19 ナンゾにて
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「乾杯ィ~!」
四人が音頭に合わせてエールの入った鉄のジョッキをぶつける。そうなれば次は一気に飲み干す作業。そのペースに差はあれど、とりわけゲタックジョーとエデビスのそれは早かった。
二人はゴクゴクと喉を鳴らしながらエールを飲み干すと、テーブルに叩きつけるようにジョッキを置く。前の宴席では見せてくれなかったが、気弱なエデビスも種族柄か酒となると呑み方も豪快になるようだ。
リーダーの我が儘により疲労と汚れが溜まった体で、朝方に恵まれ山の山頂にあるナンゾ村に到着したロメオ一行は、山の恵みを換金した後に宿を取って夜まで休息を取った。そのまま眠りに就きたかったのもあるが、どうやら皆の体がエールを求めていたらしい。
何と無しに集ったパーティーはセナケイが強く推した事もあって、ナンゾでも指折りの飯屋「頂上の幸」で呑む事になった。
「姉ちゃん!新しいの二つ!それと、この店で一番高い酒を5瓶頼むぞ」
「ジョーさんはご機嫌だな」
気前良く注文するゲタックジョーにロメオが話し掛ける。
今回の遠征が誰かさんのせいで長引いた事により命を預ける状況が多くなったからか多少、いや、大分砕けた関係となり、ゲタックジョーも気安い関係を望んでいたのでジョーと呼ぶことになった。
「当たり前だろうに。ワシらは頑張ったからなぁ!それよりもだ~。ん~?おいおいおい、一杯目がこんなペースじゃ酒が泣いとるぞ」
ゲタックジョーが自分より遅い―呑んでる途中のロメオとセナケイを捲し立てる。
ナンゾの換金所を出てからというものずっとこの調子で、皆の熱が冷めても変わらなかった。そのテンションの高さにウザさを感じ初めてもいるが。
「イヤイヤ、早すぎだろ。ドワーフと同じ速度ってどういうことだよ...」
「ワシはドワーフの呑み方を覚えたからな」
「覚えた?え!?...覚えた?」
「おうとも。苦労したわ」
「......」
吸う動作と呑む動作を同時に行う。
ドワーフが成人すると自然に身に付くその種族固有の技法は、人族はもといドワーフ以外の人種では土台無理な話だ。
真偽は定かではないが上位格のハイ・ドワーフともなれば飲みながら呼吸をしたり、果ては体に酒が触れるだけで酒を味わう事が出来ると言う。
そこまでして酒が欲しいかと呆れられる種族であるが、ロメオとしてはそれを苦労しただけで種族の壁を超える意味のわからないゲタックジョーの方に茫然としてしまう。
「ふふふ、兄貴は凄いだろ?ロメオ君。君を連れてきたお陰でこうも旨い酒が飲める、食い物も旨い。本当様々だよ!あ、勿論君にもね。本当に素晴らしい魔法だ!」
「...あー、...エデビスはどうしたの?」
朗らかな調子のエデビスはいつものドワーフ訛りは何処に行ったのやら、流暢に口から共通語が飛び出していた。
陽気で活力が満ち足りる状態になるのは構わない。のだが、余り触れて欲しくない話題について大声で話すのは辞めて欲しい。
どちらにせよ今のエデビスに関わりたくないので、返事をせずに無視してゲタックジョーに振ってみる。
「ああ、言い忘れとった。コイツは酒が入るといつもこうなる。有り体に言えばハキハキ話すし正直になるのよ。今みたいになんでも喋るが心配するな。おい、エデビス。このポテトでも食っとけ」
ゲタックジョーの、さも手慣れた感じにペットにエサを与える様な、おざなりな扱い。だが当の本人は満足そうに口に運んでいく。
「兄貴!塩とバジルが利いてますよ!」
「おお、そうだろうそうだろう。ホレこれも食っとけ」
「君。ビール2つとポテトを大盛で追加、それと食べ物も適当に追加してくれくれないか」
セナケイも同様に慣れているからか、物理的に口を塞ぐために動く。そのエルフの中でも端正な顔が放つ微笑みと好青年を絵に書いた振る舞いでウェイトレスを赤くさせつつも追加の注文を取る。
「元々食うのは好きだからな。皿を前に出しとけば問題はない」
「それでいいんだ...」
「ふふ、それにしても...確かにアレは秘密にしておきたいですね。人に知られると厄介だ...大口だと思ってましたが...言うだけのことはある。君がどんな修練を積んできたか気になりますね」
