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12 アンジー先生


怒りのアンジーは死んだ。


ロメオの財布が笑顔のアンジーを召喚するために犠牲になるのを承諾したからである。




アンジーが「パスタが美味しいお店に行こう!」と言い、了承したことで笑顔のアンジーをなんとか召喚できた。空気も良くなったところで最近あった出来事について話し始める。



「数日前に聞いたことなんだけどさ、アンジーはエコーってモノを聞いたことある?」


「うェコー?タマシイぃの反響のこと?」


「そうそう、それ。魂が声を発するって聞いたけど、俺にはあまり信じられなくてさ。アンジーはどうなのかなって?」

口にパスタを含み、口の周囲にトマトソースを付けながらアンジーは答える。対称的に、ロメオは育ちがいいので食事のペースは遅いが行儀はいい。



「私はあるって信じてるよ。まぁ勉強をしたからかな。ふぁだ、もグ、それ以前に魂については謎が多いし、人の強さに関わるから研究を望む声が大きいん、ふぁけど、眩石が魂の研究を禁止じゃないけど、規制しているから研究できる人も限られちゃうんだよね。ゴクン、だから、学校を卒業したての私に、詳しいことは言えないかなぁ。モグ。あ~、玉ねぎが甘いからドンドン口の中に入っていっちゃうな~」


なら止めればいいのに。とは言えない。自分が食べてるカルボナーラも美味しいから気持ちは分かる。特にカリカリに焼いたブロックベーコン。旨い。


「まぁエコーについて、偉い人の中で言われていることなら教えれるよ。簡単にだけど聞く?」

「本当?ならお願い出来るかな?」


「任せて!任せて!ゴクンっ!では!」

と言いながら背筋を伸ばして、わざとらしく咳払い。



「まずさ、人に格があるのは知っているよね?大衆から超越者に分類されることは」


「流石にそれくらいは...」


ちょっと失礼が過ぎるんじゃないだろうか?

この世に生きる人の常識であるし、自慢じゃないが自分も一応は星持ちだ...一つだけだけど。



『点と線』に続く第二の奇跡、『格』の出現。これもまた人の変革だった。


この世界にある『格』付け。それは地位や権力ではなくその個人の力量を表す。絶対的な強さの区分け。

多くの人は『大衆』と呼ばれる、(マーク)無し。

大衆を抜けた『名人』は(マーク)が一つ。その上の『達人』は星が二つ...というように格が上がるごとに体の(マーク)は増えていく。


『雑多な大衆の中から名のある者が生まれ、名人から達人を輩出し、なお鍛え抜かれた達人は人を半分辞めた修練者となる。そして先は、人を()えた超人に、超人を()えた超越者に。』



大衆、名人、達人、修練者、超人、超越者。


総じて格の名称であり、通常はこの順によって格が上がるのだが、種族によっては種族固有の格、ハイエルフやハイドワーフと呼ばれるものも存在する。


『線と点』と違うのは、格の証は心臓を起点として男性は左胸に、女性は心臓の真後ろに(マーク)が刻まれることが決まっていることと、感情の揺らぎで浮かび上がることだ。また星の形や大きさは個人によって変わってくる。


星の数が一つ変わるだけで強さも桁違いだ。

大衆と名人、名人と達人では素の体の頑丈さが遥かに違う。魔力と気力の総量が増えて点の数も星が増えると同時に一気に増える。


基本スペックのケタ違う。仮に名人と達人が真正面から戦っても勝負にならない、言葉通り格が違うのだ。




「うん。でさ、エコーっていうのは人が格の上がる前兆みたいなの。もう少しで格が上がるという時に起こる現象。その格を上げるための経験を積ませろって魂が叫んでいる状態なのかな?名前の由来も魂が体の中で叫んで、響くから反響エコーと呼ばれてるみたいだし」



「つまりはさ、これから格が上がるから、俺の言うとおりにしろーって魂が言ってる様な物なのかな?」



「ああ、いいかもね。そんな感じで。まだ全然分かっていない領域だし、定義なんて無いから自分なりに分かっとけばいいんだよー。

ただね、細かく言うと、人によって格の壁を超える条件が違うんだ。鍛冶師の格が上がる人はさらに凄い武具を作るとか、戦闘職の名人から達人に上がる人では強敵を倒すとかさ。ただ、どんな物を作るか、倒すべき強敵は何なのか。どうやって倒すのか。そういう分からない時にもエコーは教えてくれるみたいなの。時は来た!それだけだ!みたいな?」



