の強さを表す魔線。
肉体の強さと、肉体を活性化する気力能力を表す気線。
自身が取得した特技の熟練度合いを表す特線。
成長するにつれ自身の持つ体の線の上に点が刻まれていく、強さへの道標。
線が発現した者はその目に見える可能性に希望を抱いた。いつか点を刻む事が出来るようにと。
研鑽を積んで線の上に点を刻む者はその証を見て勇気を得た。点の数だけ力を得たのだと。
だが希望と勇気を得ても人は魔に勝てなかった。敵が強すぎたのだ。
「・・・越えた力を、・・・破る力で無ければ...」
そんな絶望の中で生まれたのが、神ではなく人自身が起こしたさらなる奇跡だった。
魂の強化と具現。
「線と点」とは異なる奇跡のそれは、星として体に現れた。
1つは人が壁を超える度に増える星、人としての階位、「格」。
もう1つは異能・才能が具現した力、「魂魄」。
いつしか多くの英雄が生まれ、魅了し、暴れまわり、散って...二度の奇跡が魔王を斃し、世界に平和が訪れた.....
◇◇◇
なーんて、
仰々しい言葉を使った、誰もが知っている昔話の時代から人が闘いに用いる道具に変化はない。
神々から「線と点」を受け取る以前から、人の魂の変革前から変わらないのだ。鍛練を積んで身に付けた技を剣や槍の武具で存分に振るう、はたまたド派手な魔法を杖で発現させる。
長い年月で剣技や魔術の研鑽は進んでも、鍛冶の技術が良質な鋼を生み出しても、闘いの道具は昔ながらの形を保ったままだ。
また、多くの男子が子供の頃に、先程の昔話の英雄に倣って木枝を振るう遊びも何時の時代も変わらないと思う。斯く言う自分もその遊びの延長、という訳ではないが今現在も、ありふれた形の剣を振るっている最中だ。
「ふっ!」
起伏の少ない山を駆けながら剣を突く。正確には追い駆けていた鹿型の魔物を、跳躍により距離を縮めて背後から剣を突き立てる。
「これで二匹目」
艶のあった毛並みが溢れる血で汚れるが、今は獲物を狩れたことへの達成感が心を弛緩させた。
嘆息すると有ることに気付く。
逃げた獲物を追跡する前から草木に囲まれている事は変わりないが、周囲に果樹が群生していることだ。ついでに言えば視界に映るこの木には見覚えがあったし、木の本数や土の感じもなんとなく...
「あれ?ここって確か?」
口にするとますます既視感が濃くなる。というか本当に見覚えがある。二日前にこの目の前にある木からいくつかの果実を捥いだのを覚えている。
だから多少なり荒涼としているハズなんだけど...その、凄く、実っていないだろうか?
◇◇◇
「ロメオ君。今日も大量じゃない!ソルフォックスにウールジカ...と、ランダムミカンね。今日もそのカバンに何個か入ってるんでしょ?1つ頂だ~い」
多くの人で賑わうギルド。金と書類が飛び交う事務職の戦場で場違いな声が響く。
ギルドの制服をキッチリ着こなした獣人の受付嬢が、スンっと鳴らした鼻で柑橘の匂いを嗅ぎとったのか、タメ語で年下の男の子にねだる。
本人は気高い狼族の出だと言っていたが、その懐っこさやフレンドリーな態度は犬族そのものだ。
自称する出自と、仕事人としての見た目が本物なら出来る人だと信じてしまうだろう。ついでに口を閉じて真面目な顔をしてれば尚更だ。自分も出会った始めの5分間はそれに騙されたのだから。
もっとも、今のような気安い態度は嫌いではない。
そしてそれが自分に向けられても怒りは湧かない。自身も誰かとこんな関係になるのを望んでいたし、この頭のネジが何本か足りない知人はこれが素で、なにより美人。
舐められている訳では無いのだ。
「あ、やっぱり4つ位は欲しいかなー。友達にも分けてあげたいし」
...無いはずだ
「...ハイハイ。それよりもさ、やっぱ迷宮はおかしいよ。なんでああも際限無く実りがあるの?このミカンも前と同じ木から採ったんだけど、前にモいだ所に実が付いていたんだよ...おかしいっていうより最早ホラーだよ」
彼女の要求通りの個数を渡すついでに、先程感じた疑問を投げ掛ける。けれども回答者はにべもない。
「おかしいって言われても...迷宮はそういうモンだってしか言えないかな。昔からそうだし。ロメオ君が今日食べた朝食も迷宮で採れたものだよ?」
「いやさ、それは分かるんだけど実際に見ると心配になってきて、なんかこう、お腹とか壊さないかな?」
このランダムミカンだってこの都市の外でも栽培されている。だからこそ三日前に捥いだ木から、瑞々しく実っている物を見てしまうと、不安にもなる。
「へーきへーき、世界中の人が一度は迷宮で採れた物食べてるのよ。ロメオ君だってどこかで口にしたこと位はあるはず。そんなに怖いなら私が残りのミカンも食べてあげよっか?」
自分のカバンを見つめる彼女はどれだけ食い意地が張っているんだろう?とも思ったが彼女の純粋な食欲が、自分が抱いていた迷宮食材への恐怖を薄れさせてくれた。
「...勇気を持って食べることにするよ。また明日ね」
そう別れを言い帰路に向かった。
◇◇◇
(今日は何処で飯を食おうかな?)