エデビスが投じた話題はそのままに、セナケイはそう評する。
目を瞑ってる様にしか、ではなく、遠征中の行動から本当に目を瞑りながら山を歩き、矢を放っていたと知ってビックリした。過去に呪いを受けて瞼が開かなくなったと言っていたが関係無しに弓の実力は本物だった。
眼で見えなくても敵を射つ。
そんな彼の言葉だから良く刺さる。
それに加えてだ。
閉眼している顔にも関わらずシッカリこちらを見据える様は、ウェイトレスが赤くなるのも頷ける。白い肌に映える金髪が冒険者には無い蠱惑さを醸し出す。見つめられるとそんな気は全くない男のロメオでもドキッとしてしまう。
「えーと、その、何て言えばいいのやら」
異種族混成パーティーの中で以外にも一番距離が縮んだのがセナケイだった。
夜の森ではその実りある土地柄からか、生息する魔物の多くは落ち着いているので見張りの目は最小限で良いらしく、思い思いに過ごしていた。
その時のロメオの話相手となったのがセナケイである。森の賢者と言われる種族なだけあって、その知識量は夜の山でロメオを退屈させなかった。
ジョーはそれを蘊蓄と評して眠りに就き、エデビスは夜食に現を抜かすか仲間の武具を含めた手入れに精を出す。
そんな二人だからかセナケイも能動的に傾聴する新人に対して興が乗ったのかもしれない。
そのジャンルを問わない様々な講話から彼の性格も大まかだが知ることが出来た。
ずっと笑顔だったので剽軽な性格と思いきや根っこは種族柄か規律を良しとし、ストイック。けれども他人にはユーモアで話上手な面は崩さない。
顔の良いエルフだからという理由で彼がモテる訳ではないと知った。
そのお陰で、ちょっとした畏敬の念を持っていた彼とは仲良くなれた気がするのだ。
それでもだ。
だからと言って今のグリンジョンで目立つのを避けたいと思っているロメオにとって過去や出自を話す気は無い。
仲間内には内密ということで話しても良いとは思っているが、漏れる切っ掛けはどこにでもある。口止めしても酒が入ればペラペラと唄う様に話しそうな酔っ払いが一人。金で口を割りそうなのが一人。
酔っ払いは食べ物に夢中なので耳に入れなければ心配は無いが、問題はリーダーだ。
人柄的には約束を守る人物かもしれないが、それでも一抹の不安がある。金への執着は人一倍だが器が大きく、抜け目無いように見えて隙が大きい性格、そう遠征中に感じた。
「ついポロっと話してしまった」なんて笑いながら事後報告されるのは堪ったもんじゃない。
自分でも甘いと思うが、こんな彼等の事が数日共に過ごしただけで気に入ったらしい。何だかんだ彼等との冒険が楽しいと感じていた。
変な柵が無いのならもっと共に冒険したい。出来るならパーティーを長らく続けたいと思ってしまう。
もちろん敵対したら切る事は厭わない。だが、やりたくないモノはやりたくない。
そんな葛藤が口を閉ざしてしまう。
ロメオが黙った事を躊躇いと執ったのかゲタックジョーは笑顔で話しかける。
「まぁまぁ、確かに気にはなるな。魔力も気力もああまで操れる奴はそう居ないぞ。剣もまだ未熟だが押さえる所はちゃんとしとるしの。本当の処、お前さんはどこで習ったんだ?」
(...今はまだ言えないな)
観念したかの様に溜め息を吐き、顔を作って答える。
「...そういう家だったんだよ。そこのミソッかすって言えばいいのかな。そういうのってココじゃ多いんだろ?」
嘘ではない。貴族層の家を継げない子弟がグリンジョンで名誉を得て、新たに家を建てようとするのは本当だ。無論、失敗例も山程あるがそれでも夢を見る若者は貴族も同じ。
「はんっ...お前さん腕前なら家も放っとかんだろうに。...まぁいい、ともあれワシらの処に来てくれたのはラッキーだったからな」
嘘ではないが、二人が聞きたいのはそういうモノでは無かったのだろう。
ロメオのボカした回答。それで色々と察したのか、若干面白くなさそうな顔になって間を置いて返答するゲタックジョー。セナケイも追及しようとはしなかった。
周囲には何とも言えない空気が拡がるが、それはそれ。
酒場の盛り上がりと酒が入った年長男二人の切り替わりよって、たいした淀みも無く酒席は続いていった。
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