11 怒りのアンジー
今日はアンジーとの約束の日だ。
初めて魔物と闘った時と同じ位に緊張する。女の子と二人で遊ぶなんて=(イコール)デートだ。マールにはその事を否定されたが意識せずはいられなかった。
そのせいで昨日の夜遅くまで準備をし、明け方まで悶々していたから殆ど眠れていない。
それでも休むわけにはいかない。目の下に隈を作り、今か今かと待ち合わせの鐘塔の前に立つ。
◇
準備は念入りに行った。
服も宿の女将から譲り受けた良い匂いのする洗剤で洗ったものを着用しているし、靴も今日のために買ったばかりのオニュウの卸したて。旅の途中によったエルフの森で手に入れた、王族御用達職人による、オーダーメイドの趣のある財布には30万リーア入っている。何があっても対応できるように。
金のある不完全青年は気合いが違う。
また、気合いの入った彼は、幼き日の教えを思い返していた。朧気になったあの日の事を...
『ロメオットよ、覚えておきなさい。御主が大きくなって女の子と遊ぶ時に、つけてはいけない物が三つある。
一つ目は遊んでいる最中に他の女の子の事を考え付いてはいけない。その子の事だけを思いやるのだ。
二つ目は女の子の後をつけてはいけない。常に隣を意識し、時に前を切り開くのだ。そして三つ目は...』
頭を撫でられながら授けられた言葉。
少し感傷に浸りながらも続きを思い出す。
(テュカス様が言っていた事を思い出せ。授けられた眩石の知識の1つを。確か...そう、バリバリ音がする物を身に付けてはいけない!だっけ?)
けれども今日日、自分はおろか、誰もそんな不思議な音がする物は持っていない気がする。寧ろ持っていたら興味を持たれて会話が広がるのではないか、と思う。
曾祖父の、眩石の知識に些か疑問に感じたが、きっとレベルの高い知識だったのだろう。自分にはまだ早かった。そう己を納得させる。
そして当日。
(それと...女の子より先に着くべし。そして遅れてくる女の子に『俺も今来たとこだよ』と言うべし。だったかな?)
何の意味があるのか分からないセリフだと思っていたが、これが女性との待ち合わせに行う「様式美」だと言っていた。また「始まりの呪文」とも。
これも意味が分からなかったが、呪文と言う位だ。何かしらの意味はあるはず。逆にこれなら自分でも簡単に実行出来ると思い、アンジーが来るまで脳内でシュミレーションを行う。
他にも、曾祖父が言ってた知識を思い出しながら待ち合わせ場の鐘塔の前に立っていると小走りに、申し訳なさそうにアンジーがやってきた。
「いやぁ、待たせちゃったかな。ゴメンね!」
「い、いや、俺も今来たところだよー。た、タイミングがあってヨかったネー」
(嘘だ。本当は様式美のために二時間前からいる。そして言ってやったぞー!)
脳内脚本を練習したにも関わらず、カミカミで多少棒読みだったが、言うには言えた。
「そうなんだ?私も早めに来たつもりだったけどロメオは早いね」
普通に返すアンジー。そんな返答にキョトンとするロメオ。
(何も起こらない...のか?)
「どったのー?急に黙っちゃって?」
おーい。なんて聞こえてくるが、ロメオは聞いちゃいない、そして考えている。
どういう変化が起こるか分からないがアンジーには何も変化が見当たらない。見た目を確認しても、前と同じく健康的な、露出の多い格好。つまりエロい。
寝不足でハイになったのだろうか?頭の中で原因の為に様々な仮説を立てる。
1.自分が噛んだから、棒読みだったから呪文が発動しなかった?
2.実はアンジーが隠れた眩石で、『俺も今来たとこだよ』の様な魔力を必要としない単小詠唱は効かない?
3.相性が悪い。現実は非常である。
4.魔法を発動するイメージと魔力が足りない?
5.自分の魅力とアンジーの魅力が釣り合わないから発動しなかった??アンジーは十分魅力的だ。そうなると必然的に悲しい気持ちになるので、この考えは違うと思いたい。
6.4と類似しているが、女性との触れ合いが無さ過ぎて発動しない。これも悲しすぎる。
7..
8...
色々な考えが脳内で飛び交うが、仮説8の辺りで頭をブンブンと振り、考えるのを辞めた。
(...アホらしい。寝不足でどうにかなってたみたいだ。というか、「始まりの呪文」なんて大層なことを言ってるだけで、ただの挨拶!社交辞令じゃないか!)
(テュカス様に担がされたんだな。俺は...あの人の言うことは、全て信じていたから引っかかったのかもしれない)
そう考えると空の上から「やっと気付いたか」と笑い声が聞こえた気がした。
思い切り頭を使ったことの反動からか、朝からの気張りが解けていく。
(今日は普通に楽しむか。都市の案内人がお勧めのお店を紹介してくれるって言ってたし。まずは...)
無視されて憤るその案内人を宥めることから始めよう。
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