迷宮探索で厚くなった財布と頭の中で相談しながら魔動車に乗る。簡易な屋根と座椅子が付いた馬と操者要らずのこの車は、見た目は貧層だがその性能が凄い。走行中は人や物にぶつからず、自動的に決められた場所に停まり、また走る。グリンジョンにしか配備されていないらしく、故郷の帝都でも見た事が無かった。
乗客は自分と同じ迷宮帰りの冒険者達。
流れるままにロメオは車の進行方向を背とした席に着く。そこから見える景色は先程まで自身がいたギルド本部と...その後ろには三つの迷宮。
グリンジョンの象徴である『ハガネ山』と、今日探索した『恵まれ山』の両山に挟まれた緑色の塔『ウルベンの守護塔』
都市の外から見た巨大な山と塔は何時どんな時、どこから見ても違う顔を見せる。今も夕陽を背にした景観には味があって....この都市に来てから一月位は経つが、こういう眺めの飽きは自分には未だ来ないらしい。
はっきり言ってココに来てからは劇的だった。
僅かな期間で長く一人だった自分に、ちょっとばかし変な探索仲間と、そこそこの知り合いに、目標となる人が出来たのだから。
もっとも、ヤバそうな連中に目を付けられたらしいが今の処は何も被害は無い。
日々生活する金銭的余裕も...少し前に武器製作の依頼を出したので貯蓄が大きく飛んでしまったが.....多分、恐らく、大丈夫だと信じたい。
まぁ、少しばかり憂虞な事もあるけれど、生きているという実感は昔に比べて強くなった。
だからこそ、グリンジョンに来た事は間違いじゃないと胸を張って言える。
それは初めてココに来た日からずっと変わらない.....
◇◇◇
丘でこの都市に見惚れていたあの後、夜更けに都市に入場したあの時に、眼が飛び出るかと思う程の衝撃を受けた。
そこは明るかった。
多くの街灯が人々の足下と顔を照らす。酒や笑いで赤くなった顔の色や表情まで見える程に。建ち並ぶ様々な店の看板を見えやすくするために。夜の帳も下りたままだ。
世界中から多くの冒険者や商人などが集っている都市なだけあって、右へ左へ何処を見ても店がある。
屋台からは見たこともない料理や調度品、武器や防具と文化の飽和を否応無く感じさせられた。
動いているモノからも目が離せない。
何の石かは分からないが、繋ぎ目が無い石畳の固い地面を馬が牽いてない荷台が、様々な人種が動き回っている。
人種において、特徴らしい特徴がないと言われる数の多い人族は勿論のこと、人族に獣の特徴を加えた獣人族や美しい貌と神秘性が調和したエルフ、鉄と飯の親であり兄弟でもある体躯の大きいドワーフ、種族間の架け橋である小さな種族のミニリィを合わせた3種の幻精族。
果ては戦闘民族と呼ばれる鬼人族や、暗闇に溶け込む様な、種族衣装である漆黒のマントを羽織るバンパイア等の妖霊族も堂々と闊歩している。
楽しそうに...一部は怒声や怨声も聞こえるが、その誰もが活気を持っている。
夜の賑いも併せて心が熱くなる。
(本当に来てよかった)
幼い頃から曾祖父達に聞かせてくれとせがんでいた場所にいる。昂ぶるのは当たり前なのかもしれない。
様々な露店から客寄せの声と共に飛んでくる香ばしい匂いや、見目麗しい女性が店先で店の自慢料理を紹介する食事処に入りたくなるのを堪えながら宿を探す。
幸いにも路銀は自身の特別な魔法によって余裕がある。
この世界の魔法は大別すると3つ。
生まれながらに持つ天性を開化、または稀まれな経験を得て取得する魂が顕在化した魂魄魔法。
修練によって得る後天的な獲得魔法。
そして他者から「線と点」、もしくは「魂」を受け継ぐ受魂魔法である。
魂魄魔法は個人によって得られる数も強さも多種多様であるが、どの種族の誰しもが取得の可能性を秘めている。
個人の、特有の、オリジナルの魔法だ。
ただ、多くの者は発現しないまま生涯を終える。