「なるほどね。エルガンさんが勘と言ってた事も頷けるな」


それにしても割と綺麗に纏めているアンジーに驚く。言っては悪いけど普段のチャラけた様子から知的なイメージが無かった。ちょっとした偏見だ。気をつけよう。



そんな事を内心考えたからだろうか、アンジーのいつもの笑顔が消えていることに素早く気付いた。思ってた事が顔に出ていたのだろうか?



「エルガン?エルガン・ロンタルのこと?」

だが、そうじゃないらしい。俺が口にした名前に反応したようだ。というか心なしか声のトーンが下がっている。


「えっーと、そうだね。たまたま会って、エコーについても教えてもらってさ」

(彼女もエルガンさんの変な噂を知っているのか?)

マールが言ってたことを思い出して、彼の事を話すのを(はばか)って声は抑えているが、アンジーが負の感情を出している事が目に見えて分かるので返答の音声もさらに小さくなる。


「.....」

「あー、あの人は、...確かに半裸だったけどね。強くて凄そうな人だったよ」

アンジーは黙ったままだ。こんな時はどうするべきか、経験の少ない自分には分からない。ただ、口を回してしまう。こういう沈黙は苦痛だ。



「...違うの。ごめんなさい。...確かに私はあの男がキライだけど人格は認めているよ。ただ男の裸がキライなの」


「裸が?」

大胆な格好をしている彼女が言っていいのだろうか?

とも思わないでもないが、彼女のその格好は目を(くすぐ)るので何も言わない。問題無い。寧ろこのままでいい。



「そうよっ!大っキライ!頭おかしいのよ!アイツラ!どうして私があんなことしなきゃならないんだ!」



ただしコレは予想外だ。急に彼女が顔を歪め、大声で喚き散らすなんて。

いつもの笑顔がない彼女に唖然とする。顔も段々と悲痛な面持ちへ変わって、今にも泣きそうな顔になっていく...


(こんなキャラだったのか!?というか止めないと!)



「アンジー!!」

大声で名を呼ばれてビクっと驚きこちらを見る。我に返ったか、ハッとコチラに視線を合わせ、わざとらしい咳払いをして、取り繕った笑顔になる。

その顔は醜態を恥ずかしがるのではなく、無理して笑顔を作って、あまりにも痛々しい。

ともかく、今は衆目があるので触れずにおくことに決めた。



「オホンっ。ごめんね急にアハハハ...」


「い、いや、大丈夫だよ。俺も大声出したしさ。コレを食べたら出ようか」


「そうだね」

ロメオの提案に了承し黙々と、しかし素早く食べる二人。やがて皿が空になるとロメオはウェイトレスに黙ってお金を渡す。

ウェイトレスも先程のことには触れない。他のお客共々、先程の大声は聞こえていただろうに。大人の対応をしてくれて有り難かった。




二人は店から出ると、なんと無しに人のいない路地に向かう。

人目に付きたくない心理が働いているように。

アンジーは店を出てから一言も話さずに俯いたまま。数分歩いただろうか?今聞こえるのは二人の足音だけ...

(やっぱ沈黙は苦痛だ)

そう思い、どこに行けばいいか考えていると声が掛かる。


「...ごめんね」

そう言いながら、少し落ち込んでいるが、顔はちゃんと前を向いている。そして自ら話しかけてくれた。



◇◇◇



「本当ごめんなさい。...急にさ...おかしいよね。...私さ、昔の影響で男性の裸を思い浮かべると、頭がおかしくなっちゃうんだ。馬鹿みたいでしょ」


本気で申し訳なさそうにするアンジー。そんな彼女にロメオも本音で話す。前に彼女が本音に向き合ってくれたように。


「...それは仕方ないよ。過去は乗り越えられないものが多いし。誰もが克服できるものじゃない」


「ロメオもそうなの?」


「そりゃそうだよ、俺はそんな強い人間じゃないし、ずっと後悔していることもあるよ。俺のせいで、やっちまったーってね」


「....そういうものはさ、今はどうしているの?」



「完全に人任せにしてるよ。いつか強くなった自分にね」

悪く言えば後回し。または放置。


曾祖父ひいじいさんが言ってたんだけどさ、どうすることも出来ない辛いことがあった時、『時間が解決してくれる』って言うけど、それは正しい事なんだって。未来の自分が今よりも強くなって、辛いことを笑い飛ばしてくれるからなんだって。だから俺は冒険者になったんだ。どんなことでも、いつか笑い飛ばせるように」

