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1プロローグ



血と土が混じった味がする。



うつ伏せに倒れていた青年の、朦朧(もうろう)としていた意識が口の中の異物によって覚醒する。



「いっ...」

口に合わない異物を取り除こうと舌を動かそうとしたが、覚醒後にこみ上げた痛みによって思わず呻き声が出てしまう。

その拍子に体の内部から口の中へ血が込み上げてくる。



(まずい...)

敵に囲まれて体も装備もボロボロ、回復薬も支援してくれる仲間も無く、呼吸も乱れている。そんな状態で放つ魔法は精彩に欠くだろう。

そんな無い無い尽くしの彼に今あるのは朦朧する前から右手に握っていた一振りの剣のみ。



だがこんな状況でも彼の眼から闘争心は消えていない。

右手に力を入れ、持っていた剣を地に突き刺し、それを支えに立ち上がろうとする。




誰が見ても満身創痍、けれども生気を絞り出し、生きることを諦めようとはしていない。


そんな青年に向かって槍を持った壮年の男が悲痛な顔と声で話掛ける。



「もう御辞め下さい、ロメオット様。その意志は御立派ですが...お願いします。どうか...」


ならその槍を降ろせと言いたいが、青年の中で男との問答は既に終ったモノになっている。今さら返す言葉もない。

男の掛けた声も、身体中の痛みも無視して震える膝に力を入れて立ち上がる。



「テュカス様の意思に反しているのは私です。私とて貴方様ではなくあの俗物を切りたい。ですが今の私はあの方が残した物を守りたいと、私欲で動いています」


無視されてもなお、青年に構わず話し掛ける男。

その会話に老人の後方にいた若い男が、反応する。



「ゲラルド!俺が俗物だと!誰にモノを言ってるのか分かっているのかっ!」

いきり立って怒声を上げる若者の反応に対して、壮年の男―ゲラルドと呼ばれた男は言葉も視線も冷ややかだ。



「身に覚えがある者に言ったのです」


「なんだとぉ?貴様ぁ!っ...後で殺してやる!!」


「どうせ死ぬつもりですよ。ロメオット様を討ち取ってから御供します」


「ならいい!だが剣は俺の物だぞ!」


「御戯れを。『スピーバー』は貴方には相応しくありません。私が責任を持って破壊しておく」


「は?何言ってやがる!?帝国の為だぞ!先程と言ってることが違うだろうがぁ!」






(あぁ、(うるさ)いドラマ。ゲラルドがこんな奴だと分かっていただろうに。血が昇り過ぎだ)


言い合い、というよりも自分と同じ髪色のキレた男―ドラマの大声に腹が立つ。身体中の傷にも響くのだが、その合間に呼吸を整えることが出来たのは幸運だった。

この状況で感謝する気もないが。


ついでにペッと口に残った血混じりの土を吐き出す。



整えたと言っても呼吸は荒々しいままだが、リズムは保たれている。そのお蔭か思考も冴えてくる。

怪我の状態、この場を切り抜ける方法、目の前の男の倒し方、その後は?・・・

考えるべきことは沢山ある。


けれども今思い浮かぶのは二人の強者と、それぞれの約束。

今の戦闘状況にあまり関係はないが、自身を奮い立たせるには十分だった。





(そうさ。まだなんだよ!)




自分の原点。


幼い自分を、英雄の体が造る影で包んでくれたあの時。英雄の存在を影によって感じられたあの時。


御主(オヌシ)が何を得るか、何を成すかは自分で決めなさい』


自分を育ててくれた英雄との約束を果たしていない!まだ死ぬ訳にはいかない!





この都市で出会った目標。



『答えを出した時に改めて名を教えてくれないか?』


そう言ってくれた紳士に応えたい。まだ答えが出てないのに、死ぬワケにはいかないっ!




そう思い、青年は槍の男に飛び掛かって.......




◇◇◇





「ここがグリンジョン...」

旅の襤褸(ぼろ)を纏った、青年に成長したばかりの若者が感慨無量に、震えながらに都市の名を呟く。


深海を連想させる、淡暗い藍色(インディゴ)の髪を持つ若者が辺り一面を見渡せる丘で、微動だにせず一方向を向いている。


髪色を少々薄めた同色の大きな目には、憧れへの喜悦が溢れんばかりに存在する。顔つきは少年を抜け大人へ駆け出したばかりだが、眉目と一筋通った鼻が上手く合わさって端正ではある。






故郷の帝国を出てから3年近くが経った。



出奔した我が家から目の前に広がる迷宮都市『グリンジョン』まで、帝国とこの都市を結ぶ大街道を使えば出発地から最短でも2ヶ月で着いていただろうが、見聞の為に己の足で名も無き道を通り、山河を越え、国境をも越えた遠回りをしてここに辿り着いた。


この3年の旅は長かった。辛い事で(くじ)けそうになったり、楽しい出会いによって旅を中断したくなることもあったが、旅足が止まることは無かった。



だがその足が止まったのはまさに今。

彼が今立つ場所は『夢見る小丘』と言われるグリンジョンを見渡せる場所。




旅の目的地である迷宮都市グリンジョン。

2つの山の迷宮と巨塔に蓋をされた地下迷宮、それ等をスッポリと囲う超巨大城壁都市。


「一体どこまであるのやら...」

話や書物から得た情報通りに2つの山に挟まれた緑色の塔が、それを囲む城壁と共に悠然と(そび)え立つ。

城壁は丸みを帯びているのだと、かろうじで解るくらいに横長に広がっている。遠くから見てもその果ての見えない壁にうなってしまう。



塔と山の向こうには海が広がっていて、都市の城壁は海岸まで続いていると聞いていたが...


「聞いた話を疑う訳じゃないけど、海を感じさせないな...」

過去に一度だけ、幼い頃に海を見た事があるので、朧気な記憶から今の状況と照らし合わせるが、あの時の潮の匂いも無く、青い海が見える訳でもない。彼が疑うのも無理はないだろう。



だが目の前に広がる果てのない城壁とその奥に聳え立つ3つの迷宮は自分の眼にシッカリと存在するのだ。ならきっと海も存在してるのだろう。


(海は追々確認したらいい。それよりも...やっと、やっと来たんだ!)



都市を何度眼に納めても、何度も心が昂ってくる。



まさに圧巻。心に釣られて体も震える。

幼少の頃からの憧れと、憧れの為に実行に移した3年の旅の集大成。

そしてこれから始まるであろう俺の物語...



己が求めるものはまだ決めていないけれど、その為に力がいる。

そして自身が納得するものを手に入れたい。



『豪遊しても使い切れない大金。誰もが憧れる名声。万人が見惚れる美女。手放せなくなる宝剣。背中を預けられる友。誰も口にしたことの無い食事...それとも...』





青年の名はロメオ・マウンディン。


曾祖父から受け継いだ名前と力、未だ見ぬ未来を胸に秘め物語を紡いでいく。




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