故意に発現させようにも人によってその方法は千差万別で、日常生活を営む上である日急に発現したり、何らかのアクションによって呼び起される。宗教によっては「神からの贈り物である」と言って天恵魔法と呼ぶ者もいるが、万人には魂魄魔法の名が通っているだろう。
つまりは魂魄魔法は天性の開化や経験を得るという、取得方法が個人によりあやふやで難易度も高い。
なのだが、確実に発現させる方法も存在する。...高い金を払い高位の魔導師や、人を越えた存在の『超越者』によって魂へ干渉してもらい強制的に、かつ安全に開いて魔法を発現させることができるのだ。
多くの貴族や大商人は伝手と大金をあれこれ使い、本人は労せず得られる魔法が魂魄魔法であり、ある意味上流階級にとっては魔法取得の難易度は最も低くなる。実際にロメオもそうして魔法を手に入れたクチだ。
こうして手に入れたロメオの魂魄魔法は自身の影を操る「リベラルシャドウ」
彼の意志で影の形も大きさも変える事が出来る。
曾祖父の妻の一人、もといハーレムの一人で高貴なエルフ。
ロメオの魂を開いてくれた彼女は、血の繋がらないにも関わらずロメオに魔法のいろはを教えてくれた。
そんな彼女による命名だからだろうか、ロメオ自身この魔法名を今も気に入っている。
曾祖父はその名を聞いて「可哀想に...」と嘆いていたが幼いロメオの喜ぶ姿を見て複雑そうな顔をしていたのを覚えている。
そのリベラルシャドウには影を操る以外に珍しい特性が存在していた。
その一つである「影部屋」(命名者は同一人物)は影の中に物を出し入れすることが可能で、物の重さは何処に行ったのやら、ロメオに重量は感じさせない。また、その内部は魔力によって時の流れを自由に操作することができる。
それを初めて曾祖父に見せた時は「希少特性のアイテムボックスかぁ...チートウラヤマ!」と良く分からない事を言って羨ましそうな顔をしていたのも覚えている。
そんなリベラルシャドウはロメオの旅に最適だった。
旅の最中は水や食料に困ることなく、衣類を含めた雑貨も纏めて収納できた。
狩りで得た魔物を影の中に入れて自分の食料に、食べられない部位も価値があれば立ち寄った街の冒険者ギルドや商店に売り払う事で余すことなく利用することができた。
欠点を上げるなら影部屋にはロメオ自身は入れず、その許容量に限度があること。
ロメオの影が光によって形造られないと発現することができないこと。
そして便利な能力なので人に狙われる危険があること。
詳しい容量は本人にも分からないが今現在は「人が寝泊まりと食事が出来る部屋」程度だと認識している。
こんな曖昧な表現なのは、1日1日、人は成長するからだ。それは魂魄魔法の根源である魂も同様に成長するからである。
そのため、成長する魂に比例して影部屋の容量は徐々に大きくなる。だから容量の詳細はロメオ自身にもわからなかったし、毎日調べる事自体が面倒でもあった。
また、旅では睡眠の度に「影部屋に入ることができたら」と思うことが何度かあったが、それを差し引いても必要な荷物は全て収納できるし、新鮮な料理が森や荒野で食べれるのは有難かった。
これ以上望むのは、それこそ魂魄魔法を天恵魔法と声高く言う人達から「神から頂いたものにケチを付ける気か」と天罰ならぬ人罰を食らうだろう。
にもかかわらず、魔法によって資金と物資に余裕のあるロメオの現在の格好は、着なれた服にボロボロの茶色い外套を纏い、背に武装のショートソードを差し、その上に大きな背嚢を背負うというもの。
カバンの中には多少の魔石と少量の金銭リーア、必要最低限の旅用品が入っているが、大半の貴重品は影の中だ。
この格好はお世辞にも金に余裕がある者には全く見えないが、魂魄魔法を匂わさない為に、仕方なしに着こなしている。
力の弱い旅人兼冒険者はこんなもんだろう。そう思いながら。
リーアはお金の単位です。