右腕に力こぶを作り、ニカッと音が出そうな良い笑顔をするロメオ。


「ならさ、未来でその時のロメオが、私の問題も解決してくれるかな?」


「解決できるくらいの力があったらね。ちなみにどれ位の力が必要かな?」


「眩石」

即答するアンジー。


「へ?」

ロメオは間の抜けた顔になり


「だから眩石」

すかさず答えるアンジー。


「げ、眩石かぁ...」

乾いた笑みを浮かべる。世界最強になれと言っているのだ。大抵は竦んでしまう。


「フフフ、もう。そこは、おう!任せとけ!って言う所じゃないのー?そしたら私がロメオの言うこと何でも聞いていたのになぁ」

そんなロメオの顔の七変化が面白かったのか、声を上げて笑うアンジー。そして調子が戻ったのかワザとらしく、少し屈んでの上目づかい。


「えっ!?なるなる!俺眩石になっちゃう!」

そんな彼女のお色気に鼻息荒く、眼は屈んだ彼女の胸に向かう。この場では世界に10人といない強者達は17歳の少女の胸に負けた。


「そんなに簡単になるって言わないでよ....だけど、ありがとう」

彼女はスケベになった友達に呆れながらも感謝する。自分なんかの為に馬鹿を演じてくれてありがとう、と。

そんな彼ならいつかきっと......。そう思うといつの間にか声を掛けていた。





「ねぇ、ロメオ、提案があるんだけどさー.......]





◇◇◇





(アンジーはやっぱり胸が大きかったなぁ...)


路地を出た後は、二人で露店を冷やかしたり、ブラブラした後に別れた。そして一人になった帰り道に路地での出来事を思い出す。

ロメオは演じてる部分もあったが、アンジーが思うよりも煩悩部分もまた、大きかった。


そんな煩悩ロメオにとってアンジーの提案は嬉しいもので、今後に5日毎に二人で遊ぼうというものだった。集合場所は今日と同じ鐘塔の前。女の子からの誘いにロメオに断る理由もなく快諾した。



(それにしても...)

煩悩に関しては一度置き、アンジーの飯屋で見た痛々しい笑顔を思い出す。

(お店の、あの状況では、大声を出した事に対して恥ずかしがると思けど、出たのは乾いた笑いと諦めた表情だった。そしてあの怒り)




想像以上に彼女の闇は深いと思う。

知り合ったばかりの、解決するには眩石級の力が必要だと言った彼女と離れるべきだと頭では考えている。更には出会って二回目で知り合ったばかり。


まして自分は力も後ろ楯もない、一介の冒険者。上にいる者達からすれば、軽く払っただけで吹き飛ぶ程度の実力。

そんなのが助力しても意味がないと。頭で理解出来る。





だけれども...救いたいとも思ってしまった。


グリンジョンで初めて出来た友人で、いつも飄々(ひょうひょう)としながら笑顔が絶えない女の子。

そんな彼女が先程の会話で、縋るような眼をしていた。


あの明るい彼女がだ!あんな眼は彼女には似合わないと思う。


そして彼女を救おうとする自分も、救いの英雄(ヒーロー)には似合わないと思う。けれども...



体の奥底に熱量を感じる。しかし「やらなければ」という脅迫観念はない。代わりに「救いたい」と思う気持ちが溢れる。



(これもエコーなのだろうか)

そう思い思考に耽る。信じるつもりはなかったのに。今はエコーのことを信じることにする。その方が気持ちが楽になるから。


ともかく助けるのにも情報が必要だ。繋がりは無さそうだが、明日に会うマールから、アンジーが反応したエルガン・ロンタルについて話を聞くことになっている。


先ずはそれからだ。



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